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≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


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SS 深夜の使用人用厨房

久々にSSを更新してみました。

お楽しみ頂けたら嬉しいです。



「……最近、お忙しいのか、エレノアさまはここにいらっしゃいませんね」


 寂しそうに呟いたマーサに、ペドゥラとエヴェリンは顔を見合わせる。

 公爵令嬢であるエレノアに初めて出会ったのは、この使用人用厨房であった。

 あの頃、スカーレットは誤解を受け、周囲の反応は芳しいものではなく、当然、その使用人であるマーサ達にも周囲の使用人の風当たりは強かった。

 三人は夜になるとここで食事をすることが気分転換になっていたものだ。

 そこに現れたのが公爵令嬢エレノアであった。


「ここに突然、現れたエレノアさまが余ったもので料理をしたときは驚きましたね。まさか、公爵令嬢自ら料理をなさるなんて……」

「それに古いパンで作ったのに、なんとも美味でした」


 ペドゥラとエヴェリンの言葉にマーサも嬉しそうに笑う。


「そう、フレンチトーストです! ふわふわで美味しかったなぁ……」

「あ、そうだわ。今日は確か、パンが余っているはずだよ。エレノアさまがしたように作ってみない?」

「わぁ! 本当ですか!」


 エヴェリンの後に続き、いそいそとマーサが食品の余りを確かめる。

 中には少し硬くなったパンがある。魔法貯蔵庫には牛乳もあるし、卵も数個は残っているだろう。

 マーサはにっこり笑ってエヴェリンに言う。


「これでフレンチトーストが食べられますね!」

「……いや、無理だよ」

「え? なんでですか。お砂糖もあるし、バターもほんのちょっとならあるはずですよ」


 マーサの言葉にエヴェリンが首を振る。


「フレンチトーストに使う肝心のパンが少ししかないんだ。これじゃあ、作るのは難しいね」

「そ、そんな……! もう私の口もお腹もフレンチトーストを待ちかねていたのに!」


 衝撃を受けるマーサの表情に呆れつつ、ペドゥラはせめて温かい飲み物を用意してあげようと思うのであった。



*****



「そう、そんなことがあったのね」

「……はい。せっかくエレノアさまに教わったフレンチトーストを作る機会だったんですけど、材料がなくって」


 しょんぼりと肩を落とすマーサの姿に笑ってしまいそうになるエレノアだが、それをぐっと抑える。

 エレノアの隣にはマーサに共感するように頷くシルバーの姿がある。

 どうやら食いしん坊同士、共感するものがあるらしい。

 マーサの落ち込みようがあまりにも深刻に見えたエレノアは、彼女にある提案をする。


「じゃあ、今夜は久しぶりに私が皆になにか作ろうかしら?」

「ほ、本当ですか⁉」


 ぱあっと表情が変わるマーサにエレノアがくすくすと笑ってしまう。

 シルバーまでしっぽをぶんぶんと振り出すのだから、現金なものだ。


「えぇ、本当よ。三人とも来られるのかしら?」

「はい! 私から二人にはお伝えしておきますね! 楽しみです!」


 目を輝かせたマーサに微笑むと、エレノアは軽く頷く。ぺこりと頭を下げたマーサが急ぐように廊下を歩くのは、ペトゥラとエヴェリンへの報告のためであろう。

 足音を立てて歩くその様子は子どもらしく愛らしいものだ。 

 さてさて、何を作ろうか、材料は今夜一体何があるだろうと考えるエレノアも口元も自然に緩むのであった。



「……昨日とほぼ同じものしかありません!!」


 深夜の使用人用厨房にはマーサの絶望の声が響く。

 ペドゥラやエヴェリンも困った表情で、顔を見合わせていた。


「あらまぁ、パンがこれしかないのね」


 一方、エレノアは動じた様子もなく、今ある材料をテーブルの上へと並べていく。

 固いパンが少量、牛乳に砂糖、卵にほんの少しのバターがあるだけだ。

 ベリーが少量あるのだが、少なすぎてソースにもならないだろう。

 

「今、他の厨房に何かないか探しに行って参ります!」


 公爵令嬢であるエレノアが腕を振るうのだ。始めから食材を用意してもよかったのだが、エレノアの気性や今までの行動を考えるとペドゥラは躊躇したのだ。

 慌てる使用人達に、エレノアは材料を見つめたまま首を振る。


「いえ、大丈夫よ。今、ここにある材料で何か皆に作るから」


 そう言うとエレノアは髪を結い、手を洗い出す。

 ペドゥラもエヴェリンも目を見開くが、マーサは張り切ってエレノアの準備を手伝いに彼女の近くへと行くのだった。



「まず、パンを一口大に切っていくの。マーサは卵を割ってくれる?」

「はい! わかりました!」


 固いパンを一口大に切るエレノアの横で、マーサは真剣な顔で卵を割る。

 一個目は綺麗に割れたが、殻が入り、そっとスプーンですくいとる。その次の卵は卵黄が割れてしまい、真っ青な表情でエレノアを見た。


「大丈夫よ。フレンチトーストと作り方は似ていて、卵は混ぜちゃうから」

「そ、そうでしたか!」


 ホッとした様子のマーサにあきれ顔のエヴェリンが、砂糖と牛乳を用意してくれる。フレンチトーストと作り方が似ていると聞いてのことだろう。

 エレノアがペドゥラにも指示を出す。


「お砂糖を、そうね、これくらいかしら。入れてしっかり混ぜてから、牛乳も注いで。ペドゥラはベリーを洗ってくれるかしら」


 卵が入ったボウルをペドゥラが押さえ、マーサが真剣な様子で混ぜていく。

 もっと気楽に作れる料理なのだが、一生懸命な姿は微笑ましいものだ。

 卵に砂糖、牛乳を加え、しっかり混ぜて生地は完成である。


「じゃあ、オーブンで使えるお皿にバターを塗っていくわよ。そしたら、切ったパンをお皿に入れて、次に卵の液を注いで」


 薄くバターを塗った皿に、ペドゥラがパンを乗せていき、エヴェリンがそっと静かに卵液を入れていく。

 

「このまま、しばらくしみ込ませてから魔法オーブンで焼き上げるの。しみ込むのを待つ間、一緒にお茶を楽しみましょう」


 エレノアの言葉にペドゥラがお湯を沸かし始める。

 マーサはエレノアに話したいことがたくさんあるようで、いそいそとカップを用意し始める。エヴェリンは椅子を引いて、エレノアに座るように促した。

 家族やカミラ以外にも自分を受け入れてくれる者がいる。

 決して広くはないこの空間はエレノアにとって、大事な居場所の一つとなっていた。


「――そろそろいいかしら。マーサ、焼く前にベリーを上に乗せてくれる?」

「は、はい! まかせてください!」


 ベリーを摘まんだマーサが真剣な表情でちょこんちょこんとパンの上にバランスよく並べていく。そこまで真剣にならなくともよい作業なのだが、懸命な姿は好ましい。

 魔法オーブンの予熱を180度にして、エレノアはマーサの作業を見守る。

 

「出来ました! 綺麗に配置できたと思います!」

「ふふ、そうね。じゃあ、天板に水を注いで、容器を入れるわね」


 自分で入れようとするエレノアに、慌ててエヴェリンが駆け寄り、器を受け取る。

万が一、火傷でも負えば大変である。

 しかし、エレノアはエヴェリンの気遣いににっこりと微笑むだけだ。

 

「これをそのまま蒸し焼きにします。そうね、30分以上かしら」

「そんなにかかるんですか⁉」

「マーサ!」


 ペトゥラの叱責にマーサは肩を竦める。

 フレンチトーストの延長線上で考えていたため、短時間で出来るものと思い込んでいたのだ。申し訳なさそうなマーサの表情に、エレノアはくすりと笑う。


「そうね、時間がかかるの。その間にもっと皆の話が聞きたいと思うんだけど……」


 エレノアの言葉に落ち込んでいたマーサの表情が再び明るくなる。

 まだまだエレノアに話したいことはあり、彼女の話ももっと聞きたいのだ。

 そんなマーサの様子に、迷惑ではないかと不安げなペトゥラとエヴェリンだが、エレノアは二人に微笑む。

 眠れない夜は誰にでもある。

 三人が自然とここで集っていたのはそんな理由もあったゆえだろう。

 しかし、誰かと話したい、誰かと菓子を食べて過ごして眠れないのならば、それは幸福なことだとエレノアは思うのだ。

 エレノアの微笑みに、ペトゥラとエヴェリンも安心したように口元を緩める。


 菓子が焼きあがるその時間、三人の使用人と一人の公爵令嬢は話に花を咲かせた。部屋に漂う香りは甘く優しい。

 自然と皆、笑みを湛え、その時間を過ごすのだった。



*****



「――マーサから聞きましたの。パンプディングというものを皆で召し上がったのでしょう?」


 翌朝、楽しく過ごしたエレノアはスカーレットの言葉に静かに耳を傾ける。

 柔らかな言葉はそのままなのだが、なぜか今日は彼女の言葉にトゲがあるのだ。

 そう、エレノアが昨日作ったのはパンプディング。

 パンにしっかりとしみ込んだプディング液が優しい甘さで美味であった。

 フレンチトーストより時間はかかるが、より手間をかけた分、華やかさも加わる。そんな話をマーサから聞いたのだろう。スカーレットは少々ご機嫌斜めである。


「そうですね。楽しく過ごしましたわ」

「……わたくしも誘ってくださればよかったのに」

「あら、スカーレット様は眠ってらっしゃったでしょう?」

「そ、そうですけれど……」


 どうやら、スカーレットはやきもちを焼いているらしい。

 くすくすと笑うエレノアに、スカーレットか耳を赤くする。


「では、今度はスカーレット様とお茶をするときにご用意いたしますわ」

「ほ、本当ですか? わたくし、楽しみにしておりますね」


 自分の料理を楽しみにしてくれる誰かがいる――それは幸福なことだとエレノアは思う。

 見ず知らずの場所、世界で暮らすことになったエレノアだが、その日々は存外満ち足りている。

 涼やかな風に髪が吹かれ、なびく。第一庭園ではそろそろまた野菜が実る頃だろう。今度はどんな菓子を作ろうかと思うエレノアの口元は自然と弧を描くのだった。

 

 

 

 

 





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