2.17
(……やりすぎた)
バルドゥルは唇をぐっと噛み、目を閉じている。握られている拳は震えていて、まるで目を開ければ泣き出しそうな雰囲気だ。
駆け寄って抱きしめて、ごめんね。全部嘘だよ。演技だなんて思ってないよと謝りたい。しかし一度決めたことを曲げてはいけない。曲げるくらいなら、最初からしない方がましだ。
「まだぐずぐずするなら、わたし一人で行ってくるよ」
「い、行きます!!」
「そう? それなら早く準備をしてね。わたしもお腹空いちゃった。鍋の友があればすぐに料理を作れるし、ついでに材料も見たい」
「汗をかいたので、すぐに着替えてきます! 少しだけ、待っていて下さい」
顔を上げたバルドゥルは、急ぎ足で寝室へ行く。そしてすぐに着替え、駆け足で戻ってきた。
自宅を出ると、バルドゥルは疑似恋人を演じてくれる。日中でも暗い路地裏は危険だからと、尤もらしい理由をつけて手を繋いでくれた。しかし都は、自分がした仕打ちを自覚している。繋がれた手を握り返すことができないまま、バルドゥルと街へ出た。
何も会話がないまま進み、雑貨屋へ向かう。その途中、広場でザムゾンと遭遇した。昨日と同じ服装の都を見て、わなわなと震えている。ここが正念場だと、都はバルドゥルの腕にしなだれかかるように抱きついた。
バルドゥルの顔は見られない。しかし悟りの境地に達したような顔をして、旅に出ると言って走り去っていったザムゾンの様子から察するに、バルドゥルも疑似恋人を演じてくれているのだろう。
「これで問題は解決したかな」
隣に立つバルドゥルに同意を求めたが、なかなか反応がない。しかし期間限定だった疑似恋人の期間は終了だ。終了宣言を今しても、すでに後ろ姿さえ確認できないザムゾンには聞こえないだろう。
都の安全を守るため、バルドゥルから提案してくれた疑似恋人。これからは帰還するまで、一人でクエストをこなすことになる。バルドゥルも本来の、異世界転移した人間と深く関わらない形式に戻すだろう。
(……年上のわたしが、終了宣言をしないといけないのに)
気にかけてくれてありがとう。もういいよ。
その二言が、出てこない。それどころか、このまま終わりたくないと心が叫んでいる。
じわりと、目に涙が浮かんだ。涙は女の武器と言うが、それは可愛らしい子がするから効果的なのである。
(……わたしみたいな、可愛らしさの欠片もないような女がやるべきものじゃない)
ワンピースをぎゅっと掴む。皺になってしまう心配よりも、限定的な可愛らしさを発見して安堵する。
(ワンピースを何歳まで着られるかなんてわからない。でも、わたしは着た。その心境の変化だけで、良いじゃない。わたしは、帰らないといけないんだから)
何度自分に言い聞かせても、終了宣言ができない。しなければいけないと思えば思うほど、唇を強く噛む。
握られたままの手が、まるでバルドゥル自身も都と同じ願いを持っているのではないかと思ってしまう。
終了と宣言しなければ、終わらない。疑似恋人を演じる必要はなくなったが、一緒にクエストへ行ってくれるかもしれない。そんな都の願いを打ち砕いたのは、煌びやかな男性や少年を四人も引きつれたみこの声だった。




