第54話 三人の聖女候補
その日、聖リディール正道院には張りつめた空気が流れていた。
雨を降らせたと評判の聖女を名乗る少女ウィロー、そしてヴェリテルの正道院長であったメラニー、そしてもう一人クレアと名乗る女性三人が訪れたのだ。
名目は三人の親交を深め、お互いを高め合うという名目だが、実際は聖女候補を見極める目的なのだと皆が口には出さぬものの考えていた。
先日、信仰会より三人の聖女候補について発表された。まずは少女ウィロー、彼女はギル・ヒューズと共に一部の民の信奉を集め出している。そんな彼女の名が挙がったことに疑問を持つ者はいなかった。
無論、反感や疑念を抱く者はいたが、そんな彼女の信憑性を問うために、信仰会が動いているのだと貴族の多くは予想していたからである。
そしてもう一人の聖女候補エレノア・コールマン、彼女の名があったため、王家や貴族は信仰会の意図を察した。
聖リディール正道院へと入った難があるが、そこで聖なる甘味の復活を果たし、王族がそれを口にするという栄誉を得た。家柄、魔力、気品ともに申し分のない彼女を聖女に推薦するのであろうというのが大方の貴族の見方である。
そんな中、ヒューズがなぜ自身が足を運べない聖リディール正道院へ、ウィローが向かうことを許したかは三人の候補に選ばれたこと自体に価値があるからだ。
聖女候補として信仰会が発表した三人、それ自体が名誉であり、今後ウィローを使い、商売が出来る。この時点でヒューズにとっては非常に良い話なのだ。
同時にウィローが長年言いなりであり、自ら判断することは不可能だろうと高をくくっていた。念のために腹心の部下であるクレアをつけ、メラニーにもしっかりと言い含めてある。
こうして始まった聖女候補三人の選定に、貴族研修士ヴェイリス、平民研修士ラディリスも内心で動揺し、聖リディール正道院には不安や戸惑い、様々な感情が渦巻いていた。
「信仰会の目的は聖女をウィロー以外の者にする、あるいはギル・ヒューズと離したウィローを信仰会側につけたいっていうところかしらね」
「……エレノアさまを聖女にするのが手っ取り早いなどと考えていると私は思います! 白い狐の問題もあります。やはり、ここを出るべきではないかと」
「国外に出ても、すぐに見つかってしまうでしょう」
「お嬢さま……!」
聖女と呼べるだけの力がなければ、エレノアとて逃げることを考えた。
だが、膨大な魔力とシルバーの顕現、そして降り続けた雨はエレノアが聖女たり得る存在であることを示していた。
二人の少女にその責務を押し付けることは出来ない。信仰会や王族の聖女選定の基準は不明だが、選ばれたのであればその任を受ける覚悟をエレノアは決めていた。
「でも大変なのはイライザ正道院長だわ。信仰会から認定の方もきたらしいけれど、正道院長として三人の中から、選ばねばならない責務を負ってらっしゃるのではないかしら」
「このようなときに他の方のことなど良いのです! まったくお嬢さまは……そのようなところも素晴らしいのですが、時と場合によります」
怒っているのか褒めているのかよくわからないが、自分のために懸命なカミラにエレノアは少し心が温かくなる。当然、エレノアも不安がないわけではないのだ。
力を持つきっかけとなったシルバーは、エレノアの気も知らず、すやすやと眠る。その額をそっと人差し指で撫でるとパタパタとシルバーのしっぽが揺れ、思わずエレノアはくすっと笑う。
心配してくれるカミラやのんびりと変わらないシルバーが側にいる。聖女候補になってから、兄と父からは毎日のように魔法鳥が届いていた。困ったとき、不安なときに助けになってくれる者が今の自分にもいる。臆する心を支えてくれるには十分な存在だ。
「ありがとう、カミラ。いつも傍にいてくれて」
「な、このカミラ、何があってもお嬢さまにお仕えする覚悟でございます。今後もお傍に置かせて頂きます! お嬢さまがどんなお立場になられてもです!」
聖女となっても傍にいると伝えたいのだろう。少し涙ぐみながら、カミラはエレノアを見つめている。そんな彼女に何を言えばいいのかと、エレノアが一瞬迷ったそのとき、シルバーが目を覚ます。
《清らかな魂の子! 我は空腹を感じているぞ!》
「えぇ、ちょっと待っててね。何か、甘いものを用意するわ」
「この犬! せっかくお嬢さまが私にお言葉をかけてくださろうとしていたのに!」
《なんだ? なんで我は叱られているのだ?》
いつもと変わらぬ賑やかな二人に不安も忘れて、エレノアはくすくすと笑う。
普段と同じ光景、側にいてくれるカミラとシルバーの存在を心強く思うエレノアであった。
*****
同じ時間、もう一人の聖女候補であるリリーはマーサの称賛に頬を染めていた。マーサは驚きつつも、友人であるリリーが聖女候補になったことを祝う気持ちでいっぱいである。
「凄いわ! リリー。きっといっぱい頑張ったから聖女候補になったのね! 私、応援するわね!」
「応援……そうね、私頑張ってみる」
リリーは既に聖女がエレノアだと確信している。しかし、エレノアがその事実を隠すということは何か事情があるのだろう。
雨を降らせるエレノアの力を見て、リリーが感じたのは聖女が必ずしも信仰会や王家に属する必要がないということだ。それまで、リリーは信仰会と聖女の繋がりを疑ったことはなかった。
しかし、まだ聖女と認められていないエレノアの元に白い狐が顕現し、その力を使い、雨を降らせることが出来たのであれば、聖女は何かに所属する必要などないのではないか。そんな考えがリリーの中に生まれた。
そして何より、エレノアが望まないことを強いる気にはなれない。
「――そうね、聖女になれるように頑張ってみる」
それはエレノアのカモフラージュになれればという考えから生まれた意欲だ。
聖女になること目標となり、自ら行動を起こさず、日々祈ってきたリリーはもういない。それはエレノアとの出会いがきっかけである。
目の前の友人マーサは目を輝かせて頷き、リリーの背中を押してくれている。闇雲に聖女になるために、祈りだけを捧げていたリリーは今、他者のために自ら動こうとしていた。
もう一人の聖女候補ウィローは環境の変化にも動じることがないのか、表情一つ変えずに通された部屋で椅子に腰かけていた。メラニーは久しぶりに会ったイライザへの動揺を必死で隠す。手紙を出したことに気付かれたなら、ただでは済まないだろう。先程、皆で顔を合わせたときもイライザは顔色一つ変えず、毅然としていた。
そんなイライザだからこそメラニーは頼ったのだが、彼女の表情や態度からはこちらに協力する姿勢もまた感じられなかった。
腕を組み立っているクレアは、まるでこの場で自身が最も上であるかのような態度である。
「まったく、面倒なことだね。いいかい、ウィロー。あたしが言う通りに上手くやるんだよ。もししくじったら、あたしがギルさまに叱責されるんだ。いや、それだけじゃ済まないだろうね」
爪を噛みながら苛立つクレアだが、そんな彼女にも特にウィローは感情を動かされた様子はない。チッと舌打ちをしたクレアにびくりと肩を震わせたのはメラニーの方だ。
聖女候補ウィローの瞳はその場にいる二人を映していないかのように、虚空を見つめるのだった。
*****
正道院長室でイライザは一人、深いため息を吐く。
信仰会から届いた命令に背くことは出来ない。そのため、イライザは三人の聖女候補を受け入れた。聖女候補の親交を深めるというのはあくまで建前である。
大方の予想通り、この聖リディール正道院へと三人の聖女候補が訪れた目的は聖女の選定である。無論、正道院長であるイライザにその権限は与えられていない。それが出来るのは信仰会の上層部、そして王のみだ。
イライザが信仰会の上層部から告げられたのは、「自分たちのためになる聖女」を見出し、優先させることだ。そのために、滞在中の彼女たちに課題を出すように命じられていた。
「まったく、上に立つ者の心構えというものがなっていないのです。昔から上層部というものは変わっていませんね。自分たちの利になる聖女を求めるのですから」
かつての自分の姿がイライザの頭に浮かぶ。平民でありながら、魔法が使えるイライザは聖女候補の一人であった。メラニーと知り合ったのもその頃である。
公正な性格であるイライザがリリーを案じるのも、自分の姿と重ねてしまうからだ。懸命でひたむきだからこそ、過去のイライザも周囲が見えていなかった。
聖女という立場が努力と信仰の先にあるものだと信じて疑わなかったのだ。
そのとき、聖女に選ばれたのは数か月正道院にいただけの貴族の娘。聖女に選ばれるのに必要なものが何かを、そのとき初めてイライザは知った。
それから数十年というときを経て、同じことを信仰会の上層部は行おうとしている。今度はその一端をイライザにも背負わせるつもりなのだ。
聖リディール正道院に訪れる人々は皆、悩みや不安を抱えている。人々は聖女の存在に期待し、安堵するだろう。イライザとて、その力や存在を願わぬわけではない。
だが、実際に聖女に必要なものは何なのか。選ばれるに必要な家柄、魔法、それとも心であろうか。
正道院に身を置いて数十年、答えは出せぬままである。
そんな自分が、三人の少女たちの人生を変える課題を出さねばならない。
イライザは一人、深く重いため息を溢すのだった。
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