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≪完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 1/15『裏庭のドア』3巻・コミックス1巻発売!


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第37話 三兄弟のパウンドケーキ 4


 突然の兄デレクの告白に目を丸くするアンディとクリスだが、側にいたメイドのアビーには驚きはない。頭を下げ続けるデレクを心配そうに見つめていたが、痺れを切らしたようにアンディとクリスに話し出した。


「これはデレク坊ちゃまの責任ではございません! 坊ちゃまはお一人でアボット商会の負債を全て完済なさったのです」

「……アビー」

「デレク坊ちゃま、大事な人にはきちんと向き合い、問題を話さねばなりません。相手を信じることも必要なのです。そうすれば、このようなご兄弟間の溝は生まれず、坊ちゃまが傷付く必要もなかったはずです」


 父が残した商会に負債があったというのは、アンディにもクリスにも初耳である。父の他界後も、アボット商会の経営状況は順調のように見えていたからだ。

 共に働いていたはずのクリスはその事実に、次兄のアンディ以上に驚きを感じていた。


「じゃあ、デレク兄さんが一人でこの店の負債を完済したの?」

「あぁ、父さんが残した負債は全てなくなったから安心してくれ」

「違うだろ! どうして、それを今まで俺たちに相談しなかったんだ! 俺だって、俺だって、親は違うけれど兄弟だろう!?」


 アンディの言葉に部屋は水を打ったような静けさに包まれる。

 彼は叔母の息子であり、実際にはいとこの関係になる。幼い頃に、母が他界したため、この家に引き取られた。

 戸籍の上でも正式な息子であり、同じように兄弟として扱われていたが、アンディは徐々にここにいることに心苦しさを感じて、アボット商会を出ていったのだ。


「ご兄弟と思っておられるからこそ、デレク坊ちゃまは弟であるお二人にご苦労を背負わせたくなかったのだと思います」

「だが、もう負債はない。その……もちろん、財産も店以外にはもないので渡すものは何もないんだが……」


 申し訳なさそうなデレクにアンディは苛立つ。

 それは自分を頼ってくれなかった兄への悲しみ、そして自分のことにしか意識を向けていなかった自身への怒りだ。

 だがそんな中、クリスがぽつりと呟く。


「じゃあ、デレク兄さん。これからは変えるって約束して。きちんと僕たちに相談して良いことも悪いこともちゃんと分け合おうよ、同じ等分に。このケーキみたいにさ」

「……クリス、いいのか?」

「僕らはむしろ感謝しなきゃいけないんだよ。それだけの苦労をデレク兄さんは一人で背負ってくれたんだ。ね、アンディ兄さん」

「……あぁ、もちろんだ。でも、これからは問題は俺たちにも背負わせてくれ。俺たちだって兄さんのために何かさせてくれよ」


 笑顔で頷き、席に着くクリス、アンディも自分の椅子へと腰かける。クリス、そしてアンディの視線は立ったままの長兄デレクに注がれた。

 まだ立ったまま、どうしていいのかわからずにいるデレクに、アビーが労わるように話しかける。


「さぁ、デレク坊ちゃま。お食事中に立つのは行けませんよ。お座りください」


 弟たち、そして自分の苦労を知っているアビーの言葉にデレクの頬には涙が伝う。

 そんな涙に気付かぬふりをして、アンディもクリスもパウンドケーキと呼ばれる菓子を口にする。


「うわぁ、美味しいねぇ。こんなに美味しかったけ? バターの風味に酒の香り、ドライフルーツもクルミの食感も最高だ」

「いや、全然違うだろ。こっちのほうが格段に味が上だ。……親父たちにも食わせたかったなぁ。きっと、驚いたろうにな。ほら、兄さんも食えよ」


 アビーにも促され、デレクは席に着く。

 口にしたケーキは香りも豊かで味わい深い。

 アンディの言う通り、バターの風味香るその味は記憶の中の菓子より数段上等だ。それでもなぜか、その菓子は懐かしい記憶を思い起こさせる。


「最後の菓子じゃなくなったけど、良い味だね。流石、聖なる甘味だよ」

「あぁ、そうだな。食卓を囲む機会なんてこれからいくらでもあるもんな」

「……」


 クリスの予定とは違い、三兄弟にとって最後の菓子ではなくなったのだ。

 再び、自分たち兄弟は共に思い出を作っていけるだろうという確信に、クリスやアンディの目にも涙が滲むのであった。



*****



 初夏の日差しがカーテン越しに外の気温の高さを伝える。

 自室のソファーに腰かけて、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。

 初めての依頼は順調に終わり、その依頼者であるクリスから手紙が届いたのだ。

 

「“皆さんがお作りになられた聖なる甘味は、私たち兄弟の絆を取り戻す大きなきっかけとなりました。特に手紙に合ったパウンドケーキの名前の由来、そしてその教えは我々を一つにしたのです” ……ですって!」


 嬉しそうにクリスからの手紙を読み上げるエレノアだが、シルバーは特に関心を抱いた様子はない。そういえばパウンドケーキという菓子は旨かった、それ以上の思いはシルバーにはないのだ。

 だが、カミラは目を潤ませながらエレノアの話を聞き、何度も頷いている。

 手紙に目を通すエレノアの姿に、流石にシルバーも少し気が引けたのか尋ねてきた。


《で、その教えとはなんだ?》

「……それは、その、心当たりがないのよね」

《ぬ? どういう意味だ。手紙を書いたのは清らかな魂を持つ者だろう》


 クリスは同量で作り上げるパウンドケーキが、三種類の材料を同様に分けることを暗示していると考えた。聖リディール正道院の研修士が、不仲な三兄弟に同じように分け合うことを示唆してくれたのだと捉えたのだ。

 しかし、エレノアとしては実際の菓子の由来を教えたに過ぎない。

 1ポンドずつ入れることが、パウンドケーキの名前の由来になっている。

 菓子は丁重に作り、エレノア自身、出来栄えは美味であると感じていたが、それ以上のことはない。 

 エレノアはどんな理由を抱える人にも、どんな身分の者にも、笑顔になれる菓子を作ることを考えている。

 そのため、想像以上に褒められて少々困惑もしているのだ。


「まぁ、いいじゃない! 私の作った菓子を喜んでくれる人がいるんだから!」

「お嬢さまが崇高な精神をお持ちなこと、お傍にいる者として誇らしさを感じます!」

「ええっと、ありがとう。でも、カミラは少し落ち着いて?」


 丸くなって眠りに入ろうとするシルバーに、慌てて重要なことをエレノアは思い出す。この手紙にはシルバーや正道院に関係することも記されているのだ。


「でね、パウンドケーキのお礼は寄付でいいって伝えていたから、今後ずっと少額ではありますが寄付と祈りを捧げますって書かれていたわ」

《なんと……! 祈りは神や我の力になるではないか。でかしたぞ、清らかな魂を持つ者! 今後も職務に励むといい。試食は我もしてやってもかまわぬのでな》


 もふもふしたしっぽを突然ひゅんひゅんと振り出したシルバーに、カミラは怪訝そうな表情になる。目を輝かせているシルバーだが、言葉の通じないカミラにもなんとなく事情は察せるものらしい。


「本当に食い意地が張っていますね……神の遣いとやらの名が泣きます」

《清らかな魂を持つ者! あのようなことを申しているぞ。汝の菓子の価値を真に理解しているのは我だぞ。もっと我に菓子をだな……》


 きゅうきゅうと騒がしく鳴き始めたシルバーだが、エレノアはかすかに聞こえるノックと申し訳なさそうな声に気付く。誰かがエレノアの自室に訪ねてきたようだ。

 カミラはシルバーの鳴き声を無視して、入り口のドアへ向かう。

 すぐにエレノアの元に戻ってきたカミラは、来訪者が誰なのかを告げた。


「お嬢さま、グレースさまがいらっしゃいました」

「まぁ、お通しして」


 グレースがエレノアの元に訪ねてくるということは、正道院長イライザからの言付けであろうか。初めての依頼を終えたため、次の依頼の相談かもしれない。

 そう思ったエレノアの前に現れたのは、いつも以上に恐縮した様子のグレースである。普段より遠慮深い印象のグレースだが、どうしたことか今日は頬に手を当て、困っているのだ。


「――どうかなさったんですか? グレースさん」

「突然、尋ねてしまって申し訳ありません。実は、ご相談したいことがありまして」

「どうぞ、こちらにおかけになって」


 エレノアに勧められて、ソファーに腰かけたグレースだがどう話すか迷っている様子が見える。

 一体、どんな相談を持ち掛けられるのだろうとエレノアはカミラと視線を交わす。

 グレースは膝の上に置いた手を握りながら、静かに話し出した。


「実は、次回の依頼のご相談に参ったのです」

「依頼というと、菓子作りのお話ですね」

「えぇ、まずは初めての依頼のご成功おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 律儀に祝いの言葉を述べるグレースらしさに、少し微笑んでエレノアは頷く。

 グレースはふぅと小さな息を吐いて、真摯な表情でエレノアを見る。

 次回の菓子の依頼は、何か言いづらいことなのだろうかと思うエレノアだが、心当たりは特にない。作りにくい菓子や入手しにくい素材であれば、確かに困難だがエレノアには魔法がある。

 菓子作りに特化した魔法は菓子に関することであれば、規制はないのだ。

 表情を引き締めたグレースが意を決したのか、口を開く。


「あの、次回の依頼なのですが、私が依頼したいのです!」

「え、グレースさんがですか?」

「……ええっと、正確には私ではないというか、でも私がご依頼をするのが円滑に進められると言いますか……」


 依頼主は自分ではないと言うグレースだが、懸命に説明をしようとする様子から、その依頼主のためになんとかしたいという彼女の優しさが垣間見える。

 そうまでして依頼を受けて欲しい相手が誰であるのか、エレノアとしては気になるところだ。


「――グレースさん、その依頼主はどんな御方なの?」


 エレノアの言葉に、困ったような表情でグレースが答える。


「この正道院に訪れる子どもなのです」


 予想外のグレースの答えに目を瞠るエレノアだが、そうであれば彼女が代わりに依頼をするというのも頷ける。

 断られるのではと不安そうな表情になるグレースに、まずは事情を詳しく聞かねばと思うエレノアであった。



 

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