2.14
ぐてっとしているバルドゥルの腕を強引に自分の肩に回す。その際バルドゥルの手が都の胸元に来たが、気にしないようにした。気にしないようにしようと努めたが、バルドゥルの手に力が入る。
「おれは子供じゃありません。男です」
「わかってるよ。大人の男なら、熱で意識が朦朧とする前に協力して。わたしの力じゃバルドゥルを運べない。バルドゥル自身の足で歩いてもらわないと困る」
「おれは、男ですよ? ミヤコさんを逃げられないように捕まえることだって簡単です」
「はいはい。バルドゥルの力が強いことなんてわかってるから、早く寝室に行くよ」
弟の京介も昔、体調を崩すとごねてばかりいた。寝たくない、遊びたいと言う弟を強制的に寝かせるのは、姉である都の仕事だ。京介もその内渋々ながらも寝室へ行く。
バルドゥルも京介と同じように行ってくれるだろう。そう思っていた。
「おれは、男です!」
動こうとしないバルドゥルを担ぎ上げる方法を考えているとき、ぐっと肩を押された。振り向くと、熱のために上気しているバルドゥルの顔が近づいていた。
「バ、バルドゥル!? い、いくら疑似恋人だとしても、そこまでしなくてもっ」
少し開いたバルドゥルの唇が、迫る。病人だし手荒な真似はできない。しかし逃げる気はおきず、ただバルドゥルが近づいてくることを許した。
「バ、バルドゥルっ」
迫る、バルドゥルの顔。思わず目をギュッと閉じた都のすぐ横を通過していく。そしてバタンと倒れ、そのまま力尽きた。
「そ、そそ、そうだよね! うん。わかってた。わかってたよ。そもそも、熱を出している相手にそんな不埒なことなんてっ……」
一瞬この身を捧げる覚悟をしたが、あくまでも都がバルドゥルを襲うという前提の考えになっている。
事故を少しだけ期待してしまった都は、早口で話した。しかしそれを聞く人物はおらず、すぐ隣で熱にうなされているバルドゥルがいるばかり。
「……はぁ。どうやって運ぼう……」
バルドゥルは、今や気絶に近い状態だ。ここから寝室へ運ぶのは難しい。
初めこそどうにか担いで寝室まで運ぼうとしたが、早々に諦めた。寝室に運べないなら寝具を持ってこようと。幸いにもベッドから外せるタイプだったため、リビングに簡易的なベッドを作った。そこへバルドゥルを転がす。それだけでもかなりの時間を要し、掛け具を掛け終わる頃には都もくたくたになっていた。
「ふぅー。とりあえずこれでいいかな。後は患部を冷やすタオルと、おでこに乗せるタオルも用意して……あれ、おでこを冷やすのって意味ないんだっけ? 首を冷やすんだっけ?」
熱中症の看病と高熱時のやり方とごちゃ混ぜになった。どちらにしても冷やしておけばいいだろうと思い、準備する。
色々と揃えてバルドゥルの元へ戻ると、ぼそぼそと声が聞こえた。水分が欲しいのかと思って耳を寄せる。
「……ルーガ、ありがとう……」
にこりと微笑み眠りに落ちたバルドゥルは、とても幼く見えた。看病する都に礼を言う所も京介と似ている。しかし都が気になったのは、そこではない。
「ルーガ……音の響きからすると女の人かな?」
都は、弟から礼を言われても気にしない。病人は早く元気になることだけを考えろと叱る。都がバルドゥルを京介と重ねているように、バルドゥルにも姉がいるのかもしれない。
そうして考えている内に、都は自分の気持ちを理解してしまった。姉がいるかもしれない。そう思いたいだけだと。
(……事故だったけど、キスされてもいいと思っちゃったもんね。それは、そういうこと……)
文也から告白されて、付き合った。求められても恥ずかしくて、断った過去。それは本当に、恥ずかしかっただけなのだろうか。
一緒に過ごした時間は、文也の方が圧倒的に長い。しかし濃密な時間ということで考えれば、バルドゥルの方が長くなる。
社会人で働きながら過ごせる時間は、精々平日の夜と休日ぐらいだ。隣に住むみこを預かることもあったし、子供の頃に言われた言いつけを頑なに守っていた都にとって門限は絶対だった。それは一人暮らしを始めても変わらない習慣で、泊まりの旅行も婚約してから。しかも泊まりなのに、普段は体調を崩さない都が風邪を引く。
門限に関しては社会人になってから不問とされていたが、日付を跨ぐことは憚られた。都は自分の育った環境をそのまま継続していただけなのだが、成人した大人なのに成長はしていなかったのかもしれない。
(はぁ……バルドゥルって、格好いいよねぇ。睫毛も長いし)
「ぅん……」
寝汗で顔を歪めるバルドゥルの額に新しい濡れタオルを置く。すぐに苦痛が和らいだような顔になり、ホッとする。
(あぁ……自分の気持ち、自覚しちゃいけなかったよね。疑似恋人、続けられるかな)
都が元の世界に戻るまであと十九日。ザムゾンが都を諦めてくれれば疑似恋人も終わる。そうすればあとはひたすらクエストを遂行して、賠償金を払って、期日が来ればさようなら。
(……それができたら、どれだけいいか。いや、やらないといけない。バルドゥルは魔王と姫の子。やんごとなき相手。そんな相手が、二股婚約破棄されたわたしの恋人になるはずがない)
都が元の世界に戻れば、バルドゥルの立場からしても良いご縁があるだろう。だから、都が自分の気持ちを隠し通せればいい。
高熱でうなされているとはいえ、バルドゥルの寝顔を見られるのは今日で最後だろう。そんな風に思ったら、気持ちを切り替えられた。相手が寝ていることを承知の上で、ずっと顔を見続ける。
(はぁ……バルドゥルの顔を見慣れたら、元の世界に戻ったときに苦労しそう。バルドゥルよりも勝る人なんて出会えない)
見慣れてはいけない。でも見たい。そんな相反する二つの気持ちを抱えながら、都は一晩中バルドゥルの看病を続けた。




