表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/68

第58話 聖なる力とその矜持

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 聖リディール正道院の祈祷舎の扉は、その日閉ざされていた。

 関係者以外立ち入り禁止とされているのだが、そこにいる研修士の数も限られている。貴族研修士ヴェイリス、平民研修士ラディリス共に、自室にいることを命じられていた。その理由は外部からの訪問者たちが来たことにある。


 今日は三人の聖女候補の課題がそれぞれどれほど納められたかを確認する日である。祈祷舎には信仰会を率いるスタイロンを中心とした上層部の者、ギル・ヒューズと彼を信奉する者たちが対峙するように左右に分かれて座っている。

 その後方に顔色の悪い王家の遣いと、不機嫌そうなエレノアの兄カイルがいた。エレノアが聖女候補になったことに抗議を示したいコールマン家ではあったが、民が望む聖女を否定することは難しい。

 やんわりと信仰会と王家を牽制したものの、いざとなれば物理で対応するためにカイルはこの場に足を運んだ。怒りと共に溢れる魔力に圧され、近くにいる者は顔色を悪くしていた。

 

「聖女候補が三人も誕生していることが素晴らしいこと、信仰会としても課題の成果を考慮して、聖女の選定に活かしたいものだ」

「でしたら、うちのウィローが頭一つ抜けておりますな。何しろ、雨を降らせたのは彼女の成果に他ならないのですから。今日、他の聖女候補がどんな成果を見せようとも、それ以上の行いはないでしょう」


 スタイロンの言葉にすぐヒューズが得意げに反応する。するとスタイロンは長い髭を触り、少々考えたあとに首を傾げながら呟く。


「はて、あの雨がウィローの力だと証明するものはあったかな。確かに雨は降った。それは事実だが、ウィローの力だと証明してはおらぬではないか」

「何を言う! 多くの民がウィローの祈りを知り、その努力を認めた! 民から支持されているのはウィローだ! あの子が最も聖女に近い存在だ!」

「おやおや、それを見極めるためにこうして三人の候補に課題を出したのだが……ヒューズ殿はご存じなかったようだな」


 スタイロンの言葉に追従するかのような笑いが信仰会の者たちから零れる。それに抗議しようとする自身の支持者をヒューズは止めた。内心では苛立つものの、この場で感情的に振舞うのは挑発に乗ったことになるからだ。

 騒がしくなった祈祷舎に正道院長のイライザの声が響く。


「――お静かになさってください。もうすぐ、三人がこちらに参ります」


 その言葉に反応したかのように、祈祷舎の扉が開く。それぞれの研修士服に身を包んだ貴族研修士のエレノア、平民研修士のリリー、私服姿のウィローが現れた。

 案内役のグレースの表情は緊張のせいか強張っている。同じように少々緊張したリリー、エレノアは穏やかに立っている。ウィローの隣には彼女を案ずる様子のメラニーとヒューズの部下であるクレアがいた。


「三人には私が出した課題、『誰かのために行動を起こすこと』を行っているはずです。それをこの場で三人には、皆さんにお伝えして貰います。そちらを聖女選定の参考になさるということでよろしいですね。まずはリリー、あなたからお願いします」


 正道院長イライザの言葉に背中をピンと伸ばしたリリーが、緊張しつつも口を開く。その内容は微笑ましいものだ。


「私は、この聖リディール正道院の仲間の手伝いをしました。貴族の方、平民の者、厨房の人たち、皆のです。ここに来て、たくさんの人に助けて貰っています。でも、今まで私は聖女になることは祈ることだと信じ、それ以外のことをなおざりにしてきました。それではいけないと気付いたのです」


 聖女候補であるリリーだが、能力や注目度はエレノアやウィローには及ばない。彼女の課題の成果にヒューズも王家の者も関心を示さない。信仰会の者ですら、同様であろう。

 リリーはそれにひるまず、じっと前を見据え、声を大きく張る。


「平民である私が聖女に選ばれることによって、民からの支持も得られると思います。聖リディール正道院に来て、私の生活は変わりました。その教えやご恩に報いる気持ちはお二人よりあるかと思います」


 その言葉にイライザは軽く目を開き、グレースは複雑そうな表情になる。リリーのその言葉はエレノアを聖女にしないための精一杯の想いが込められているからだ。

 しかし、その想いを知らないスタイロンや信仰会の者は満足げに微笑んだ。ヒューズは忌々し気に舌打ちをする。

 ぺこりと頭を下げて、一歩下がったリリーはふぅとため息を吐いた。


「ありがとう、リリー。次はエレノア研修士ですね。では、お願いします」

「はい、イライザ正道院長」


 そう言って一歩前に踏み出したエレノアは優雅に微笑みを湛える。

 侯爵令嬢であるエレノア・コールマンがどのような課題を行ったのか、祈祷舎の空気は緊張で張りつめた。

 そんなことも気にした様子のないエレノアはにっこりと笑みを深めたあと、口を開く。これから彼女の口から出る言葉に、エレノアの人柄を知らぬ者は驚くことになるだろう。


「私はそうですね、お世話になった皆さまに菓子を作ってお渡ししましたわ」

「――は、菓子とは?」

「あら、ご存じありませんか? 聖リディール正道院では聖なる甘味を作っておりますの。そちらをお世話になった皆さんにお配りしました。パーチ・ディ・ダーマ、『貴婦人のキス』という名前の菓子ですわ」


 穏やかに微笑みながら語るエレノアだが、祈祷舎の中は戸惑いが広がる。攻撃魔法こそ封じられてはいるが豊富な魔力量、貴族としての知識や経験、それを持ち合わせた侯爵令嬢の課題の成果が菓子だとは思わなかったのだ。

 動揺する信仰会の者たちを嘲笑うかのようにヒューズが大声を出す。


「これは素晴らしい。侯爵令嬢からのキスを贈られるなど、皆さんなんと幸福で名誉なことだ。大変羨ましいことですな」

「……いや、本当に名誉なことかもしれませんよ! 彼女の菓子は第二王子も口にしたものなのですから!」

「そうです! 彼女が聖なる甘味を復活させたのは間違いのない事実! 自然現象を自ら行ったと騙る者たちより崇高な行いだ!」

「我らが聖女を侮辱するつもりか!」

「そうだ、まだウィローさまの成したことは語られておらぬではないか!」


 それに反発するかのように信仰会側からは抗議の声が上がる。リリーの功績とは異なり、エレノアの聖なる甘味は実際に功績を残しているのだ。

 顔を歪ませてヒューズの信奉者たちもまた抗議する。彼らにとってはウィローは既に聖女であり、ヒューズは救世者といってもいい存在なのだ。

 肝心の聖女候補を置き去りにして、信仰会とヒューズたちは言い争う。

 祈祷舎という崇高な場所に置いて、なんたる暴挙かとグレースは驚き、イライザは額に手を当てる。


 課題に関してもヒューズはもちろん、信仰会側にも正しくイライザの意図が伝わっていなようだ。敢えて誰でも出来ることにし、そのうえで聖女としての精神性をイライザは問うているのだ。

 あの日、魔法鳥を通じて送った手紙の内容は嘘偽りのないイライザの考えである。

 『誰かのために行動を起こすこと』容易く聞こえるが、誰のために何を行うかにはその人物の内面が反映されるものだ。

 その点でエレノアもリリーも十分に課題をこなしたとイライザは考えている。

 自身の利益になる者や聖女として威厳を示す意思が、どちらの行為からも感じられなかったからだ。

 気を取り直すかのように、イライザは騒々しい者たちに次の聖女候補であるウィローへと話題を移す。


「――次はウィローですね。課題の成果を……」


 そのとき、激しく咳込む声がしてメラニーが崩れ落ちるように倒れた。突然の出来事にそれまで騒いでいた者たちも彼女に視線を移す。動揺が広がっていく中、サンダースは表情を変えず、ウィローと部下であるクレアを見つめていた。

 全てはヒューズの指示通りなのだ。今日の正道院でのメラニーの食事に、クレアは魔法鳥を通じて渡された小瓶の薬を混ぜて置いた。時間差で効く毒を使ったのだ。

 その解毒剤をウィローには既に渡している。倒れたメラニーにそれを服用させれば、ウィローが起こした聖女の奇跡とする算段だ。

 もし、メラニーが助からなくともヒューズたちは構わない。信仰会側の策略で毒を食事に混入されたとすれば、民はウィローたちを信じるだろう。

 どちらに転んでも、ヒューズたちには利があるのだ。狼狽える周囲を前にヒューズは口元を緩めた。

 エレノアやイライザがメラニーに駆け寄ろうとした瞬間、聞いたことのない声が祈祷舎に響いた。

 

「…………い、先生! 先生が!!」

「ウィロー!?」


 倒れたメラニーにウィローが必死に呼びかける。

 泣きながらメラニーに呼びかけるウィローの姿に、クレアは動揺する。ウィローが自分の意志で動くことなど、クレアは今まで見たことがないのだ。助けを求めるようにヒューズに視線を向けるが、彼もまた驚いたようにウィローを見つめたままだ。

 エレノアもイライザも倒れたメラニーの状態を確かめるが、荒い息をする彼女は呼びかけにも反応を示さない。ウィローはそんなメラニーを抱きしめるように、「先生、先生」と泣き叫ぶ。


「何か持病を持っていたかしら、それとも――」


 イライザが途中まで口にして、エレノアに視線を移す。エレノアもまたイライザを見つめ、深刻な表情でメラニーを見た。

 誰かの意志によって害される。それは高位の者であれば常に頭にあることだ。何者かがメラニーに毒を持った可能性に二人は気付いたのだ。

 

(食事に含まれた毒――もしかしたら、力を使えば無毒化出来るかもしれない。もし無理でもやってみないで諦めることは出来ないもの)


 エレノアも魔法は菓子作りに関したものだが、枯れた大地に雨を降らせるなど、食に関係していればその力を行使できる範囲は広い。命を救う可能性があるのであれば、試さない手はない。

 そんなエレノアを離れた場所から兄のカイルはじっと見つめる。エレノアであれば、自身の力を使うことを惜しまないだろう。

 しかし、それはエレノアが聖女になるという何よりの証になってしまう。


 泣き叫ぶウィローと苦しそうに息を吐くメラニー、エレノアが決断するには時間がかからなかった。

 目の前の人物を救うためにエレノアは今、力を行使しようとしていた。


 


いいねやブックマークありがとうございます。

7/20と7/21は6時と12時の二回更新です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ