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2.ボーツランドの町とゴミ捨て場

 第二の人生が始まって一週間が経った。

 この一週間で、どうやら俺は全く別の世界に転生してしまったということを理解した。

 元いた世界との違いに戸惑いつつも、段々と今の自分の置かれた立場も分かってきた。


 まず、この肉体はベルナード・ネルソンという伯爵家の次男坊のものらしい。

 年齢は15歳で、生まれつき体が弱く、10歳の頃に罹った病が原因で視力を失っている。

 病弱なことが原因で外での運動を制限されているため、腕や足も棒きれのような細さだ。


 そんな虚弱体質であるためか、実家の本邸ではなく離れにある小屋に隔離されているようだ。


「坊ちゃん、朝食の支度ができました」

「おう、ありがとう」


 飯を用意してくれたのはメイドのエリー・グレイシヤという女だ。


 声をかけるといつも面倒そうに返事をするのが印象的で、ベルナードという男が使用人からすらも軽んじられていることがよく分かる。


 テーブルからガチャリと無造作に皿が置かれた音がするので、その方に手を伸ばす。


 飯の内容は毎日変わらない。

 朝はパン、昼はパンと野菜くず、夜はパンと干し肉だ。


 手探りでパンを探し当ててそれを慎重に口に運ぶ。

 一度うっかりパンを落としてしまい、エリーを呼んだら舌打ちの上、口の中に落としたパンを無理やり突っ込まれたことがあった。


「最近、坊ちゃんの言動が以前と違って少し粗野になっている気がしますが、何か気に障ることでもしてしまいましたか?」

「いや、そんなことはないぜ……ないよ?」


 珍しくエリーから声をかけられたと思ったら、言葉遣いについて言及されてしまった。

 どうやら俺が憑依(?)する前のベルナードという男は俺に比べると丁寧な言葉遣いだったらしい。


 何もかもが分からない今、この不便な体で余計な問題を起こすべきではないと思い、少なくともしばらくはベルナードになりきって生活することに決めている。

 気を抜くと今回みたいに別人になってしまったことがバレてしまうので気を付けなければ。


 用意されたパンを食べ終えると、途端に暇になる。

 目が見えず、体も動かせないのでとにかくすることがない。

 無理に動こうとして部屋の中の物を落としたりするとエリーに叱られる。

 だから必然的にベッドの上でぼーっとするしかない。


 今の季節は春のようで、窓からさわやかな風が入ってくるのを感じる。

 今は快適な気温が保たれているが、夏場はどうなることやらだ。

 元いた世界では氷魔法の使い手が氷を室内に用意し、風魔法の使い手が空気を循環させて室内の気温を下げる、ということが可能だったが、この世界ではそれを望むことができない。


 この世界と元いた世界は似ている部分も多いが、決定的に違うのは、この世界には魔法の概念が存在しないことだ。

 火を起こすのには火打石を使い、清潔な水を手に入れるには地下水を人力でくみ上げるしかなく、風や雷は起こすものではなく、起こるもののようだ。


 その理由は明白で、この世界にはマナが極端に少ないのだ。

 魔法を発動するには空気中のマナを集め、それを使用する必要があるが、この世界ではどれだけかき集めても大した量のマナが集まらない。


 試しに攻撃魔法を発動した際には、マナの消費が少ない魔法の発動自体はできたものの、小さな火球を数回飛ばすのがやっとだった。


(……『身体強化』)


 しかし魔法の実験をしているうちに一つ面白いことが分かった。

『身体強化』の魔法はLv1でなら使用でき、使用することで一般的な成人男性並みには動けるようになったのだが、それと同時に一時的に視力が回復するのだ。


 通常、身体強化は体の機能を増大させるものであり、機能の回復はしないはずなので、これは興味深い現象だ。

 原理は不明だが、俺にとっては非常にありがたい。

 この現象により、俺は一人の時間に小屋の中にあったベルナードに関するカルテを読むことができ、彼に関する情報を多く知ることができた。


 光を取り戻した目で改めて部屋の中を観察する。

 貴族の住む場所とは思えないほどの狭く、ボロい小屋だ。

 部屋の中の清掃も適当であり、部屋を清潔に保ってくれるはずのメイドは部屋の隅で縫い物に集中している。


 最初に声を聞いただけでも若そうだと思っていたが、エリーの顔を見るとまだ20歳にもなっていないくらいの少女だった。

 シンプルなメイド服を着た黒髪のボブヘアで量産型の庶民という感じの見た目だが、顔は悪くない。

 美人で若い女に奉仕されていると言えば聞こえはいいが、あまりにも塩対応過ぎる。


(……時間切れ、か)


 エリーの様子を黙って眺めていると、視界は再びブラックアウトした。

 この狭い部屋の中では集められるマナに限界があるのですぐにマナ切れが起こる。


 今は窓を開けているので、しばらく経てば外気を取り込んで部屋の中のマナも回復するだろうが、それまではまた暗闇の世界で大人しくするしかない。

 幸いにも眠気を感じたため、昼寝をして時間を潰すことができそうだ。


 ……………………

 …………

 ……


「それでは坊ちゃん、時間ですので失礼いたします。夕食はいつもの通りテーブルにあります」

「お疲れ様、エリー」


 日没の頃になると私服姿に戻ったエリーはさっさと帰宅した。

 彼女は住み込みではなく、通いのメイドなのだ。

 毎日決まった時間にやって来て、決まった時間に帰る。


 目が見えない、ということは不便でしかないのだが、たった一つだけ利点を見出すことができるのもこの時間だ。


(今日もいつもと同じ白だったか)


 この小屋は部屋が一つしかなく、当然更衣室なんてものはない。

 そのためエリーは帰る前、俺の目の前でメイド服から私服に着替えるのだ。


 彼女からしてみれば同じ部屋に俺がいたとしても、見えていないから同じだろうというつもりのようだが、身体強化をかければばっちりと生着替えを見ることができる。

 ここ数日は毎日エリーの着替えを見ているが、シンプルな白以外の下着は見たことがない。


(世知辛い世の中なもんだ)


 この世界がどんな世界か、まだまだ分からないが、少なくともメイドという仕事の稼ぎはイマイチなようだ。


 ……………………

 …………

 ……


 日が沈んで夜になると、ようやく俺の時間となる。

 エリーの用意したパンと干し肉を食べた後、外の様子を確認して窓からこっそりと部屋を抜け出した。


「『身体強化』!」


 あの部屋の中では数分程度しか持続しない身体強化でも、屋外であれば継続使用が可能となる。


 俺が日中過ごす小屋は本邸の庭の隅にあり、正門から敷地から出ようとすると門番に見つかるので、塀を飛び越えて出入りする必要がある。


 夜闇に紛れて塀をよじ登り、左右に人がいないか確認して飛び降りる。

 ここまで来ればようやく俺は自由になれる。


「さて、情報収集といくか」


 この世界のことを知るために暗い夜道に向かって歩き始める。


 ……………………

 …………

 ……


 魔法がないからか、貴族の屋敷があるような住宅地であるにも関わらず夜道の明かりが少なく全体的に暗いので、身を隠すには都合がいい。

 閑静な住宅地を抜けて、この時間でも人の往来がある歓楽街に向かった。


 ここ数日は屋敷周辺の探索に終始しており、この歓楽街の存在に気が付いたのはつい昨日のことだ。

 この町の名はボーツランドというらしい。

 人がいればそれだけ情報も多いはず。


 店と店の間の路地を縫うようにして移動して周囲の様子を観察したところ、予想通り酒と女を扱う店が多い。

 両方ともしばらくご無沙汰なので遊びたい気持ちもあるが、あいにく今の俺は無一文だ。


(そういえば金の管理はどうなっているのか)


 腐っても貴族の息子なのだから金は持っていてもおかしくないはずなのだが、そこのところはどうなのだろう。

 今度、エリーに聞いてみるか。


 しかしこのまま通りの様子を見ているだけでは埒が明かない。

 暗い路地を奥に進み、何か情報がないかを探した。


 ……………………

 …………

 ……


「これは……ひでえな」


 闇雲に路地を進んだ先には一際異臭を放つ一角があり、そこはゴミ捨て場となっていた。

 煌びやかな歓楽街から出たあらゆるゴミが集約されている吹き溜めのような場所であり、町の闇の部分をよく表していた。


 時折、各店からバケツにゴミを詰めた店員がやって来ては無造作にゴミをぶちまけていき、そのゴミを幼い子供たちが拾って別の場所に運んでいる。


「おら、ガキども! さっさと運べ!!!」


 監督役と思われる男が怒鳴りつけると、ガキどもは焦った様子でゴミを別の場所に持っていった。

 ゴミを素手で運ぶガキもそのゴミと同じ異臭を放っている。

 親も頼れず家もないような孤児で、碌に風呂も入れないのだろう。


 その様子を見ていると、視界の端に思わぬものが目に入った。

 ゴミの中に新聞紙と思われる紙がある。

 どうやらこの世界にも製紙技術は存在し、新聞という文化も存在しているようだ。

 新聞を読めば、この世界の事情も少しは見えてくるに違いない。


「おい、そこの男! 見世物じゃねえぞ!!」


 新聞の存在は俺にとって朗報であったが、そのせいでゴミの方に注意を取られ過ぎ、監督役の男と目が合ってしまった。

 見つかってしまったものは仕方がないので、正攻法でゴミ漁りをさせてもらおう。


「悪いな。少しそこのゴミの中から必要なもんを拾わせてくれねえか?」


 開き直って監督役の男に近づく。

 男もまたゴミの臭いを漂わせており、そこに酒の臭いが混ざっている。

 男は俺の全身を舐めるように眺めると、苛立った声を上げた。


「てめえ、よく見たらガキか? まさかこのガキどもの家族か!?」

「いや、俺はこいつらとは何の関係もない。ただそこの新聞紙を拾わせてほしいだけだ」

「丁度いいや。最近、ガキどもが反抗的で困ってたとこだ。お前をボコれば、少しはガキどもも素直になるか」


 酒のせいで頭をやられているのか、男は俺の返事を無視して下卑た顔で拳を振り上げた。

 大振りな拳が俺の顔に向かってくる。


(……素人か)


 こんな場所でガキ相手にイキっている程度の男らしい、何の技術もない力任せの拳だ。

 今の俺の体ではこんな相手にすら無力だが、身体強化があれば話は別だ。


 体は別人になったものの、体の使い方は本能が覚えていた。

 男の拳を最低限の動きで軽く避けて、返しに腹パンを一撃お見舞いしてやった。


「ぐっ、…………ごぼっ!!」


 男はうめき声を上げ膝を折ってうずくまると、腹の中身を吐き出した。

 アルコールと胃液の混ざったような饐えた匂いが立ち込める。


「俺は別にお前たちの仕事の邪魔をする気はない。ほんの少しゴミ漁りをさせてもらいたいだけだ。……無論、そっちがまだ続けるつもりなら相手になるが、どうする?」

「うっ……好きに、しろっ……!」


 これ以上この男をいたぶる理由もないので、改めて交渉を持ち掛けたところ、ゴミ漁りを快諾してもらえた。

 早速、比較的綺麗な新聞紙を回収させてもらう。


「ありがとよ、邪魔したな」


 用事は済んだのでこれ以上の長居は無用だ。

 まだ立ち上がることができない男を尻目にゴミ捨て場を去った。


 ……………………

 …………

 ……


 戦利品を手に、自分の小屋まで帰って来たので早速中身を読んでみた。


『隣国との交渉決裂か? 皇帝陛下が語る軍備増強の必要性』

『帝都の治安悪化の裏に潜む逆賊の正体とは!?』

『麦の収穫量が減少傾向により値上げの見通しか』


 断片的な情報ばかりだが、景気の悪そうな見出しが目立つ。

 汚物で汚れていた部分は拾っていないので、肝心なことはあまり分からない。


(しばらくはこれで情報を集めるか……)


 あのゴミ捨て場に通うのは気が滅入るが、現状他にできることがない。


 ため息交じりに天を仰ぐ。

 元の世界と変わらず降り注ぐ月の光だけが俺の陰鬱な気持ちを優しく照らしてくれた。

次回投稿予定日:10月14日(月)

連載開始記念 9話までは毎日投稿します!!


続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

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