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≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


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SS プリンとフラン ~リリーの家族~

家族側の「プリンとフラン」の話です。


 晴れた空の下、その女性は手早く洗濯物を干していく。

 慣れたその手つきには無駄がない。

 隣にいる少女は彼女の娘だろう。

 同じ色の髪をした少女は洗濯物の皺を伸ばし、母へと渡す。


「お母さん、真っ白な鳥が空を飛んでるよ」

「こんなにいい天気だからねぇ、鳥も気持ちがいいんでしょう。さぁさぁ、早く干して次は部屋の掃除をしなくっちゃ」


 雲一つない真っ青な空を飛ぶ、真っ白な鳥を見上げていた少女が驚きの声を上げる。鳥はなぜかまっすぐにこちらへと向かってくるではないか。


「お母さん! 鳥が、鳥が窓にぶつかっちゃいそう!」

「え、まさかそんな……」


 飛んできた鳥が木枠の窓にぶつかると思った瞬間、鳥が吸い込まれるように消えていく。目と口を丸くする母を引っ張って、少女は部屋へと急いだ。



*****



 真っ白な鳥は決して広くはない部屋の四人掛けのテーブル、その椅子に留まる。

 その席は今はこの家にいないリリーの場所だ。

 ふと、リリーがどうしているのかと考えてしまう母ロゼッタの服を、娘のヘザーが強く引く。


「ねぇ、お母さん。あの鳥、どうしよう?」

「待って、ヘザー。大変だわ、あれは魔法鳥よ」

「魔法鳥ってなに?」

「高貴な御方のところへと手紙を運ぶと言われているの。きっと迷ったのか、休憩に寄ったのよ。困ったわね」


 そんなロゼッタのことを見つめた魔法鳥は小首を傾げる。

 愛らしい動作だが、どうしたものかと考えるロゼッタの目に、魔法鳥がテーブルに乗るのが見えた。

 すると、魔法鳥の足元に手紙と真っ白い箱が現れる。

 やはり魔法鳥で間違えないのだという確信と同時に、驚きと戸惑いでロゼッタは目を見開く。

 間違って届いてしまったこの届け物をどうしたらよいのだろう。

 きっと送り主も届け先も高貴な人物に違いないのだ。

 鳥が間違えたと説明しても罰せられる可能性がないとは言い切れない。

 顔色を悪くするロゼッタだが、再び娘のヘザーが服をくいっと引っ張る。


「ねぇ、あれ。お姉ちゃんの印だよ」

「え? まぁ、本当だわ。あれはリリーの印ね」


 文字に不自由な家族に手紙を送る際、娘のリリーはマークを描く。

 パッと見てすぐに自分からだとわかるようにだ。


「じゃあ、これはリリーからなの?」

「わかんない」

「と、とにかくダンにも伝えなきゃ……!」


 慌てて、ロゼッタは夫のダンを起こしに行く。

 体の弱い夫はまだ寝室で眠っているのだ。

 隣の寝室へとダンを呼びながら向かう母を見送ったヘザーは、真っ白な魔法鳥を見てそっと撫でる。

 愛らしい魔法鳥はヘザーを見て首を傾げ、ヘザーもそんな魔法鳥を真似て首を傾げるのだった。



*****



「手紙はリリーの可能性があるが……果たして箱を開けていいものか」

 

 リビングへと訪れたダンが口にするのは、ロゼッタが抱いたのと同じ懸念だ。

 商人か、貴族のものかわからないこの箱を開けることは憚られた。

 

「正道院まで行く?」


 正道院の研修士たちは文字が読める。

 リリーを聖リディール正道院へと送った理由の一つに、学びの機会を得られることにある。そうでなくとも、規則正しい食事に清潔な衣服、社会の規律も学べる正道院の研修士は希望者が多い。

 娘のリリーが優秀さゆえに選ばれたことは、ダンやロゼッタにとっても幸福なことである。

 同時に、娘と離れて暮らす寂しさも味わうこととなったが、正道院での暮らしがリリーの将来を考えれば現状に置いて最善の道だと言えた。


「正道院に行くのもまた、ご迷惑になりかねんからなぁ」

「そうよね。先日、リリーへの手紙を書いて貰ったばかりだわ」


 文字が読めぬダンたちはリリーへの手紙を代筆してもらう必要がある。

 娘であるリリーは年に一度の手紙を送ってくるが、ダンたちは何度も手紙を送る。

 切手代はかかるものの、代筆にかかる費用は寄付をすることで免除して貰っていた。そのため、再び正道院の世話になるのは気が引けた。

 すると、娘のヘザーがあっと声を上げる。


「こないだ引っ越してきたおじいちゃん、文字が読めるんだよ! あたし、聞いてくるね!」

「ちょっと、ヘザー!」


 パタパタと足早にかけていくヘザーは既に家のドアを開けて、廊下に飛び出した。共同住宅であるため、目的の人物を連れてくるのはすぐだろう。

 娘のリリーが書いたらしき印を見つめながら、何があったのだろうとロゼッタとダンは不安になるのだった。


 

*****



「うむ。これは間違いなくあんたら宛の手紙だな」

「本当ですか……?」

「あんたの名前はダン、そして奥さんはロゼッタ。妹さんはヘザーだろう?」

「は、はい……」

「で、手紙を寄こしたのがリリーというお嬢さんだな。うむ、なかなか丁寧な文字だ」


 ひげを蓄えた老人とは今日、初めて出会った。

 もちろん、他の者に聞いた可能性もあるが、家族構成を言う老人は文字を読んでいるようにダンにもロゼッタにも見える。

 すると老人は無遠慮に手紙の封を開ける。

 

「ちょ、ちょっと手紙を開けては……!」

「ん? あんたらに来た手紙だろうに。読まなくてもいいのかい?」

「い、いえ。娘からのなら読んで頂きたい!」


 きっぱりと言ったダンは老人に頭を下げた。

 隣にいたロゼッタも同様に頭を下げる。

 娘のリリーから来た手紙であれば、一にも二にもなく読みたいのが二人の本音である。

 二人を見て頷いた老人は再び便箋に目を向けた。


「……ほほぅ、なるほど。そりゃ立派なことだ」

「あ、あの! なんて書いてあるのでしょうか!?」

「あぁ、すまない。ついつい感心してしまった。きちんとあんたらに説明しなければな」


 老人はダンとロゼッタ、そしてヘザーの顔を見てにっこりと笑う。

 そして説明し出した内容は三人にとって驚きのことばかりだ。

 リリーは貴族の令嬢方やその使用人の人々に良くして貰っており、その中で歳の近い友人も出来たという。正道院では日々、勤めを果たし、そんな成果を認めた人物からの依頼で箱に入った物をこちらに届けた。

 父ダンの体調を心配する言葉や、母ロゼッタや妹ヘザーが元気でいるかという言葉が綴られていたという。

 

「では、この箱もリリーからのものなのね」

「開けると良い。きっと驚くぞ」


 手紙を読んだ老人は既に中身を知っているようで、楽しげに笑う。

 ヘザーは目を輝かせ、魔法鳥はまだ生真面目にこちらが箱を開けるのを待っていた。


「――これは……!」

「うわぁ! お菓子? ねぇ、お母さんこれってお菓子でしょ?」

「あぁ、これは正道院の『聖なる甘味』らしいぞ。娘さんとそれを応援してくれる正道院の人々からの贈り物だってね」


 自分のことかのように嬉しそうに老人が伝える。

 ヘザーの目の前には彼女の顔よりも大きな菓子がある。

 こちらを振り返るヘザーの表情には満面の笑顔が浮かぶ。


「こんな立派なお菓子、大丈夫かしら? あの子、無理はしていないのよね」


 不安になるロゼッタの肩にダンが手を添えた。

 彼もまた、娘に気苦労をかけたのではと考えたのだ。

 老人がそんな不安を否定する。


「手紙からはそんなこと微塵も感じさせんよ。あんたらを気遣う気持ちはそりゃあある。しかし、この菓子を喜んでほしいという気持ちを間違いなく感じる。素直に喜んで受け取ることが良いだろうね」

「あたしもそう思う! ね、お母さんお父さん、食べてみよう!」

「あぁ、そうだな。こんなに立派なもの、なかなか食べられないぞ」

「そうね、『聖なる甘味』なんて聞いたことがないわ! 楽しみねぇ」

 

 家族の表情を見て、魔法鳥は静かに消えていく。

 無事に届けたとやっと納得したのだ。

 ヘザーはもちろん、ダンもロゼッタもこのような甘味には縁がない。

 菓子などというものは貴族が裕福な商人のものなのだ。

 老人が家族の喜ぶ姿を見て、そっと去ろうとするのをヘザーが止めた。

 

「お礼、してないよ?」

「そうです。読んでくださったお礼がまだですよ」


 老人はひげを触って、少し考える。

 この善良な家族から何を礼に貰ったらよいのだろう。

 負担にならず、彼らが納得する品が良い。


「では、その素晴らしい『聖なる甘味』を一切れ頂けるかね。あぁ、それでは多すぎるかもしれん。お礼の手紙の代筆も手伝おうじゃないか、どうだい?」


 魅力的な提案にダンたちはもちろん頷いた。

 リリーに早速手紙を書きたいと思っていたのだ。

 代筆も気を遣うものであり、正道院を頻繁に頼るのは心苦しい。

 老人の申し出はダンたちにとってもありがたいものだった。


 老人に菓子を一切れ渡し、礼を言うとにこやかに帰っていく。

 この聖なる甘味は「フラン」というらしい。

 ヘザーは忘れないようにと先程からフラン、フランと呟いている。

 切り分けたフランを皿に盛り、皆で左胸に手を置き、祈る。

 神に、そしてこの場にいないリリーの健康を願って。


 まず一番先にフランを口にしたのはヘザーだ。

 その青の瞳が今日の空のように輝くのをダンもロゼッタも嬉しそうに笑う。

 

「すっごく甘くって、柔らかくってサクサクなの! こんな美味しいの食べたことない! お父さんもお母さんも早く食べて!」


 勧められるままにダンもロゼッタも菓子を口に運ぶ。

 柔らかでなめらかなクリームと、香ばしく焼かれた生地が口の中で一体となる。

 その味の良さと同時に、ダンとロゼッタの目には涙も滲む。

 こんなに優れた菓子を贈れるほどに、リリーは正道院で認められている。

 それにはリリーのどんな日々の努力があり、今も懸命に暮らしているのだろう。

 娘が成長したことへの喜び、安堵、会って抱きしめることのできない寂しさが食べたことのない菓子の上品な風味と一体となる。

 

「旨いな、リリーに感謝しなきゃな」

「うん、お姉ちゃんは凄いんだね!」

「……本当に立派だわ」

「あたし、手紙に『ありがとう』って書いてみる!」



 ほぼ同じ時刻、貴族用厨房にいるエレノアは魔法鳥の到着に口元を緩める。

 届け物を終えた魔法鳥は瞬時に消える。

 それは感覚的に持ち主であるエレノアに伝わった。

 ちょうど今リリーの家族は手紙と箱を受け取ったはずだ。

 フランは綺麗な焼き色でリリーとマーサの到着を待つ。

 このフランは「家族にプリンを食べさせたい」との願いに見合うものだろうか。

 エレノアは遠く離れながらも、お互いを想い合う家族の繋がりに目を細めるのだった。

 

 

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

楽しんで頂けていたら嬉しいです。


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