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1.双剣と蒼炎

 見渡す限りの荒野の平地。

 まだ太陽が出て間もないので空気は冷えているが、昼頃には人が住めないほどの暑さになるので、この辺りは滅多に人の行き来がない。

 しかし、今は違う。


「数は……四千……いや、五千ってところか。諜報のやつらもあてにならないな」


 歩兵、騎馬兵、魔法使い。見渡す限りの人、人、人。

 遠くから向かってくる人の群れは敵国の兵士だ。

 事前の情報ではおよそ三千ほどの軍勢だと言われていたが、それよりも明らかに数が多い。


「まあいいか。やることは変わらないわけだしな」


 大気中のマナに意識を向け、それを自分の周囲に集める。

 力が漲る感覚に身を包まれる。

 そしてそのエネルギーを視界いっぱいに広げるイメージで、最初の一撃を繰り出した。


「爆ぜろ! 『地獄の業火ヘル・フレイム』!!」

 瞬間、目の前の荒野から蒼い炎が湧き上がる。

 その上にいた敵兵は阿鼻叫喚の地獄絵図に包まれた。


 通常、炎は赤く燃えるものだが、俺が使用する炎魔法は何故か蒼い色になる。

 この蒼い炎は俺の代名詞ともなっており、敵からは恐怖の象徴になっているという噂も聞いたことがある。


 大半の兵士は身を焼かれて即死したと思うが、まだ動いているやつはいる。

 恐らく防御魔法や身体強化で凌いだ連中だろう。


「『身体強化 Lv5』」


 生き残りを視認した俺も自身に強化魔法を使用して腰に帯刀していた双剣を抜いた。

 Lv5の身体強化をかければ音の速さで移動し、鋼をも砕く力と、剣を振り下ろされても傷一つ付かない防御力を備えることができ、相手の魔法にも耐性を得られる。


「それじゃあ残りもやっちまうか」


 初撃で即死する奴らには端から興味はない。

 俺を楽しませるような相手がいるとしたらこの先だ。

 高揚感を胸に敵の生き残りに向かって単身で切り込んだ。


 あの一撃を防いだ生き残りだけあって多少は頑丈な奴らが残っていたが、戦意の低下は否めなかった。

 俺が近づくと戦う素振りさえ見せずに逃げ惑う者ばかりだ。

 俺は左右の手に握った双剣を駆使して生き残った奴らを片っ端から切り裂いていった。


「く、くるなっ!」

「たすけ」

「化け物が!」


 敵兵どもの断末魔は心地よいが、あまりにも手ごたえがなさ過ぎる。

 これでは戦いではなく作業だ。


 そう思っていると、何人目か分からない敵に向けた剣戟が何物かに防がれた。

 金属同士のぶつかるキンッという心地よい音が響く。

 俺の剣を防いだのは敵兵の一人が持つサーベルだった。


「お前、少しはできるな? 何物だ?」


 萎えかけていた気分がにわかに盛り上がる。


 目の前の敵兵は見るからに上等な甲冑を身に纏っている。

 顔を見ると、目に怒りを宿しており、闘志の炎が消えていない。

 俺の剣を防いだことも考えればこいつはこの部隊の中でもかなり強いやつだろう。


「第一機動部隊、バーンズ・ヨーク。同胞たちの無念、晴らさせてもらう!!」


 バーンズと名乗った男がサーベルの横なぎで攻撃してくる。

 それを俺はあえて両手の双剣で受け止めた。

 再び金属がぶつかる音がしたが、先ほどとは違ってギンッという鈍い音に変わった。


(結構重いな)


 こちらは身体強化のLv5をかけた上で、剣にも強化を施しているが、それでも受け止めるのがやっとだった。

 相手も何かしらのバフをかけている。


 そしてそのバフは力だけではなかった。

 初撃が防がれたことを確認するや否や、バーンズはすぐに次の攻撃を繰り出してきた。


(速さもあるのか)


 恐らく一秒に二、三回は剣戟を繰り出している。

 こちらも身体を強化しているので視認して防ぐことができるが、魔法による強化がなければ何が起こっているのか分からないままに切り刻まれているだろう。


 袈裟懸け、掬い上げ、兜割、突きの組み合わせによる絶え間ない応酬。

 反撃の糸口すら掴めない猛攻の中で俺は昂っていた。


 今までいくつもの戦場を渡り歩いたが、俺に剣で互角以上の戦いを挑んだ奴はそう多くない。

 こいつは間違いなく、強い。


 だからこそ、嬉しくてたまらない。

 このような強者を打ち取る栄誉を独占できることが。


「焼き尽くせ! 『陽光の一撃プロミネンス・シュート』!!」


 次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。

 天から降り注いだ光がバーンズの全身を包み込む。


 この魔法は範囲こそ非常に狭いものの、先ほどの『地獄の業火』よりも威力は高い。

 高熱の光を収束させるこの一撃は高位の防御魔法を集中して展開しないと防ぐことが不可能だ。


 視界が徐々に戻り、元の荒野の景色が開けたが、そこにバーンズはおらず、彼が身に着けていた鎧の残骸だけが地面に転がっていた。


 確かにバーンズは強かったが、俺は剣だけでなく高位の攻撃魔法も使用できる。

 剣だけでは勝てないと判断し、相手の剣を受ける際にマナを集めていたのだ。


 あれだけの大立ち回りをしつつ、魔法の発動も並行できる器用さを持つのは大陸広しと言えど俺くらいのものなので、油断していたのは無理もない。


「ありがとさん。楽しかったよ」


 俺はその甲冑に向けて小さく呟き、再び“作業”に戻った。


 ……………………

 …………

 ……


「……以上がさっきの戦いの顛末だ」

「五千の兵を一人で……か。それに、バーンズ・ヨークといえば共和国最強とも謳われる屈指の将軍だ。流石は王国最強の名を欲しいがままにする魔剣士様といったところか。とにかく、報告ありがとう。次の指令があるまではゆっくり休んでくれ」


 バーンズを倒してからの戦場は実にあっけなかった。

 どうやらあいつは敵兵の中でも将軍格だったようで、残った雑魚どもは蜘蛛の子を散らすように敗走した。


 そのことを味方本陣の参謀長に伝えると、満足そうな顔で労ってくれた。

 事前の敵兵の数を見誤った失態を詫びようともしないのは腹立たしかったが、少しは楽しめた敵がいた満足感と、また俺の名声を高めることができたおかげであまり気にならなかった。


「さて、次の戦いに備えるとするか」


 今、俺のいる王国は周辺の全ての国と対立している。

 しばらくは戦争の終わる気配はない。


 俺は軽く伸びをしながら本陣を後にした。

 まだまだ楽しみはこれからだ。

 強敵に打ち勝ち、自分の力を世界に示すことこそが、俺にとっての至上の喜びなのだ。


 ……………………

 …………

 ……


 ……そう思っていたのだが、それから2年もしないうちに戦争は終わってしまった。

 世界を相手に取った無謀な戦いは祖国である王国の勝利に終わった。


 その原因の一端は俺だった。

 周辺国家全てとの戦争ともなれば、普通は兵力や資源が枯渇していく一方なのだが、俺があまりに一騎当千の活躍で戦場を焼き払ったせいで、味方の被害はほとんどない状態で敵を壊滅させる戦いが続いた。


 もはや俺という個人が全ての国家の脅威となっていた。

 その時の俺は世界に俺の名が轟いていることが純粋に嬉しかった。


 ……………………

 …………

 ……


 さらにそこから五年の歳月が経った。

 俺は先の大戦の戦果を認められ、名誉将軍として王城で何もせずに過ごす日々を送っていた。

 世界はすっかり平和になり、目立った争いは消え失せてしまったのだ。


 たまに小競り合いくらいの武力衝突はあるようだが、俺が出ようとすると周囲のやつらに全力で反対されるせいで出番がない。


 曰く、

『ガレル殿が出るほどの戦いではない』

『王城の守りに徹してほしい』

『下級士官にも経験を積ませたい』


 といった理由らしいが、どう見ても適当な言い訳だ。


(……暇だ)


 一応、王城の守りという建前があるため、することがなくても王城にはいなければならず、城下町をフラフラするわけにもいかない。

 鍛錬しようにも、誰も俺の相手をしたがらないので一人でできることをするしかない。


 あまりに暇な時間の過ごし方に嫌気が指してきたが、そんな日々は唐突に終わりを告げることになる。


 ある日、俺は王に謁見することとなった。

 何でも極秘の軍事作戦があって、俺にも参加してほしいとのことだ。


 久しぶりの戦いに高揚していた俺はノコノコと玉座の間に向かった。


「ガレル殿、申し訳ありませんが、玉座の間は帯刀での入室が禁止です。剣はこちらにお預けください」

「ああ、後で返せよ」


 入り口で衛兵に捕まり、剣を預けるよう命令された。

 王の前では武器を所持しないという昔からの慣習は俺も知るところだったので、何も疑うことなく俺は腰に差していた二本の剣を衛兵に手渡した。


「ご協力、感謝します。それでは、中へ」


 改めて、衛兵が玉座の間の扉を開けた。


 中は無駄に広い部屋で、俺は二十歩近くも歩いて正面に座る王の元まで近づいた。


「ガレル・ディバイド、只今参りました」

「うむ、ご苦労」


 王は初老の爺さんで、顔の皺や王冠の裾からはみ出る髪は白髪が目立った。


 勲章の授与や、先の大戦の祝勝会などで顔を合わせたことがあるものの、いずれの時よりも緊張した面持ちだった。

 一体、次の戦いはどれほどの規模なのだろう。


 期待を高める俺に王はゆっくりと語った。


「先の大戦でのお前の活躍は見事という他ない。おかげで我が国は強大な敵を打ち倒すことができ、今の栄光を築くことができた。特に、ミナロ平地の戦いでは……」

「お世辞や昔話はいい。早く次の作戦の話を聞かせてくれないか?」


 話が長くなりそうな気配を察して、思わず本題に入る前の前振りを遮ってしまった。

 相手は王であり、失礼な振る舞いであるのは承知の上だが、それでも急かしてしまうほどに俺は戦いに飢えていた。


「そうか? それならば単刀直入に言おう。……お前は、強すぎたのだ」

「は?」


 王の言葉に俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。

 俺が強すぎた?

 どういうことだ?

 それが一体、次の作戦の何に関係する?


 疑問に思ったのも束の間、俺の周囲に結界が貼られたのを感じた。

 周囲を見渡すと、部屋の中には数人の魔法使いが隠れていたようで、数人がかりで俺を封じ込めたようだった。


(これは……魔法封じの結界!?)


 空気中からマナの気が完全に消失していて、魔法の発動ができない。


「おい、これは一体どういうことだ!?」

「だから言っただろう。お前は強すぎた。儂の手にも負えないほどに。……だから、ここで死んでもらうことにした」


 状況が分からない俺に王は淡々とそう言った。

 死ぬ? 俺が?


「『身体強化 Lv4』」


 背後から声が聞こえる。

 甲冑を着た近衛兵だ。

 よく鍛えられているのが鎧の上からでも分かるほどの実力者だ。


 そいつは結界の範囲外でバフをかけてから一目散に俺の方に突っ込んできた。

 同じ条件での一対一ならば俺が負けることなどありえないが、無強化では流石に厳しい上に、今の俺には剣がない。


 目で追うのがやっとの速さで距離を詰めて来た近衛兵は瞬きする間に俺の首を刎ねた。

 人は死に際して走馬灯という幻想を見て自分の人生を振り返ることもあるという噂を聞いたこともあったが、俺の場合はそんなものを見る暇もないほどに一瞬の出来事であった。


 こうしてこの俺、ガレル・ディバイドの一生は幕を閉じた。


 ……………………

 …………

 ……


 ……はずだったのだが、どういう訳か俺は生きていた。


 確かに先ほど死んだはずだったが、気が付くと当たり前のようにベッドと思われる場所で横になっていた。

 もしかしたら先ほどのことは悪い夢だったのかもしれない。


 しかし体の調子がすこぶる悪い。

 病にかかっているのか、発熱がある。


 それに腕や足に力が入らない。

 いや、力を入れることができないと言う方が正しいか。


 それに極めつけは目を開いても閉じても暗闇しか映らない。


 ……やはり俺は死んだのだろうか?


 そう思い、試しに横になっていた体を起こしてみた。

 倦怠感のせいで気分が悪いが、一応動くことはできた。


「坊ちゃん、気が付きましたか?」

「坊ちゃん?」


 不意に女の声が聞こえた。

 俺のことを呼んでいるようだが、坊ちゃんとはどういうことか。

 俺の年は30を超えている。もう坊ちゃんなんて年ではない。


「まだ寝ぼけていらっしゃいますか? 病は完治していないでしょうから、無理はなさらないでください」


 妙に機嫌の悪そうな女の声が近づいてきたと思ったら、肩を掴まれて再び横になるよう促された。

 視界がないので、何が起こっているか分からない。

 こんな経験は初めてだ。


 全く状況は飲み込めないが、横になりながら俺は一つの仮説にたどり着いた。


(これは俺以外の誰かの体なのか?)


 信じられないことだが、死んだことがきっかけとなり、他の誰かの肉体に俺の意識だけが入り込んだとしか思えない状況だ。

 そのような現象は聞いたこともないが、現に起こっている。

 分からないことだらけではあるが、一つだけ分かったことがある。


(この体は、あまりにも弱い)


 股間にぶら下がるものはあるので、男の体なのは間違いないが、そうとは思えないほど全身に筋肉がない。

 まともに剣を振ることさえ難しそうだ。


 それにどうやらこの体では目が見えない。


 そして問題は体だけではなく、大気中のマナも極端に薄い。

 こんなにマナの薄い地域があるなんて話は聞いたことがない。

 ここはどこなのだろうか。

 これでは大規模な魔法の発動など夢のまた夢だ。


(こんな状態で一体どうすればいいんだ……?)


 味方からの凶刃によって終わったはずの人生だったが、運よく転生することができたのは幸いだった。

 しかしそんな第二の人生は絶望の中から始まったのだった。

次回投稿予定日:今日の夜11時頃予定

連載開始記念 1話と2話は同日投稿、3話から9話までは毎日投稿します!!


続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

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