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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

光中堂々 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うう〜、ぶるぶる。寒いですねえ、冬の帰り際は。

 このあたりのバス、近ごろ本数が減っちゃいましてねえ。こうタイミングが悪いと、歩くのとどっこいくらいの時間なので足を使っちゃうんですが……う〜ん、あったまるまでがつらい。

 地図上では多少の遠回りになりますが、バス通りを使って帰るようにと、父たちから注意されていますしね。この道をあえて通っているわけです。


 私たち、暗がりは基本的に恐れる傾向にありますよね。

 闇の中には、何が潜んでいるか分からない。トラブルを防ぐためにも、近づかないのが賢明ですよね。

 しかし、ひょっとしたら、その明るさの中にも怖さがあるかもしれません。

 自分の身体を光のもとにさらけ出す。それは自分の存在をアピールすることに、他なりませんから。


 ――危ないヤツやものが寄ってくるのが分かるから、よけやすいんじゃないか?


 それがですねえ、場所によっては警戒心をマックスでいた方がいいみたいなんですよ。

 もう少し時間はありますし、歩きながら聞いてみませんか?



 むかしむかし。室町時代のころと伝わっています。

「かまいたち」の被害が、久方ぶりに報告されました。

 先輩は、かまいたちにどのような印象を持っていますか? 

 真空波によるもの。風によって巻き上げられた砂利や木の葉たちによるもの。肌の状態が悪くなったがための、重度のあかぎれの症状によるもの。

 かまいたちは皮膚のみに現れ、衣服がもろともに斬られるという伝説はあまり存在しないため、最後のあかぎれ説が、科学的にはおしやすい説だとうかがっていますね。


 被害を受けたのは、お付き合いをしている男女。

 お祭りの帰りに、あぜ道で手をつないで歩いているときに、ふと深い切り傷を負っているのに気が付いたのだと。

 男の右腕、女の左腕、それぞれの手首のやや上あたりで、ぱっくりと皮膚が口を開けていたんです。痛みや出血がなかったため、双方気づいたのは別れ際のことだったとか。

 紙で裂いたにしては大きくて、かといって小刀で斬りつけたにしては深すぎる。仮に事象をしたとしても、相当になれたものでなければためらい傷を作り、こうもきれいな口を作ることはできない、との分析だったとか。

 そのうえ、二人が歩いている道は月明かりを正面から受ける明るい道。不審な者がひそめるような物陰もなく、証言の通りならかまいたちこそが犯人にふさわしい。

 古来、不可解なものとして語られるのみの現象。

 いかに防げばよいかなど、はっきりとした答えを出すには至らず。ただ、周囲への警戒を厳にすることくらいしか思い浮かばなかったとか。



 けれども、こののちにたびたびかまいたちの被害が報されることになります。

 奇妙なことに、このかまいたちを思わせる傷は、月明かりのある晩にばかりつけられたのです。

 暗い道を歩き、通り魔のたぐいに襲われたのであれば、それも仕方ないと思われたかもしれません。傷の奇妙な状態や、つき方を考慮に入れないのであれば。

 しかし、かまいたちにあった誰もが白昼堂々ならぬ光中堂々。怪しき気配の断片すらも見逃すまいと警戒しながら、明るい道の中を進んでいたと語ります。

 そしていずれも、ケガをするのは手ばかり。わずかでも肌をさらしていれば、狙いすませたかのように、そこが切り裂かれていくのです。

 最初に報告をした村では、肩から指先まで隠す袖や手袋の着用が行われましたが、そうして被害が出なくなると、今度は近隣の、これまで問題なかった村々で同様の被害に遭ったという声があがり始めたのです。



 偶然とは思えない。やはり、何かしらの意志あるものの仕業であるのか。

 当時、その一帯をおさめていた豪族は、かんなぎ出身かつ武芸の腕に優れた家来に、真相の究明を依頼したようなのですね。

 家来は最初に被害に遭った村を訪れて、詳しい話を聞いて回ります。

 その日からしばらくは、月がどんどんと満ちていく日。ことを試すには持ってこいの条件が整っていました。


 まずその日は、一分の肌も見せない厳重な格好でもって、月明かりに照らされる道を歩いていきます。

 結果、村の皆から聞いた通りに傷を負うことなく、晩を過ごすことができました。

 次の晩は、つけ袖を持ちいて両の二の腕を大胆にさらして見せます。

 月明かりの差すあぜ道を、その明かりが照らす間、何往復もしましたがケガをする様子はありませんでした。

 三日目は逆に半袖で望み、月明かりのもとへさらしたところ、いよいよかまいたちがあらわれました。

 このとき、家来は両腕を前へ突き出し、自らの目で確かめやすい姿勢をとっていたようです。

 すると、なるほど、いざ襲われてみると痛みも出血もありません。突き出した両腕へ淡々と、おのずから切り傷がついていくのです。

 光に照らされる、ひじより先の部分。特にその手首あたりにかけて、待ちかねていたかのように雑多な傷が浮かびます。

 位置を変え、角度を変えて、その数およそ二十超え。

 ためしに光より外れる箇所へ急ぎ避難してみると、それまで威勢よくつけていた傷の勢いも、ぱたりと止んでしまうのでした。

 

 

 対処する方法は、体感できました。しかし、それで任務完了とはいきません。

 命じられたのは原因の根絶。

 人が余計な細工を施すことも、びくびくとおびえて暗きを選ぶこともなく、大手をふって月明かりのもとを歩ける。その時間を取り戻すこと。

 家来はその日、夜を迎えるまでの間で、ひとつの工作を行っていました。

 編んだ竹かごに和紙を張り、その中へロウソクを立てられるようにしたうえで、手で持つことのできる棒を取り付けます。

 

 それは当時、まだ中国より伝わって間もない、提灯の姿であったといいます。

 祭事にて、すでにそれらが用いられることがあったがゆえ、家来は自作する知識と技術を持っていたのです。

 準備が整うと、家来は左の手首のみ肌をさらした格好でもって、月ののぼるのを待ちました。それは提灯を握る手でもありました。

 今晩で、かまいたちのしっぽを掴むか、あるいはケリをつける。その心地でもって、家来は夜を待ち構えていたのです。

 

 やがて月明かりが煌々と照らし始めたあぜ道へ、家来は姿を見せました。

 光を存分に浴びられる箇所を確認し、自分の格好を確かめてみます。

 いずれも淡い光に、元来の材料の色、あるいは染料の色を浮かべていますが、あえてさらした左手の一部は違います。

 昼間でも、こうもはっきり見られるかという、不自然な輝き。角度によっては、目もくらむ光を放つほどだったとか。

 

 ――こうも明るいならば、「外す」こともあるまいな。

 

 そう思いつつ、仁王立ちする家臣は左手に手製の提灯。右手に炭を持っています。炭の先端はほのかな赤みを帯び、火種の役を果たす準備がされていました。

 

 しばらくののち。

 家来は自らの左手、肌をさらすその箇所へ見えざる刃がかすめるのを見て取りました。

 音も痛みも出血もありません。唐突に開く切り口のみが、その犯人の訪れを告げていたのです。

 先日のたっぷりとした傷のつけ具合から、この主が飢えているだろうことは、家来も見て取っています。ゆえに箇所をしぼれば、そこへ釘付けになるだろうと踏んでいたのです。

 しかし、それは数多の切り傷をすべて一カ所に引き受けるということ。

 いったん開いた傷は、いったん止まったかと思うと、さらに深みを増します。

 ついで一度、また一度と。

 斬りつけた先に斬りつけを重ね、たちまち家来の腕の半ばへ至る、大きな傷がこさえられてしまいます。

 

 このままでは、手を断たれてしまう……。

 そうなるより前に、家来は持っていた炭の先を、提灯に突き入れます。

 あやまたず火種を受け取った芯は、ほどなくだいだい色の火を灯し、和紙を通してあたりへ人工の光を振りまきます。

 決して広くはないものの、間近の手首を照らすに、十分すぎる光を。

 

 獣じみた悲鳴が、家来の腕のすぐ先から響きます。

 それを逃さず、ぱっと炭を捨てた家来は、空いた手で腰の刀を抜き打ち。

 斬り上げた太刀は虚空へ振るわれたかのようでしたが、その切っ先より幾寸かは、いつの間にか青々とした血に濡れていたとか。

 ふう、とため息をつきつつ、提灯を引き寄せようとして、家来は自分の左手がいうことを利かなくなっているのを認めます。

 痛みも出血もないまま、左手は斬り口よりだらりと下がったまま。提灯の重さを受けて、どうにかちぎれずに耐えられているか、というギリギリのところまで断たれていたののですから。

 

 それから月がかげり、明かりに道が照らされることがなくなるまで、家来は村にとどまり様子を見続けました。

 その間、一度として同じような傷を負うこともなく、これまで被害の報告された地域でも、その事象はぴたりと止んだとされます。

 帰還して、ことの次第を伝えた家臣は提案しました。

 いずれ戦なき太平の世が来たならば、人の手による光を、住処に満ち満ちさせるべきだと。

 さもなくば、あの手を傷つけ、しまいには狩ろうとする何者かが再び、月の光のもとに現れるかもしれない、と。

 


 彼らがその犯行に及ぶより前に、被害へ遭うところは不自然なまでに輝くきざしを見せる。

 光り輝く「てかり」の語は、すなわち「手狩り」。

 かつて手を狩る者が的をつけたように、その輝きは何かに狙われているやもしれないという注意の意味を帯びている。

 私の地元の伝説のひとつです。


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