2.16
「さて。お腹の空き具合はどう? まだ足の痛みが引いていないから、バルドゥルは椅子に座っていてほしいのだけど。勝手に食材を使っちゃってもいい?」
「そ、それはまさか、ミヤコさんの手料理を頂けるということでしょうか!?」
「そうだねぇ。中華鍋もあるし」
「中華鍋……」
あれは武器ではないのかと、バルドゥルががま口リュックを見る。疑っているバルドゥルの考えを改めさせるため、都はシャキーンと効果音を想像してもらえるように仰々しく中華鍋を取り出す。
「ここに取り出したるは、鉄製の鍋一つ。しかし恐るるやなかれ。これとお玉があれば……」
中華鍋を持ちながら演説のごとく朗々と話している最中、都は大事なことに気がついた。
魔物を討伐しているときは中華鍋が勝手に動いてくれていたが、中華鍋は高火力で煽るもの。そしてそのときに絶対必要なのが、大きめのお玉である。異世界に転移してきたのは、新生活へ移行する前に中華鍋を新調したくて買い物に行った日。つまり、鍋にフィットする鍋の友がいない。
「ミヤコさん? どうされたのですか」
バルドゥルに声をかけられ、都は「ギギギ」とゼンマイ仕掛けの玩具のように振り返る。
「バルドゥルが料理好きということに期待して聞きたい。金属製の大きめのお玉ってある? こう、ヤマトトキのお味噌汁をよそってくれたやつの金属版」
「すみません、木杓しかないです」
「あぁーーっ。なんてこった! 鍋友がいないなんて!! いや、ここは異世界だ。木製でも、不燃性があれば……」
頭を抱えつつ、一縷の希望を持ってバルドゥルを見る。しかし気まずそうな顔を見れば、その答えは火を見るよりも明らかである。
都ががま口リュックを背負うと、バルドゥルが焦ったように立ち上がった。
「ごめん、バルドゥル。中華鍋には戦友のお玉がいないとだめなんだ。ちょっと買いに行ってくる!!」
「ま、待って下さい!! ミヤコさんを一人で行かせるわけにはいきません。おれも行きます」
バルドゥルが駆け寄ってきた。嘘を突き通せない素直さに、笑いを堪える。
「バルドゥル。わかってはいたけど、今後のことを考えて忠告しておくね。恋人と一緒にいたいと思ったら、嘘をつくよりも素直に気持ちを伝えた方がいいよ」
都に指摘され、バルドゥルは自分がついていた嘘を思い出したらしい。深々と頭を下げる。
「嘘をついてすみませんでした。ミヤコさんともっとずっと一緒にいたかったのです」
「大丈夫、わかってる。でも、今は二人きりだし気を張らなくていいよ。疑似恋人っていう関係は、あくまでもザムゾンさんに諦めてもらうための手段だから」
「それは、そうですが……そ、そう。あの人はしつこそうだから、いつでも気を抜かないでいた方がいいかと思いまして。あ、いや、違います。おれがミヤコさんといたいのです。演技でも何でもなくて、おれ自身が」
真っ直ぐに見つめられながら言われると、自分の役回りを思わず忘れてしまいそうになる。それではいけないと、すぐに気持ちを切り換えた。
「ふふっ。バルドゥルは大物だなぁ。演技にかける熱量が違うね。さっき忠告したばかりのことも、早速実践してる。わたしも見習わなきゃ」
そうであって欲しいという願いを込めて、バルドゥルの告白を否定する。ここで認めてしまったら、バルドゥルの未来を奪ってしまうことになってしまう。年上として、年下の未来は守らないといけない。
「鍋に戦友は必要だけど、バルドゥルはお店に行けないよねぇ。普段は髪で隠してるけど、風が吹いたら見えちゃうかもしれない。ねぇ、耳を隠せるような服って持ってる?」
バルドゥルの顔を見ないように話し続ける。しかし何も言わないバルドゥルに不安を覚え、顔を見てしまった。




