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3.1



 闇に覆われた都は、懐かしいと感じた。この暗闇は、異世界転移したときの状態に近い。違うのは、何も見えない中でもチャプチャプと水の音がしているぐらい。

 バルドゥルから、時間と空間を操れるのは彼とその父、魔王の二人だけだと聞いていた。だから消去法で、都は魔王の力でどこかに飛ばされてしまったのだと思う。

(あぁ……これでわたしは、元の世界にも戻れないし、バルドゥルにも……)

 異空間に死はあるのか。そんな哲学的なことを考えるよりも、二度とバルドゥルに会えないと思う方が都を絶望させる。

(そうだよ、わかっていたよ。梅吉は犬だし、バルドゥルは人。弟の京介と年齢が同じだって、年上のプライドだって……全部ぜんぶ、ただの邪魔な考えだ。わたしは……)

 死を覚悟したとき、自分の本当の気持ちを知る。そんな展開を、都は今までに何冊も読んできた。もっと早く気づいているでしょうと突っ込みを入れたこともある。それでも感情移入して読んでしまうのが、物語だ。

(実際に体験してみるとわかる。わたしは主人公の気持ちに感情移入しているようで、深いところまでわかっていなかったんだな)

 できることならバルドゥルに全力で謝罪して、許されるのなら自分の気持ちを伝えたい。そんな風に思っていると、都の周囲にあったはずの水の感触が一瞬でなくなった。

「なに、っ、ぎゃーー」

 中華鍋の中の水がなくなったということは、鍋の底に着地できるのだろう。そう思ったのに、鍋はなぜか底を上にして――皿に具材を移すように傾けていた。そうかと思えば、また都を掬い上げようとする。

 どうもおかしな動きをしてると思っていると、どうやら濡れていた都が鍋肌をトゥルトゥルっと滑ってしまっているようだ。それでも中華鍋は、都を助けようと何度も掬い上げてくれている。そしてようやく床らしき面が見えてきたと思ったら、最後の最後でもう一度掬い上げられてから、中華鍋が逆さになって都に被さった。

 中華鍋と床の間にいる状態の都の視界は、相変わらず真っ暗だ。しかし足下はふわふわとした絨毯のような物が敷かれている。ここがどこかの部屋だという証拠だろう。

 床があるならば落下死する危険性はなくなった。だから中華鍋が元の大きさに戻っても問題ないような気がする。しかし都が戻れと念じても、中華鍋は巨大化したままだ。

 なぜ戻らないのかと疑問に思っていると、急に湿度がなくなった。全身濡れていたはずの都は、服も髪も乾燥している。何が起きたのかと思っていると、コツンコツンと外から叩かれている音がした。

「ここから出てきてもらえるか?」

 問いかける口調こそ男らしさを感じるが、水のような柔らかさとしなやかさを感じさせる女性の声がした。

「すみません。わたしも出たいんですけど、ここが安全な場所だってわからないと難しいと思います」

「安全な場所。それを言語化すると?」

 少し懐かしく思ってしまうやりとりだ。バルドゥルと恋について話していたときを思い出す。

「わたしの命が脅かされる状態でなければ問題ありません」

「初めからそんなつもりはないが……」

 鍋の外にいる女性は悩んだ挙げ句、「ちょっと待ってくれ」と言ってどこかへ行った。かと思うとすぐに戻ってきて、巨大化して重量も相当重くなっているはずの中華鍋をひょいと持ち上げた。

「この子、覚えているか?」

 暗闇だった所へ差し込んだ明るい光に目が眩んだが、その明るさに慣れると見覚えのある女の子が都を見ていた。異世界転移した初日にシュトゥルトゥルを買ってあげた女の子だ。

「ほら、ルンヒェン。お礼しなさい」

「おねえちゃん、ありがとう」

(かわいいっ!)

 女性に促され、にこっと笑みを見せながら礼をしたルンヒェンを見た瞬間、中華鍋が元の大きさに戻った。そして巨大化していたときに柄に引っかけていた、がま口リュックに収納される。

「改めて。ようこそ、魔界へ」

 布の面積が少なめの服を着た豊満な女性が、犬歯を見せるように微笑む。聞いた単語の現実逃避をするかのように、都は思わず自分の胸と女性の胸を比較してしまった。

「胸のことなんて気にしなくてもいい。あっても邪魔なだけだ」

 それは胸があるからいえることで。

 そんな突っ込みをしてしまいそうになったが、城下街で見かけたルンヒェンが都を見上げていた。子供らしい可愛らしい声だったなと思っていると、女性が教えてくれる。

「まず自己紹介をする。われはヘルルーガ・ヴァッサー・ブルーノ。あのときはうちの子たちに恵んでくれて感謝する」

 ニカッと笑うヘルルーガを見て、尖った耳をしていても親しみやすいなと思った。

「うちの子……随分と、子だくさんなんですね」

 都の質問に、ヘルルーガはポカンと首を傾げている。そして合点がいったように手を叩き、ルンヒェンを呼ぶ他の魔族の子供の所へ送り出す。振り返って手を振ってくれるルンヒェンに都も振り返した。

「人型を保てる魔族の子は多くない。だから魔族全体で面倒を見ているんだ。あのときはわれが担当で、人の世界を学ばせる時間だった」

「なるほど。魔族の子供って、魔界の外では話しちゃいけないんですか」

「成人するまでは魔力が安定しない。中には人を惑わす声質の子もいる。だから人の世界では話さないということを約束させるのだ」

 街で見たルンヒェンが話せない理由はわかった。次は、都がなぜ魔界へ招喚されたのかということだ。


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