1.8
広場とギルドの中間辺りにある雑貨屋へ行く。そこは簡易的な服や、小さな装飾品、髪留めや袋など様々な物が売っていた。髪留めも種類がある。組紐のような物もある紐状の物、バレッタのような形の留める物など。何も装飾品がついていなかったり、果物や動物を表現しているような飾りがついていたり。
どれにしようかと悩んでしまったため、一緒に来てくれたバルドゥルを見る。
「どれがいいと思います?」
「お、おれは、女性に物を贈ったことがないので……」
バルドゥルが体の前で両手を振る。顔も赤い。言葉通り慣れていない感じが、真面目さを感じさせた。
(今はまだ目の下にクマがあるけど、バルドゥルさんは見た目がいい。性格も良いし、絶対にモテる。ギルドでのことは、わたしを守ろうとして必死だったのかもしれない)
バルドゥルをあまり困らせてはいけないと思い、自分で捜すことにした。
いくつか見て、赤と白の組紐と白一色の紐を購入。店を出てから、ポニーテールにして長い髪を纏める。項が出るような状態になり、ようやく動きやすくなった。
「それでは討伐へ行きましょうか」
声をかけて進んだが、隣にいるはずのバルドゥルがいない。どうかしたのかと思っていると、ほんのりと顔を赤くして突っ立っていた。
「バルドゥルさん?」
戻ってバルドゥルの顔の前で手を振る。すると焦点が合ったかのようにハッとなった。
「も、申し訳ありません。アネサキさんの項に、目が行ってしまって」
「そ、それはどうも」
正直すぎる告白に、都も思わず赤面する。二人とも顔を赤くする事態になってしまい、何とも言えない空気になった。
(やばい。一ヶ月しかこっちの世界にいないのに、思わず惚れちゃいそうになる。いや、そもそも、バルドゥルさんは弟の京介と同じ年だし……弟と恋愛をするようなものだ。バルドゥルさんとどうにかなるわけにはいかない)
都は自分の手の甲をつねって正気を取り戻し、バルドゥルと一緒にハテューマリー平原へ向かった。
門を抜け、今回の討伐目標であるヴァイスハーゼスを狩る。中華鍋を使った戦闘方法もわかった都は、初心者とは思えないほど討伐無双していた。スマートフォンで確認すると、数は五十。どれも気絶状態のため、報奨金をたくさん稼げるだろう。
一度ギルドへ戻って他のクエストを受けるかとバルドゥルと相談していると、ピョィーという鳴き声が聞こえてきた。
「アネサキさん。討伐で進み過ぎました。ここはテルイルの巣窟、テルイルの谷から近い。上空から攻撃されてしまうので、早く移動しましょう」
「わかりました……?」
指示に従おうとして、すぐ隣にいたはずのバルドゥルがいなかった。どこから指示を出しているのかと捜してみると、木の下にいる。いつの間に移動したのか。そこは上空から見えない位置なのだろう。
「アネサキさん! 左上から来ます!」
ピョィーという少々気の抜けるような鳴き声のわりに攻撃性が高く、上空から鋭い爪で迫ってくる。避けようにも都の頭の上に目はなく、バルドゥルの指示通り動くだけだ。
(……見守るだけとは言っていたけど、本当に見守るだけとは)
何となく、危機的な状況であれば守ってもらえるかもしれないと思ってしまっていた。いや、実際バルドゥルはギルドで都を守ってくれている。だから文句を言うつもりはないのだが。
(わたしは、みこちゃんのオマケみたいなものだしね……。みこちゃんなら、守ってもらえるんだろうか)
若くて華奢なみこ。みこよりも十二も年上で痩せ形長身の都。もし都が男なら、みこを守るだろう。
(んー……)
婚約破棄をされた。二股をされた。それは、都の魅力が足りなかったからだろう。守りたいという魅力があれば、もしかしたら未来は変わっていたかもしれない。
(まぁ、わたしはわたしだけど)
自分の見た目に自信がなくて、三歳年下の弟が先に結婚して子供も産まれる予定で。孫自慢をする友人から送られてきた年賀状を見た母からの圧力も高く、結婚しないといけないと思い込んでいた。
都は平均身長より高い。都よりも背の高い男性は、背が低い相手を選ぶ。
少しだけ都よりも身長が低い、文也から告白された。求められて嬉しかったが、恥ずかしくて拒否してしまった。それぐらい、都は恋愛経験がなかった。
(……手を繋ぐまでに二年かかったからなぁ。その辺も、文也と結婚できなかった理由かもしれない)
文也も同い年だった。女性と男性とでは事情が違うかもしれないが、挨拶に行ったとき一人っ子の文也の結婚を喜んでいた。あの様子なら、孫ができればさらに喜ぶだろう。たとえ都と婚約中にできた子だとしても。
(……今さらながら、すごくムカついてきた)
都にも非はあったかもしれない。しかし結婚という生涯一緒にいるという誓約をした相手ならば、正式に結婚するまで待てなかったのか。
「アネサキさん! 今度は右上から!」
バルドゥルが、テルイルが来る方向を教えてくれる。だから上空から攻撃してくる相手に対応できていた。そう、都は避けられるのだ。方向さえわかれば。元々運動は嫌いではないが、もしかしたら招喚された人間の能力値補強があるのかもしれない。
(中華鍋で戦うのも、何かチートっぽいもんねぇ……)
テルイルから逃れないと、街に戻れない。しかし逃げずとも討伐してしまえばいいのでは。
「バルドゥルさん! テルイル討伐はどれくらいの力が必要ですか!」
「テルイルは中級の下ランクです!」
バルドゥルから情報を得て、都はテルイルを討伐してみようと思った。
(逃げ続けているけど、全然疲れていないしいけると思うんだよね)
物は試しだと、都はがま口リュックから中華鍋を取り出した。
「アネサキさん!? 何をする気ですか!?」
心配するなら守ってくれ。そんな言葉を飲み込んで、都は中華鍋をテルイルに向ける。
「醉!」
詠唱と同時に中華鍋が巨大化し、鍋底に溢れ出る紹興酒が津波のようにうねる。その波に捕らわれたテルイルはジタバタと暴れたが、すぐに動かなくなった。その状態で少し待ち、動く気配がなかったため、中華鍋の外側から触れて戦闘態勢を解く。たっぷりあった紹興酒は蒸発し、地面には泥酔しているように見えるテルイルがいた。
都がスマートフォンを取り出すと、テルイルが吸い込まれていく。そしてログイン画面に「テルイル(泥酔)一匹」と表示された。
ようやく安全が確保されたと思うと、バルドゥルが隣まで来る。
「アネサキさんはすごいですね。まだテルイルは討伐できないと思いましたが」
「討伐というか、泥酔ですね。気絶ではないですが、このまま換金してもらっても大丈夫でしょうか」
「……初めての状態異常なのでどうなるかわかりませんが、ゼリルダも呼んでおきましょうか」
「ゼリルダちゃんを?」
「ええ。ゼリルダも魔族なので、何かあったときは力を貸してくれます」
「へぇ……ということは、ゼリルダちゃんが魔族だからいつもカウンターが空いているということですか」
「そうですね。ゼリルダが魔族ということは、冒険者の中では周知の事実ですから」
バルドゥルが、どこか悲しそうな顔をする。バルドゥルやゼリルダのように人と共存をしているが、魔族というだけで仲良くできないのかもしれない。だから、招喚された身とはいえ都が拒絶せず対応していることが貴重だと言っていたのだろう。
「魔族と人は、仲良くできないのでしょうか」
「おれの母が父と婚姻し、多少は足がかりになっているとは思いますが……なかなか難しいかと」
「バルドゥルさんのお母さんが。それは大変だったでしょうね」
「どうでしょう。母は、おれを産んだときに命を落としたそうなので。当時の話を聞く限りでは、人と魔族の友好を結ぶためだと。だから大変というより、責務だったと思います」
「責務?」
「母は、当時姫という立場だったので。国民からも支持が厚く人気だった。それなのに魔物に心を奪われ、命も落としたと、乳母から聞きました」
姫と魔王の結婚。物語ではその組み合わせをいくつも読んだ。しかしどれも幸せな結末を迎えている。死んでしまっていたら、バルドゥルの母が幸せだったかどうかわからない。
(バルドゥルさんの話を聞く限り、乳母の人はお母さんについてきた人なのかもしれない。だから姫の従者として姫を誇りに思っていただろうし、王族の責務かもしれないけど、魔王と結婚するのは反対だったかもしれない。だからバルドゥルさんに、悪意とも取れる内容を伝えた)
「……おかあさんのこと、話してくれてありがとうございます。街に帰りましょう」
都が歩き出すと、バルドゥルも少し遅れて隣に並ぶ。今日の報奨金はどれくらいもらえるか。昼食は何を食べるか。そんなことを話しながら街へ戻っている途中。道の中央で倒れ、取り囲んでいる魔物たちに今にも襲われそうな人物を発見した。
「爆!」
強火で短時間炒める調理法を詠唱をし、魔物を倒した。バルドゥルが意識の有無を確認。朦朧としていたため、討伐した魔物を手早く魔物図鑑に登録した。
「大丈夫ですか」
「み、水を……」
声をかけると、返答と同時にぐぐぐおお、と盛大な空腹の音がした。周囲にはもう魔物がいないことを確認する。
「バルドゥルさん。この人、背負ってもらえませんか」
「わかりました」
街まで男性を運んでいる最中、物語で得た知識「意識を失うと重くなる」を思い出した。意識を完全に手放さないように都は話しかけ続ける。そして門から入って一番近い治療院に預けようとすると、平民が使う場所なんて嫌だと拒絶されたた。倒れていた人を放置することはできず、仕方なく城下街内にある貴族が使う治療院へ運ぶ。治癒師に事情を話し、都とバルドゥルは討伐した魔物を換金するため移動した。
ヴァイスハーゼスを五十体、テルイルが一体、人助けついでに討伐したプルプルンフント三体を換金所に提出する。泥酔状態のテルイルを気絶させるためにゼリルダも呼ぶかもしれないという話だったが、換金所の主人がテルイルの首を捻って力技で解決した。換金はまた翌朝ということで、昼食を取ろうと酒場へ行く。すると、その場にいた面々が遠巻きに都たちを見ていた。
「いらっしゃい、ミヤコ。今日も討伐してきたのかい?」
「そう。また翌朝換金だって言われちゃった。女将さん。今日のお勧めをお願いします」
「あいよ。座って待ってておくれ」
バルドゥルと調理場から一番近い席に座る。
魔王の子であるバルドゥルが手助けしてるのではないかという噂は、微塵も出ない。都の異常な戦闘方法を知っているため、全て都が倒したと思われている。そもそも、換金所が翌朝精算をするということ事態、稀だ。異常な量を提出しているか、異常な程綺麗な状態の素材なのか。酒場でその常識を知らないのは、都だけだ。だから酒場がざわついているのも、全く気にしない。
昼食を取り終えてバルドゥルと外へ出ると、ハテューマリー平原から戻る途中で助けた男性がいた。あれから何か食べたのか、口周りが脂っぽい。
「美しき僕の女神! 僕にその尊名を教えてはくれまいか!」
「……姉崎都ですが、わたしは女神ではありません」
「ミヤコ! 素晴らしい名だ! ミヤコ、どうか僕に命を助けてもらった恩返しをさせてほしい!」
「いえ、お構いなく。討伐の帰りに見つけただけなので」
「おお! なんと慈悲深く謙虚な! やはり麗しき僕の女神は素晴らしい!」
一言一言話す度に身振り手振りが大きい。そして何よりも、暑苦しい。都はこれ以上関わりたくないと思い、がばっと抱きつこうとしてきた男性を避けた。顔から地面にこけて鼻を押さえている男性に、言う。
「どこの誰かも知らない人と交流するつもりはありませんので、どうぞお引き取りください」
「おおっと! 僕としたことが、僕の女神と再会できたことで有頂天になっていたようだ。僕の名はザムゾン・レンマー。レンマー家と言えば、僕の女神も聞いたことがあるだろう?」
「いいえ、全く」
「冷たいなあ、僕の女神は。しかし、そんなところも良い!!」
がばっと、また抱きつこうとしてきたからすぐに避けた。人間相手だから、こんなときこそバルドゥルに助けてほしいと合図を送る。それを受け取ったバルドゥルは、ザムゾンの肩を強く押す。その拍子にザムゾンは尻餅をついた。少々強引と思えるような、バルドゥルらしからぬ行動に驚く。しかしここでザムゾンに手を差し出せば元も子もないため、都はバルドゥルと現場を離れた。
がやがやと賑わう広場で話を聞こうとしたが、思い留まる。
(……バルドゥルさんらしくないって思ったけど、まだ異世界に来てから二日しか経っていない。まだ全然バルドゥルさんの事を知らない。だから、らしくないと言ったところで説得力がない)
結果的に、都を助けてくれたのだ。今は何も聞かないでおこう。