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二十歳君と男運に恵まれない彼女  作者: 完菜


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二十一話 文化祭①

 今日の空は、落ち着いた薄い水色。段々と寒くなって来て、冬が近づいてきている。大学の門の前で足を止めると「ようこそK大学祭へ」と書かれたアーケードが目に入った。

 大学に来るのなんて、自分が通っていた大学を卒業して以来。アーケードを潜って大学内に入ってみると、何だか懐かしいなと自分が大学生だった頃を思い出す。


 七菜香と蘭とは、一年の時のオリエンテーションで同じクラスになって仲良くなった。確か、七菜香はダンスサークル、蘭は音楽同好会、そして私は料理同好会に所属していた。三人ともばらばらだったけど、授業が同じになることが多くていつも一緒にいた気がする。


 すっかり忘れていたけれど、私は料理同好会だった。あの頃は、同好会仲間と一緒に料理を作って、それを食べるのが楽しかったなーとしみじみと思い出す。

 だから今でも、時間があれば自炊するのは苦ではない。手間が掛かる料理は敬遠するようになってしまったけれど……。

 大学時代は、わざと手間のかかる面倒くさい料理に挑戦したり、作業工程の多いお菓子を作ったりしていた。

 久しぶりに思い出して、作ってみてもいいなーと若さみなぎる大学生たちに感化されたのかそう思う。


 幸知と夕飯を食べた後は、とくに何をするでもなくまっすぐに家に帰った。私から、連絡を送ろうとスマホを開いたこともあったけれど、何を送ればいいのか分からずに結局送らずじまい。

 幸知も忙しいのか、彼からの連絡もなく昨日の夜に「明日頑張ります」とだけメッセージが来た。

 もちろん行くつもりではあったのだけれど、何だかあまり気乗りはしていない。


 その理由が、昨日まではよく分かっていなかったのだけど……。今、この場所に来て初めて分かった気がした。

 幸知との年齢の差を、まざまざと感じさせる大学というこの場所に、私は来たくなかったのだ。今までも何度も幸知との年齢差は感じてはいたけれど、大学というこの場所はやはり決定打が違う。今更、そんなことを考えてもしょうがないのだけれど……。


 私は、キャンパス内をふらふらと一人歩く。所々で、サークルや同好会のビラを配っている人がいて私にも渡してくれる。

 ビラは、学生たちの手作りでそれぞれの特徴をいかした内容に読んでいて楽しい。ビラを手に歩いていたからか、とても可愛い女の子に声を掛けられた。


「こんにちは。よろしかったらどうぞー」


 そう言って、新たなビラを渡される。この可愛い子は、どんなサークルなのかな? と興味深くビラに視線を落とす。そこには『軽音楽部ライブイベント』と大きく書かれていた。

 ビラをもらった私は、そのまま通り過ぎてしまったので振り返ってもう一度女の子を見る。ミニの黒いプリーツスカートに長袖の白いカットソーで、手足が長くてスラっとしている。アイドル見たいに可愛い子だった。


 私は、何事もなかったかのように正面に向き直りその場を通り過ぎる。しばらく歩くと、校舎の中庭の方に歩いて来ていた。誰も座っていないベンチをみつけて腰かける。


 あの可愛い子が、幸知と同じサークル……。もう一度、ライブイベントと書かれたビラに目を通す。幸知の他にもいくつかバンド名が書かれていた。

 出演順も書かれていて、幸知はなんと一番最後だった。


 幸知君、トリなの? え? 本当に? 私は、びっくりして何度もビラを確認してしまう。二曲歌うようで、一曲目はオリジナル曲。二曲目が、有名なバンドの大ヒットしたカバーだった。

 当日券もまだ買えるようで、会場の入り口で購入可能とでかでかと書いてあった。会場時間を確認するとあと少しだ。


 私は、空を仰ぎ見る。水色の空に白い雲がふわふわと浮かんでいて、いたって普通の一日。だけど私の胸の中は、灰色のもやもやで埋め尽くされている。

 この感情を紐解いてしまったら、私はきっと泣いてしまう。


 湊さんに抱いていた気持ちは、いつもと同じだった。出会って、ちょっと優しくされて好意を抱いてしまう。でもその優しさは私だけのものじゃないと知って、やっぱりとどこか納得してしまった。

 だから、悲しかったのは一瞬ですぐに立ち直れた。鈴木さんに元気がないのを見破られてしまったけれど、それは選ばれなかったことに対するショックの余韻。


 幸知との出会いは、いつもと同じじゃなかった……。私が見つけて、私が拾った。大切な人生の局面に悩む幸知を、応援したいと思っただけだった……。

 それなのに私が思うよりもずっと、私の中にずかずかと幸知は入り込んでいた。いつもみたいに優しくされた訳じゃない。幸知の場合、こっちを見て欲しいと意識させられた。

 そんなつもりなんてなかったのに、結局またチョロインな私。


「なんだかな……」


 零さずにはいられなかった独り言が、校舎の中庭に小さく響いた。


 私は、一時間くらいその場所で大学の雰囲気を味わっていた。幸知が最後だと知って、最初から行く必要がなくなり何となくその場所から動くことができなかった。

 さっきと同じように、校内をフラフラと歩くのも楽しそうだったけれど……。また、余計なものを見てしまうのが怖かった。


 私は、自分の白い腕時計を確認する。ライブが始まってから一時間が経過している。そろそろ行くかと、ベンチから立ち上がった。

 ライブが行われているのは、大学のホールで今いる場所から少し歩かなければならなかった。ビラに書かれたホールへの地図を頼りに歩き出す。


 ホールは大きい建物だったので、すぐにそれとわかる建物が現われる。私は真っすぐにその建物へと歩いて行く。

 出入口の前には、受付らしきテントがあり男の子が一人椅子に座って待っていた。


「こんにちは」


 私は、男の子に向かって話しかける。青年は、立ち上がって私の顔を見た。


「こんにちは。チケット持ってますか?」


 私は、鞄の中から幸知にもらったチケットを出して彼に渡す。


「再入場の際に必要なので持っていて下さい。入り口は階段を上がったところです。土足のままお入り下さい」


 彼が、チケットの半券を私に渡してくれた。テントの横にある階段を上ったところが入り口になっているらしい。

 私は、言われた通りに階段を上る。白い大きな両開きの扉があり、私はゆっくりと片方のドアを開ける。


 扉を開けた瞬間、今まで聞こえなかった音が私に向かって迫って来た。ホール中に響く、バンド演奏の迫力と観客たちの掛け声に私はちょっと引いてしまう。


 中は暗く、人の熱気に包まれている。思っていたよりもお客さんがたくさん入っていて、皆前の方に詰めかけている。

 私は、後ろの空いてるスペースの方にゆっくりと歩いていった。ホールの三分の二ぐらいは人で埋まっていて、バンド演奏が行われていて盛り上がりを見せていた。


 実は、私は音楽にあまり詳しくなくこういったライブもあまり見たことがない。それこそ、高校や大学の文化祭でのライブくらいだ。

 知り合いが歌うのを見るのは初めてなので、ちょっとドキドキしていた。


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