3.20
心の準備をする時間も無く、都は最初に異世界転移した弁天神社にいた。正午を告げるチャイムが鳴っている。
「この長いお昼のチャイム……本当に、こんなにあっさりと戻って来ちゃうんだ」
バルドゥルから聞いた話を思い出し、異世界にいた日数とこちらの世界での経過日数を計算する。
「向こうにいたのが合計二十日? 向こうの世界の一週間がこっちの一日だったはずだから、三日経っているのかな??」
指折り数えていると、見慣れたがま口リュックも転送されてきた。中華鍋も入っている。
「うわー、取り戻してくれたんだ! 嬉しい、な?」
改めてスマートフォンで日付を確認し、思わず二度見する。画面に表示されているのは、四月三日の文字。つまりは、異世界転移する当日だ。
「え? えっ?? どういうこと??」
頭の中が混乱する。異世界で確かに二十日も経過していたのに、時間を確認すると三分程度しか経っていない。混乱しすぎて、よくわからなくなる。
「だめだ。思考を放棄するな。考えろ、思い出せ。バルドゥルは、なんて言っていた?」
巻きこまれて異世界転移し、何もわからないまま放置された。宿代を稼ぐために冒険者となり、クエストを遂行。色々あってバルドゥルと話すことになり――
――時間を操作するというのは、異世界に転移した時間まで戻せるということですか――
――さすがにそれはできません。この世界でそこまで干渉できるのは父くらいです――
「言ってた! 魔王様は異世界転移した時間まで戻せるって!!」
改めて魔王の力が規格外なのだと実感し、都は生まれ育った世界から消えるための準備を始める。
まず、すぐに帰宅した。そして引っ越し業者にキャンセルの連絡を入れ、代わりに清掃業者に電話をする。中華鍋の戦友、金属のお玉だけがま口リュックにしまった。
そして両親と弟の京介に会いに行く。家族は明日から都が文也との婚前同棲を始めると思っている。だから突然の訪問でも、快く受け入れてもらえた。
「……それじゃぁ、行くね。莉緒ちゃんと、産まれてくる赤ちゃんをしっかり守ってあげるんだよ」
「わかってるって。姉ちゃんも、お幸せに」
弟夫婦の家を出る際、これで最後かと思ったら、うっかり涙が出そうになってしまった。京介は都が婚前同棲をすると思っているのだ。悲しい涙は似合わない。そう、思うのに、一度潤んでしまった涙はすぐに引いてくれなかった。泣いた顔を見られないように、玄関まで見送りに来てくれた京介を抱きしめる。
「ね、姉ちゃん!? どうしたの」
「京介、大きくなったねぇ。熱を出したときは、あんなに小さかったのに」
「いつの話だよ。ってか、マジで姉ちゃんどうしたの。マリッジブルーってやつ?」
「はは。そうかもね」
涙を流してもいい理由ができた。都は零れる涙を拭って、京介から離れる。
「じゃぁね、京介」
「結婚式の日にちが決まったら、連絡して。絶対に行くから」
「ありがとう」
京介に見送られ、外へ出る。両親の所へ先に行ってから京介の所へ行ったが、随分と長居してしまったようだ。洛清町の最寄り駅から出ると、満天の星空が都を迎えてくれた。
人気の無い公園までふらふらと歩く。
「ふっ、ぅ……」
もう二度と京介に会えない。そう思うと、覚悟していたはずなのに涙が止まらなくなった。京介の前では姉の矜持として抑えていたが、そのときよりももっと涙が流れる。
「バルドゥル……今すぐ、会いたいよ」
体中の水分がなくなるんじゃないかと思うほど都が泣いているとき、スマートフォンが着信を告げた。しかし泣いている都は気づかない。がま口リュックを前に抱え込んでいるが、都は着信に気づけなかった。
都が闇に包まれたとき、都のスマートフォンには何件も着信が入っていた。ショートメッセージも、何件も届いていた。
慰謝料請求されたから別れた、俺にはやっぱり都だけだ、婚約破棄を破棄して一緒に暮らそう。
そんなメッセージが届いていたが、都がそれを確認することはない。都が闇に包まれたとき、都が育った世界から、都の存在は消えていたから。




