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≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


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第44話 プリンとフラン

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


「よし、良い感じに冷えて美味しそうね」


 冷蔵庫から取り出したのはエレノアが作ったプリンである。

 数日前よりリリーが体調を崩し、食も進まないことを正道院長であるイライザから相談されていた。

 柔らかく甘いプリンであれば食べやすいだろうと作ったプリンに、シルバーは目を輝かせる。


《うむ。他者を案じる心、やはり清らかな魂の子だな! ……それでその菓子は他にもあるのか?》

「もちろん皆の分もあるよ。シルバーのもね」


 しっぽをぶんぶん振る姿がドアの隙間越しでも良く見える。

 くすりと笑いながら、シルバーの分とカミラの分をエレノアは冷蔵庫から取り出す。

 砂糖と牛乳、卵という大抵の家にある食材で作れるプリンは、ハルにとっての思い出の菓子である。祖母がよく作ってくれたのだ。

 今日、作ったプリンはハルのレシピではなく、祖母の味である。

 

「菓子の方は、私が持って参ります。何か病気でしたらお嬢さまに感染する可能性がございます」

「うーん。心配してくれてありがとう、カミラ。でも、ちょっと体調不良にも事情があるようなの」

「事情、でございますか?」


 正道院長であるイライザが言うにはこの時期になると、リリーは必ず体調を崩すという。それを案じるイライザの表情からは何か事情を知っている様子であったのだ。


「何より、私がリリーの様子が気になるの。だから、私に行かせてほしいわ」

「……わかりました。ですが、私も同行いたします」

「ふふ、ありがとう。カミラ」


 体調不良の理由は定かではないが、食事も摂れず、つらい思いをしていることは確かである。

 出来上がったプリンを早速リリーの元へとエレノアは持っていこうとする。

 その後ろ姿にカミラは崇高な精神の美しさを感じ、シルバーはいつ自分はプリンを食べられるのかと思い、耳としっぽをへたりと下げるのだった。



*****


「……エレノアさま?」

「リリーの様子はどうかしら? これを持って来たのよ」


 リリーの小さな自室へと向かったエレノアを出迎えたのは、グレースである。

 ベッドで横たわっていたリリーが、エレノアの姿に起き上がろうとするのを止めて、そっとエレノアは近付く。

 少し顔色の悪いリリーだが咳などはなく、正道院長のイライザのこの時期になると体調を崩すという言葉がエレノアの頭をよぎる。


「ごめんなさいね、突然訪れて。これはプリンというお菓子なの。冷たくて柔らかいから食べやすいかと思って持って来たのよ」

「――エレノアさまがお作りになられたのですか?」

「えぇ、試作したものなの。よかったら召し上がってね」


 生菓子であるプリンは正道院での販売にも、貴族向けの菓子としても不向きである。だが、この場でリリーのために作ったと言えば、体調を崩した彼女に気を遣わせるとエレノアは咄嗟に嘘を吐いた。

 この状況でそれを信じて貰えるかは不明だが、リリーのために作ったと言えば、彼女が慌てて謝罪や礼を言うことも容易に想像が出来たからだ。

 エレノアが差し出すプリンの入った盆を受け取ったリリーは膝に乗せた。

 そんなリリーに頷いてエレノアが食べるよう勧めると、そっとスプーンを受け取って口へと運ぶ。


「……美味しい」


 なめらかなプリンはひんやりと心地よい舌触りと甘い風味で、少し知恵熱の出ているリリーにも食べやすい。するりと喉越しも良く、広がる卵と牛乳の優しい味わいがリリーを安心させた。

 いつもと違い少しぼんやりした様子のリリーだが、プリンを食べ始めた様子にエレノアとグレースは視線を交わし、安堵する。


「良かったわ。口に合ったみたいで」

「……エレノアさま、ありがとうございます」

 

 そう呟き、かすかに微笑んだリリーだが、それ以上スプーンを進めることはなく、じっとプリンを見つめたままだ。

 どうしたのかと思うエレノアの耳に、かすかなリリーの呟きが届く。


「母さんたちにも食べさせたいな」

 

 どこか遠くを見ているかのようなリリーが、ふと漏らした言葉にエレノアはぎゅっと胸が締め付けられる。

 リリーの事情はわからないが、まだ10代前半の少女が家族と離れて暮らしていることは確かだ。そんな状況で体調を崩したときに、まず思い浮かぶのは家族の顔であろう。

 美味しいものを食べたときに、大切な人にも分けたいという気持ちは皆、思うことだ。だが、リリーは自分が体調不良なのにもかかわらず、そのように家族を思いやれるのだ。

 その後、ウトウトとし始めたリリーの様子にグレースが盆やプリンをチェストテーブルへと移す。グレースが軽く会釈をし、それに頷いたエレノアとカミラは小さな一室を後にした。

 


 窓の外にはさぁさぁと雨が降る。

 暗い空を見上げたエレノアは、先程のリリーの言葉を反芻する。


「お母さんたちにも食べさせたい――か」


 体調不良でぼんやりと働かない頭が呟かせたリリーの言葉は、彼女の素直な思いであろう。こんな状況でも自分のことではなく、家族を想えるのはそれだけ関係も深い証である。

 研修士という立場であれば、仕方のないことではあるが、まだ子どもである彼女たちが家族と離れて過ごさねばならぬ状況に、切ない思いになるエレノアであった。



*****

 


「リリーがそのようなことを?」


 翌日、エレノアとグレースに報告を受けた正道院長イライザは、驚きの表情を浮かべた。眉間に皺を寄せたイライザの様子からは、リリーを案じているのが察せられた。

 体調自体はそこまで問題がなさそうであったリリーだが、イライザが気にする事情があるのだとエレノアは感じる。

 そんなエレノアの考えに気付いたイライザはリリーの事情を説明し出した。


「毎年、この時期になるとリリーは体調を崩すことはお話しましたね」

「……ええ。病気ではないということですか?」

「――どちらかというと心理的なものでしょうね。ちょうど、この時期にリリーはこの聖リディール正道院へと訪れたのです」


 その言葉に家族への想いを呟いたリリーの姿が重なる。

 平民研修士ラディリスは正道院に所属することで、様々な利点がある。

 神への祈りは必要だが、衣食住の全て、そして文字などを学ぶ機会も得られるのだ。そんな事情から子どもを研修士にと望む者も少なくはない。

 しかし、子どもにしてみればいくら不自由のない生活と言えど、里心は必ずあるものだ。おそらく、リリー自身も気付かずうちに心に負担がかかっているのだろう。

 そうエレノアが考えていると、イライザが困ったような顔で尋ねてきた。


「そのプリンという菓子は遠方へと届けることは可能なのですか?」

「いえ、形が崩れやすいですし、傷みやすいお菓子ですので。あくまで、ここで召し上がることを考えて作ったものなんです」

「……そうですね。無理を申しました」


 正道院長であるイライザの残念そうな様子に、内心で驚きつつもエレノアは答える。生菓子であり、日持ちしないプリンは魔法鳥でも運ぶことが難しいだろう。

 魔法鳥に持たせることで、実際に動物に携帯させるのとは異なり、物体に流れる時間も遅くはなる。

 だが、遠方となれば魔法鳥が辿り着くまでの時間がかかるため、時間の遅延も相殺されてしまう可能性がある。

 マドレーヌなどの焼き菓子であれば問題ないが、生菓子であるプリンは届ける菓子としては不向きなのだ。

 エレノアとしてもリリーのぽつりと呟いた言葉は頭に残るが、やはり難しい。

 ほんの少し心がすっきりとしないまま、エレノアは正道院長室を後にするのだった。



*****



「これがプリンというお菓子なのですね!」


 目を輝かせながら食べるマーサは幸せそうな顔で、エレノアの晴れない心が少し軽くなる。

 昨日作ったプリンを使用人用厨房にいたマーサたちに振舞ったのだ。

 祖母のレシピは蒸しプリンである。冷蔵庫でひんやりと冷やし、底には香ばしいカラメルが敷いてあるシンプルなものだ。

 だが、このような菓子はマーサたちにとって新鮮だったようで、喜びもその表情から伝わってくる。


「こちらは正道院で販売なさるのですか?」

「いえ、持って帰るのも保存するのも不向きだから、その予定はないわ。体調を崩した子が食べやすいからと思って作ってみたの」


 エレノアの言葉に少し残念そうな表情を浮かべるペトゥラとエヴェリンだが、事情を考えれば仕方のない話である。

 正道院で販売する菓子は大きく分けて二つ。正道院へ訪れる人々向けの菓子、もう一つは貴族向けの菓子である。

 そこに個別の依頼を受けてエレノアが作る菓子が加わったが、基本は先程の二つだ。それに合わない菓子は販売が困難なため、良い菓子でも不向きなのだ。


「リリー、凄く喜んでいました」

「彼女のお見舞いに行ったのね」


 マーサとリリーは年頃も近く、親しい。

 体調を崩したリリーを案じ、自室に訪ねに行ったのだろう。

 頷いてにっこりと笑ったマーサは、エレノアに嬉しそうに告げる。


「『エレノアさまがいらしてくださった』ってリリー、教えてくれたんです。エレノアさまのお菓子を食べた後、食欲も少しずつ出て来たそうです!」

「……そうなのね。よかったわ」

「はい!」


 自分のことのように笑みを浮かべるマーサに、エレノアはどこか眩しいものを見る思いになる。

 自分が得意なことは菓子を作ることだけ。それにもかかわらず、少女の願いを叶えることも出来ないことに、寂しさを感じていたのだ。

 しかし、マーサは純粋に寄り添い、案じ、自分に出来ることにひたむきだ。

 得意なことは菓子を作るだけだと思いつつ、プリンは無理だとそこで諦めていたエレノアはマーサの姿に気持ちを新たにする。

 まだ、リリーのために何か出来ることは必ずあるはずなのだ。


「ありがとう、マーサ」

「? はい。リリー、少しずつ元気になってきましたね!」


 礼を言われた理由はリリーの様子を伝えたことと思ったのだろう。

 元気に返事をしたマーサは再びプリンに夢中になり、ペトゥラにたしなめられるのだった。

 


 


夏のような暑さの日に、じめじめとした日。

天候の変化がありますね。

ご体調にお気をつけください。

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