欠伸 暑い夏 教室
例えばそれは、未熟がゆえに微弱な、しかし確かに萌芽している怨恨であったり憎悪であったり。大人に説かれた清廉潔白な綺麗事に隷従しようと決意していても、まさか完全に消滅させるかのような払拭などできるはずのない自我から滲み出す屈託を動脈のなかで波打たせながら生活している思春期真っ盛りの人間が、男女混合、30人以上も窮屈に押し込められて──とっくに許容量を超過した気怠さと熱気が充満する教室内にて。呪われてでもいるのか新年度に我がクラスのを受け持ったとたん身近な人を幾人も亡くして精神を病んでしまった担任が休んでいるため自習中の今、自分の未来を握る実質的な支配者に監視されていない解放感を謳歌している生徒たちの低俗な噂話や笑い声も、開いた窓から見下ろす他所の学年が体育の授業をしている号令じみた掛け声も、何もかもが騒音、騒音、騒音。苛立ちはいつだって焦燥と似ていて、それが加速するたびに目眩がして、世界を曖昧にしか視認できなくなる。ただ正直なところ、そんなに耐えがたいなら、今すぐにもこの場から逃げ出したらいいのに、その選択肢があることはもちろん理解しているのに、自習から脱走するなんて以ての外だなんて良識に拘泥したまま、僕は衰弱していって。意識を麻酔にかけるような眠気に襲われるがまま欠伸をしたときに──すべての不快感を掻い潜って、胡散臭いほど嫋やかで凛とした声が耳朶を打った。
「まだそんなことやってんの、**」
びくっとして見上げれば、そこにいるのは、この暑い夏の温度を急速に冷却するような冷ややかな美貌をもつ女のひと、に見えて実は性別は男な、僕のお兄ちゃんで。
「今日は家業の手伝いがあるから早退して帰ってこいって、お父さん、私にだけ言ってあんたには言い忘れてたみたいだから。伝えに来たついでに、一緒に帰ろ」
差し出された手も呪縛でしかないのに、今の僕にとっては救いであることが悔しかった。




