1.3
「さて……どこから情報を仕入れようかな。お昼ご飯が先かなぁ……」
城を出て城下町へ行くと、広場のそこかしこから香ばしい匂いがしていた。
「三日三晩漬けたヴァイスハーゼスのゾーヤ漬けはどうだい!」
「黒パン、焼き立てですよー」
「シュトゥルトゥルはあと五分待つんだ。そうすれば五秒で食えるからな」
醤油のような香り、焼き立てパンの匂い。他にも店頭で調理している店もあり、呼びかける声も活気に溢れている。
昼食を食べずにこちらの世界へ来てしまった都は、唾液の分泌が止まらない。全てが美味しそうだったが、一つ一つを味わうわけにはいかない。空腹度合いは最大だったが、金貨一枚でどれくらいの価値があるのか見定めないといけない。
(ヴァイスハーゼスのゾーヤ漬けが銅貨五枚、黒パンが銅貨三枚、林檎みたいな果物を桂剥きして麺みたいにしたやつが銅貨四枚……安いのは、黒パンか)
真っ先に客寄せの声が聞こえてきた店の客が支払う様子を見ながら、この世界の相場を学んでいく。様々な店を見て回り、大体の相場がわかった。
(金貨が一万円くらい、銀貨が千円くらい、銅貨は百円くらいって感じかな。おじいちゃんが言っていた通り、高めのお小遣いって感じか)
ひとまず黒パンを食べるかと、都が袋から金貨を一枚取り出す。そして黒パンを二つ購入する。釣り銭を受け取ったとき、シュトゥルトゥルを持った男の子が都にぶつかってきた。どすんっと、尻餅をついてシュトゥルトゥルを落としてしまった子供が涙目になる。
「あー……これはもう食べられないねぇ。お姉ちゃんが新しいやつを買ってあげよっか」
「いいの?」
「いいよ。さぁ行こう」
男の子の手を引きながら店まで行き、新しいシュトゥルトゥルを買ってあげた。
「元気なのは良いことだけど、人が多い所ではよく周りを見ようね」
「わかった! ありがと、おばさん」
「おばっ……うん、まぁ、いいか」
満面の笑みを浮かべて去って行く男の子を呼び止める訳にもいかず、都はおばさんと言われたことを受け入れる。そして店を離れようとすると、つんつんと服の裾を掴まれた。可愛らしく結い上げた髪をして、少し尖った耳をした女の子と目が合う。うるうるとした目で都を見上げているから、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「どうかしたの?」
問うと、女の子はちらりと店を見る。シュトゥルトゥルが食べたいのだろう。
「わかった。あなたにも買ってあげる」
お礼のつもりなのだろう。女の子はギュッと都に抱きついてきた。
(あー……子供は可愛い)
婚約破棄をされ、異世界に飛ばされ、帰る手段もまだわからない。一万円程の小遣いだけしか資金がなく、計画的に使うべきということは重々承知している。しかし、どの世界でも子供は可愛い。甘えられたら、応えるのが大人というもの。
都が女の子にシュトゥルトゥルを買ってあげると、また抱きついてきた。そして小さな手を全力で振り、広場から駆けていく。
(はぁ。癒やされた)
それから黒パンを食べ終え、そろそろ都もこの世界の情報を得るかとベンチから立ち上がる。すると、先程シュトゥルトゥルを買ってあげた女の子がいた。
「どうしたの?」
呼びかけると、女の子の後ろからわらわらと子供達がたくさん出てきた。そして一様に、潤んだ瞳で都を見上げている。
「……乗りかかった船ね。わかった。たぶん、皆に買ってあげられるから。きちんと順番を守って並んで」
都の指示通り、少し耳が尖った子供達は行儀良くシュトゥルトゥルの列に並んでいる。一人一人に渡し、全員が都に抱きついて礼をして去っていった。
そして都の手元には、銀貨が三枚残った。
「……この額じゃ、宿に泊まるのも難しいかな」
金額にして三千円ほど。城下町だし、宿賃の相場は高いだろう。どこに泊まればいいかもわからず、都はため息をこぼした。