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二十歳君と男運に恵まれない彼女  作者: 完菜


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二十九話 デート③

 プラネタリウムを見終わった後は、みなとみらいに移動して夕飯を食べることにした。私はさっき見た星空の余韻に浸り、きっと足取りがおぼつかなかったのだと思う。


「咲さん、なんかフラフラしてますよ」


 幸知は、心配げに私の手を取った。私の頭の中は、キラキラ輝く星たちが一杯で幸知に声を掛けられたのに反応が遅れてしまう。


「ごめん、ちょっとさっきの映像に心を持っていかれたっぽい」


 自分がおかしなことを言っている自覚はあるのだけど、気持ちが現実に戻ってこなかったのだから仕方ない。

 私は、かなり創作物に心を影響されやすい。映画やドラマ、小説や漫画など影響力の強い作品を見るとその世界観に引っ張られてしまい、どっぷりつかってしまうのだ。

 だから、怖い作品などは見られないという弱点が……。


「咲さんって、純粋なんですね」


 幸知が、私を見て優しく笑う。言われた私は、自分に問いかける。純粋……。そんなこと言われたのは初めてだ。

 大概、友達には単純だとか影響されすぎだとか馬鹿にされるから。


「そんな風に言われたの初めて。ただ、単純なだけだよ」


 私は、会話をすることで段々と現実に戻りつつあった。


「そんなことないですよ。感受性豊かって言うんですよ。全部が綺麗でしたもんねー。空間も、映像も、ストーリも、音楽も。星空の中にいるみたいでした」


「そうなの。凄く綺麗で、こんな世界があるんだって思ったら感動しちゃって。いつか、肉眼で光り輝く星空を見てみたいなー」


 声に出した言葉の続きは、胸に秘める。できれば幸知と見たい……。それを叶えるのは難しいから……。


 夕飯は、お肉が食べたいという幸知のリクエストからハンバーグ屋さんにした。一度、七菜香たちと行ったことがあるそのお店は、予約していなかったけれど運よく空いている席があり待たずに入れることになった。


 そのお店のハンバーグは、肉厚でナイフを入れると中から肉汁がジュワーと染み出てくる。一口口に入れると、お肉の甘味が口の中に広がって濃厚な旨味成分が舌を刺激する。

 お肉の味が口の中に残っている内に、ライスを頬張る。間違いなく美味しい。


「んー美味しーい。ハンバーグとライスの組み合わせって最高だよね。美味しくて本当に幸せ」


 私は、自分の頬に手を当ててハンバーグの美味しさにうっとりする。


「咲さんの、幸せ―ってやつ聞けて嬉しいです」


 幸知は、とても貴重なものをみたように嬉しそうな顔をしている。私は、しまったと口に手を当てるが遅すぎる。

 七菜香たちと食べている時のように完全に油断してしまった。ハンバーグの美味しさに勝てなかったのだ。


「今のは忘れて!」

「駄目ですよ。絶対に忘れないです」


 幸知は、はっきりと言い切る。そんなこと言わないで、さっさと忘れて欲しい。私は、恥ずかしさから話を変えた。


「そういえば、幸知君。肝心の文化祭の感想言ってなかったよ」


 幸知は、ハンバーグを食べる手を止めて私の顔を見た。


「そう言えばそうですね。なんか、話すことがたくさんあり過ぎて忘れてました」

「だよね。今日は、一日一緒にいるからかな、今まで話さなかったことたくさんしゃべった気がする」

「ですね。俺、凄く楽しいですもん。で、どうでしたか?」


 幸知は、目をキラキラさせて聞いてくる。


「すっごく格好良かった。当たり前だけど、歌上手だったし。何より、幸知君のファンがたくさんいてびっくりした。ファンクラブもあるって言ってたよ」

「え? 誰が言ったんですか? ファンクラブって言っても、大学のごく一部ですよ」

「んーと。受付にいた男の子。ちょっと話したの」

「裕也か……。なんか変なこと言ってませんでした?」

「えっ? 言ってなかったよ」

「ならいいんですけど……。あの、咲さん……。オリジナル曲の歌詞はどうでした……?」


 今まで普通に会話していた幸知が、なぜか聞くのをためらっているような感じだった。


「えっ? 歌詞? …………うんとね……。ごめん、一瞬だったから歌詞まで覚えてない……」


 私は、顔の前で手を合わせて謝る。恐る恐る幸知の顔を見ると、ちょっとふてくされたみたいだった。


「ですよね……。いいんです……気にしないで下さい」


 幸知は、突然落ち込んでしまったのか俯きがちにハンバーグを食べ始めた。


「えっ? ごめん。怒った? 私、歌はそこまで詳しくなくて、あまり聞く習慣がなくて……」


 私は、幸知が落ち込んでしまったことが申し訳なくて居たたまれない。


「違います。怒ってないですよ。大丈夫です」


 幸知は、顔を上げて笑ってくれた。怒ってないと言ってくれてちょっとホッとする。でも、たぶん望んだ答えを言ってあげられなかったのだろうと申し訳ない気持ちは残る。


「あのね、歌詞は残ってないけど。幸知君から目が離せなかったのは本当だよ。聞き終わった後も、幸知君の声がずっと耳に残ってる気がして、さっきみたいにちょっと放心しちゃったもん」


 私は、あの時感じた高揚をできるだけ言葉にした。上手く言い表せる言葉が見つからなくて、無難な言い方になってしまったけれど……。


「嬉しいです。咲さんの中に残れたなら、歌って良かった」


 幸知は、嬉しさを噛み締めているみたいだった。私の言葉を、そんなに喜んでくれると思ってなかったのでちょっと恥ずかしい。


「うん。こちらこそ、聞かせてくれて嬉しかった」


 私も、ちょっと恥ずかしかったけれど幸知の顔を見てそう言った。そしてちょっと間を置いてから思い切って口にする。


「あとね……。歌い始める時、私のこと見てくれた? 気のせいだったらごめん……」


 幸知を見ると、恥ずかしそうに眼を逸らす。


「気づいちゃいました? 本当に来てくれるか分からなかったから、咲さん見つけて嬉しくって」


 私は、間違いじゃなかったのだと嬉しさを噛み締める。二人で目を合わせると微笑み会った。幸知も珍しく、ちょっと頬を赤くして照れているみたいだ。


 店内は、満席で入り口に待っている人の列ができていた。だから私たちは、ハンバーグを食べ終わると長居することなくさっさと店を後にした。


 お店を出たところで、幸知がおずおずといったように訊ねてきた。


「咲さん」

「ん?」

「もうちょっとだけいいですか?」


 断られた悲しいと目が言っている。


「大丈夫だよ。夕飯食べるの早かったから、まだそんなに遅くないし」

「良かった。じゃあ、山下公園でも歩きませんか?」

「いいよ。夜の山下公園なんて、久しぶりだ」


 私は、最後に来たのはいつだろうと考えるが全然思い出せない。おそらく、昔付き合っていた人と来たはずだけれど……。そう思っていたら、幸知が手を差し出してきた。私は、自分の手を重ねる。


 いつの間にか、手を繋ぐことに違和感がなくなっていた――――。


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