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≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


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第43話 男爵令嬢ポーラの悩み 3

ブックマークや良いね、評価などありがとうございます。


 回転するその魔道具にカミラは恐れを抱く。

 菓子作りに関して有効なエレノアも魔法は、今までの属性魔法や生活魔法の概念からすると規格外のものだ。

 今、エレノアはボウルに入れた卵白を不可思議な魔道具で泡立てている。

 

「冷蔵庫にしてもオーブンにしてもそうだけど、電気ではなく魔力を原動にして動くから助かるわ。本当に私にぴったりの魔法ね」


 豊富な魔力を誇るエレノアだからこそ、維持できるのではないかと思うカミラは改めて主人への想いを強くする。

 当然のように新しい魔道具を発明し、それを自由自在に扱えるエレノアはもはやその存在自体が聖女を越えているとカミラの目には映るのだ。

 一方、そんな力をエレノアに与えるきっかけになったシルバーは、期待の眼差しをエレノアへと注ぐ。

 次はどのような甘味を作り出すのだろうという、食欲という煩悩であり、神の遣いであるという高尚さはまるでない。

 

「卵白を丁寧に泡立てて、きめ細かくすることが重要なの。そして、クリームみたいに絞り出して、オーブンでじっくり焼けば完成よ」

《おぉ、流石清らかな魂を持つ子! 新たな菓子も間もなく出来るのだな!》


 鼻先をドアの隙間から覗かせるシルバーが、しっぽを振っているのが見える。

 楽しみにしているのがわかりやすいのがシルバーの長所だ。

 だが、残念ながら菓子が出来上がるのはもう少し先のことだ。

 

「このお菓子はじっくり低温で焼き上げることがコツだから、まだまだ出来上がらないよ」

《なんと……この甘い香りを前にしてまだ待たねばならぬのか……!》


 途端にしょんぼりとしっぽまで元気を失う姿にエレノアは笑い、カミラは呆れた視線をシルバーに送る。言葉がなくともシルバーの考えはカミラにも十分伝わるのだ。

 オーブンの中の菓子をエレノアは、ポーラの不安を少しでも和らげる菓子になるようにと祈るような思いで見つめるのだった。



*****



「この可愛らしいお菓子が今回の依頼品なのですか?」

「ええ、小さくてご令嬢でも一口で召し上がることが出来ますでしょう? どうぞお召し上がりください」


 スカーレットが包みを開けると、そこには可愛らしいサイズの白い菓子があった。絞ったクリームのように、愛らしい形の菓子は手に持っても軽く繊細なものだ。

 エレノアが考えたのは卵白と砂糖のみで作るメレンゲ菓子である。

 一口で食べられるメレンゲ菓子ならば、口紅も落ちることはない。

 何よりその可愛らしい見た目と繊細な食感は令嬢にはぴったりだ。

 そっと優しく摘まんで口に含むと、サクッとした食感のあと、ほろりとほどけるようにとけて消えていく。

 洗練されたその風味と食感は今までにないものだ。


「淡い雪のように溶けて消えてしまうのですね」

「ええ、きっとこれならばポーラ嬢のご負担も少ないのではないかと思うのです」


 これならば口紅も取れることはない。

 少しずつ、ポーラの抵抗感を減らす目的でエレノアはこのメレンゲ菓子を作り上げたのだ。

 試作品はマーサやリリーたちにも好評であり、依頼品の制作にエレノアは乗り出した。もちろん、シルバーも長い間待った試作品の完成に満足そうに試食を楽しんだ。そして、完成品をエレノアはスカーレットの元にも届けたのだ。

 ポーラと同様、化粧で悩んでいたというスカーレットの意見は重要である。


「――本当に大事なことは彼女がもう少しご自身を好きになることだと私は思うのです」

「エレノアさま……」

「ですが、それは菓子だけでは変えられないことでもあります」


 彼女の意識や心を変えられるのは物ではない。

 「聖なる甘味」はきっかけに過ぎない。

 重要なのはポーラ、そして彼女を案ずるクリスの想いが伝わることだろう。

 エレノアが二人の幸せを願って完成したメレンゲ菓子は、イライザの許可を経て、クリスの元へと送られるのだった。



*****

 


 夜会に登場した一組の男女は楚々とした少女を洗練された少年がリードしている。

 少年には女性の視線が注がれる華やかさがあり、堂々とした振る舞いもまた周囲の目を引いた。

 だが、少し少女の表情は暗くそんな彼女を気にかけるように少年は歩いている。

 男爵令嬢ポーラとその婚約者クリスである。

 

「あちらに座って、少し休もう。ね、ポーラ」

「……申し訳ありません」


 どうやら緊張もあってポーラは体調を崩したようだ。

 会場の片隅にある椅子に腰かけたポーラは自分の不甲斐なさに歯がゆい思いを抱く。せめて、会場にいる間だけでもクリスの隣を歩くに恥ずかしくない令嬢であろうと思っていたのだ。

 しかし、周囲の令嬢の美しさや気品、そういった雰囲気に圧倒され、不安が高まったポーラは早々に体調を崩してしまった。

 至らない自分に俯くポーラの前に、クリスは膝をつき、小さな包みを差し出す。

 ハンカチらしい包みをクリスが解くと、中には真っ白なバラの花のような小さなものが幾つも入っている。


「これは正道院で作って貰った『聖なる甘味』だよ。甘い物を食べれば、少し気分も楽になるだろう」


 菓子を食べるという事に、少し躊躇するポーラだが小さな菓子一つであれば、口紅も落ちることはないだろう。

 そっと菓子をつまむと口に入れた。

 小さなその菓子はポーラの口でも一口で食べられる。

 これならば、口紅が落ちることはないだろうとほっと胸を撫で下ろすポーラは口の中に広がる風味に驚く。

 ほろりと優しく口の中でほどけるように溶ける菓子は今までにない食感だ。

 

「君が食べやすい菓子を頼んでみたんだ。どうかな?」

「……気付いてらっしゃったんですね」

「理由はわからないけれど、君が夜会で食事を摂らないことは気になっていたよ。けれど、僕としてもどうするべきか悩んでしまって……」


 クリスの優しさにポーラは気付いている。

 それなのに自分自身を変えられないことがさらに苦しいのだ。

 ポーラを気遣うクリスの優しさはこの繊細な菓子とどこか似ていた。

 

「申し訳ありません。みっともない姿をお見せしました」

「……ポーラ、僕はそんなこと思ってはいないよ」


 だが、ポーラは俯き、クリスから視線を逸らす。

 真剣なクリスの眼差しはまっすぐで、自信のないポーラをいたたまれない思いにさせた。

 華やかな場で着飾り、輝く令嬢たち。そんな中で自分は体調さえ、思うようにならず婚約者であるクリスの手を煩わせている。

 つい、ポーラの口からは隠していた弱音がこぼれ出る。

 

「もう少し、あなたの隣を歩いて恥ずかしくない令嬢であれたら、このように悩むこともなかったのかしら」

「――そんなこと、二度と口にしないでくれないか」

「っ!」


 小さく掠れるようなポーラの言葉にクリスはキッといつになく強い視線を彼女へと向ける。

 溢してしまった本心を後悔しつつ、ポーラはクリスの視線から逃れようとするが、彼はじっと彼女を見つめたままである。

 おずおずとポーラが視線をクリスに向けると、彼は慈しむような眼差しで彼女を見つめた。


「……僕は生涯、君に隣を歩いて欲しいと願っているよ。たとえ、君がこの婚約を家同士のためだと考えていても。僕は君の隣にいたいんだ」


 思いもがけない言葉にポーラはほろほろと涙を流す。

 泣けば、せっかく丁寧に施した化粧も落ちてしまうだろう。

 それでもポーラは涙を止めることが出来なかった。


「あ、ハンカチは菓子に使っていて、その、どうしよう。あぁ、そうだ。これでいいかい?」


 胸元のスカーフを取って、クリスはポーラの涙を優しく拭う。

 そんな彼の優しさにさらにポーラは泣き出してしまい、クリスは慌てる。

 いつの間にか、その微笑ましい光景を皆が温かく見守っていた。

 婚約者であるクリスが膝をつき、菓子を涙を溢すポーラの口へと運び、彼女は菓子の甘さとクリスの優しさに泣きながらも微笑む。 

 化粧が落ちるのも構わずに涙を流すポーラは、初めて婚約者であるクリスの心を知った。彼女自身が長年願っていたことを婚約者のクリスも同様に願っていたのだ。

 ポーラの口の中で甘く溶けるメレンゲ菓子は、彼女が抱えていた不安と共に溶けて消えた。後に残ったのはポーラとクリス、お互いを想う二人の心だ。


 もうポーラは二度とクリスの隣を歩くことに引け目を感じることはないだろう。

 微笑み合うポーラとクリスは、周囲から見ても似合いの二人であった。



*****



「なんだか素敵ですわね。恋人同士でお菓子を贈るなんて」


 家同士の結婚である貴族では珍しいポーラとクリスの夜会での光景は、婚約者を持つ令嬢の憧れとなった。想い人や婚約者にハンカチに包んだ菓子を贈るのがこの件以来、若い世代に流行り始めたのだ。

 そんなスカーレットの言葉にエレノアは目を瞠る。


「まぁ、スカーレットさまには想い人がいらっしゃるの?」

「ち、違いますわ! こう、物語の一節のようで美しいという意味ですわ。単に憧れというだけで……」

「まぁ、では憧れていらっしゃるのね」

「もう、エレノアさま……!」


 耳まで赤く染めるスカーレットが愛らしく、エレノアはくすくすと笑う。

 もちろん、貴族であるエレノアにもスカーレットにも恋の話は無縁である。

 だからこそ、ポーラとクリスの話は多くの令嬢に憧れのものとして映るのだ。

 少し拗ねた様子のスカーレットが紅茶を口にする。

 少々ふざけ過ぎたと反省するエレノアにマーサの独り言が聞こえた。


「うんうん。お菓子はいつ誰に貰っても嬉しいですもんね!」

「マーサ! 職務中は私語を控えなさい」

「…………ふふ」


 ペトゥラが注意するが、その声も厳しいものではない。

 スカーレットも笑いを堪えており、エヴェリンも口元を必死で引き締めている。

 マーサは皆が笑いを堪えている理由がわからず、戸惑った様子だ。

 テーブルの上にはエレノアが作り上げた新たな聖なる菓子、メレンゲがある。こちらは、ポーラとクリスに憧れた貴族からの注文が殺到しているのだ。

 そっとエレノアが口に運ぶと、メレンゲはしゅわりと溶けていく。

 いつの日か、スカーレットにも想い合える相手が出来ると良いのだが――そんなエレノアの願いと共にメレンゲは溶けて消えていくのだった。

 

 


 


今回は小さな恋のお話でした。……めずらしく!


想い人や憧れの人にお菓子を贈るのが流行る……

兄のカイルや父ダレンにも

ご令嬢やご婦人から届いていることでしょう。

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