1.6
その後。
都はギルドの職員たちに事情を説明した。採集クエストの最中にグラオヴォルフや男二人に襲われたことを伝える。グラオヴォルフは肉食で木は囓らない。おかしいと職員が調べた結果、小太り男の手に付いていた脂のようなものが、グラオヴォルフが狩る魔物のものだったようだ。ギルドでの一件もあり、男二人は捕縛された。
寒天は触っても害がないことだけ伝えると、兵士たちは男二人を連行していく。そして都を心配したゼリルダが残った。
「ミヤコさん。災難でしたね。お怪我はありませんか」
「大丈夫。そうだ、新芽を採集する前に色々あったから、成長した葉っぱしか採れなかったんだけど……本来のクエストを達成しないと報奨金ってもらえないかな」
「本来ならそうですが、サラノハは常時募集なので問題ないですよ。むしろ、背の高い場所にしかない葉をよく採集できましたね」
「木に登ったからね。そうだ、グラオヴォルフって換金できるかな?」
「えっ……襲われたと聞きましたが、まさか討伐を?」
「そう。気絶ってなっていたんだけど、ギルドまで持っていけばいいのかな」
「気絶……初心者のミヤコさんが、グラオヴォルフを……」
ゼリルダが唖然としている。そんな彼女を促し、一緒にギルドへ向かう。そこでまた、ゼリルダの言葉を奪ってしまうことになった。
ギルドの裏手にある素材換金所を教えてもらい、そこで鑑定人に見てもらう。どうやって取り出せばいいのか悩んだが、魔物図鑑の中の項目で取り出すというボタンがあった。そこをタップすると取り出す数を聞かれ、三匹と入力。するとすぐに、うにょーんと滑らかな動きをして、グラオヴォルフ三体がカウンターの上に載った。
「ようやく出せた。一応打撲だけだと思うんですけど、内臓の方まではちょっとわかりません」
グラオヴォルフの状態を申告すると、鑑定人もゼリルダも絶句していた。素材換金所には、都も含めて三人。二人の様子を見て、やってしまったかと焦る。
「あ、えっと……」
都の様子を見ていたゼリルダがハッとなって忠告する。
「……ミヤコさん。喚迎された人は多かれ少なかれ、何か特別な力を有します。ですが、これは初めて見ました。他の誰にも知られてはいけません。また誰かに襲われてしまうかもしれませんから」
鑑定人にも他言無用だと忠告して、ゼリルダはギルドへ戻った。
「……えっと、とりあえず宿代が欲しいので換金してほしいんですけど……」
「あ、ああ、換金だね。ちょっと待ってもらえるかな。グラオヴォルフは凶暴だから、こんなに綺麗な状態で持ってこられることがないんだ。毛皮としても使えるし、牙も、肉も全て使える。査定まで時間がかかるから、明日また来て欲しい」
「それだと、宿代が……宿は、一晩いくらでしょうか」
「七日で銀貨七枚。七日単位で徴収していますよ」
バルドゥルの声が聞こえ、振り返る。先程出ていったゼリルダと一緒に来たようだ。
「今、手持ちが銀貨三枚しかなくて……一日単位で泊まらせてもらうことは?」
「難しいですね。でもこれだけ綺麗なグラオヴォルフが三匹分もあれば、明日の朝には払えると思いますよ」
「明日の朝じゃ、今晩寝るところがないですよ」
「大丈夫。宿屋に伝えておきます。それよりも、ちょっとお時間を頂戴しても良いでしょうか」
にこりと微笑まれ、また胸をときめかせる都。そんな都の手をゼリルダが引き、ギルドの職員用の入口から奥の一室に通された。ぺこりと頭を下げたゼリルダが部屋から出て行く。
少し固めの毛皮付きの椅子を勧められ、座る。バルドゥルから特別だと言われているため、二人きりだと意識してしまう。都の正面に座ったバルドゥルを見ないように目線をそらす。
「ゼリルダから話があったと思いますが、アネサキさんの力はできるだけ隠してください。誰も持っていない力は、不用な争いを生みます」
「力というのは、これのことですよね?」
がま口リュックからスマートフォンを取り出す。
「そう。魔物を収納できて出せるなんて、便利すぎます」
「収穫したサラノハの情報も……あ、サラノハを提出するのを忘れていました」
「換金所は今忙しいでしょうから、あとで酒場の主人に提出して下さい。常時募集なので高くはないですが、需要はあるので」
「わかりました。えっと、それだけが話したいわけじゃないですよね?」
「はい。アネサキさんの戦闘方法は、多くの人が目撃したと聞いています。その戦闘方法はアネサキさんだからできると思いますが、また狙われるかもしれません。武器を奪われるかもしれないし、アネサキさん自身を手に入れようとする輩も出てくるかもしれません。アネサキさんは女性ですので、信頼できる護衛を雇った方がいいと思います」
「でも手持ちが少なくて……」
「明日になればそれも潤沢になると思いますが、アネサキさんはこちらへ喚迎されたばかりなので、信頼できる相手を捜すとなると難しいかと思います」
「そうですね……って、どうしてわたしが喚迎されたばかりだって知っているんですか」
都が質問すると、バルドゥルは不思議そうに首を傾げた。
「ゼリルダから聞いていませんか? おれは送迎官なので、喚迎はおれが行っているんです」
そういえばそんなことを言っていたような気がする。あのときはゼリルダがバルドゥルに恋をしているのかと思って、そちらの方ばかり考えていた。
「はっ。ということは、元の世界に帰るのもバルドゥルさんが?」
「そうですね。ただ、本来は一度の喚迎で一人しか招喚できません。意図しないことがあると魔力を過剰に消費してしまうので、魔力が回復するまではこちらの世界にいてもらうことになります」
「それは、どれくらいでしょうか」
「一ヶ月いただければ確実です。それよりも早くということであれば、絶対に帰れるという保証はできませんが……」
体内の魔力量を確かめているのか、バルドゥルは両手を何度も開閉している。
「ちなみに、失敗した場合はどうなるんでしょうか」
「おれの魔力が過剰に消費されるだけなら、また時間を置けばいいですが……時間と空間を操作するので、どちらの世界でもない空間にアネサキさんを飛ばしてしまうかもしれません」
「そ、それは、危ないですね。それなら一ヶ月待ちたいですけど……時間を操作するというのは、異世界に転移した時間まで戻せるということですか」
「さすがにそれはできません。この世界でそこまで干渉できるのは父くらいです。おれはせいぜい、元の世界の時間を遅らせるくらいでしょうか。こちらの世界での七日を、あちらの世界で一日にするぐらいです」
「四週間だと四日ということですか。それならギリギリ……」
異世界転移してきた翌日の午後、アパートを引き渡す予定だった。そこからプラス三日程度なら、次に住む人が決まっていなければそのまま住んで良いと言ってくれるかもしれない。婚約破棄されたということを伝えたら、もしかしたら引っ越し業者も許してもらえるかもしれない。賠償金は、払わないといけないと思うが。
「一ヶ月後に元の世界に返してほしいですけど、一ヶ月以内に他の誰かを招喚しますか?」
「いいえ。父なら毎日できますが、おれは月に一度しかできません」
「そっかぁ。お父さんってすごい人なんですね。あ、いや、バルドゥルさんもすごいんですけど」
「まあ、父は魔王ですからね。この魔力がなかったら、おれは生きていなかったかもしれません」
「確か、ゼリルダちゃんがバルドゥルさんは長く送迎官をしているって言っていたけど、バルドゥルさんはいくつですか? 若く見えるけど」
「人間的な年齢だと二十五ぐらいですね。魔王の血が入っているので、それよりももっと長く生きていますが」
バルドゥルの年を聞いたとき、都は元の世界の弟を思い出した。弟と同じ年だから、勝手に親近感を覚える。しかしバルドゥルがどこか悲しそうに見え、これ以上話を続けられなかった。
「それじゃ、わたしはサラノハを提出しますね」
「あのっ」
都が立ち上がると、バルドゥルに呼び止められた。話を聞こうと首を傾げるが、やっぱりいいですと言われる。そんな様子にさらに首を傾げるが、都は部屋を出た。
酒場の主人にサラノハを提出し、大量だが消耗品ということで銀貨一枚という査定。了承して受け取り宿屋のカウンターへ行くと、すでに話が伝わっていた。支払いは翌日で問題ないらしい。バルドゥルは有能だなと思いながら一泊した。