2.6
「いつも食事の時、汁物を頼んでいたのでお好きかなと思いまして。春先とはいえ、夜なのでお体を温めて欲しいと思いました」
「え、ありがとうございます。よく見てますね」
「い、いえ、そういうわけではっ」
「ふふっ。疑似恋人を演じるからには、相手の好みを把握するのは大事ですからね。わたしも見習うようにしますが、ひとまず、冷めないうちにいただきますね」
両手を合わせてから器を持つ。空心菜のような見た目の野菜が具材だ。葉物の汁物は、具を食べるというより汁全体を味わうものだと思っている。
すぅーっと、異世界に来てまで食べられるとは思っていなかった味噌汁の香りを嗅いで食す。
「良い香り。出汁が良いのかな。すごく食欲をそそられる。だけど喉を通すと、優しくて円やかな感じ。バルドゥルさん、料理好きなんですか」
「料理好きというよりかは、自然とそうなったというか……名前を出せば血筋が、尖った耳を見たら魔族とわかるので。誰かを怖がらせてしまうよりは、自分で作ろうとやっているうちに」
「でも、食材を手に入れるにはお店に行かないといけませんよね?」
「汁の実のヤマトトキもそうですけど、人が行くには危険な場所に生えているものを採ってきているので、お店には行ったことがありません」
「えっ、そうなんだ、ですね。お店で値切るのって商店街での醍醐味なのに」
思わず敬語が崩れてしまったが、バルドゥルは気にしていない。寧ろ微笑んでくれる。
「ミヤコさんの方がおれよりお姉さんですし、話しやすい口調でいいですよ」
「年上とかおばさんって言われるよりも優しい言い方! バルドゥルって、言葉選びが上手だね」
「そうですか? 意識したことはないですけど……」
どさくさに紛れて呼び捨てにしてみたが、バルドゥルに不快な様子は見られない。そのことにほっとしながらも、ヤマトトキの味噌汁を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「さっきお店には行かないって言ってたけど、この味噌は? さすがに自分で作るのは大変じゃない?」
「ボネンフェメンはミソというのですね。そちらの方が言いやすいです。ミソも自分で作っていますよ? 材料の豆も自分で採ってきますし、木桶で作ることによって段々深い味わいになるのです。作り始めた頃は薄味でしたが、ミヤコさんに気に入っていただけるぐらいの味になっていて良かった」
味噌を作っていると話すときのバルドゥルは、とても目が輝いている。よほど好きなのだろう。
「それにしても味噌まで手作りするとは。バルドゥルと結婚するのが日本人なら泣いて喜ぶね」
「結婚……おれでも、結婚できるでしょうか。恋愛もわからない青二才なのに」
「そんな言葉、どこで覚えたの? バルドゥルと話していると、ここが異世界だって忘れそうだよ」
「…………忘れてもらえたら…………」
「え? 何か言った?」
「い、いえっ。何でもありません。ヤマトトキのミソ汁も終わったので片づけてしまいますね」
聞かれたらよほど恥ずかしいことを言ったのか、バルドゥルはそそくさとリビングを出て行ってしまった。
(やばいな……。期間限定で、しかも本物の恋人じゃないのに、沼りそう。これが推しってやつか)
自分に言い聞かせることで、現状を冷静に見ようと努める。しかしそれだけでは効力が足りず、うっかり恋をしてしまいそうになった。だからあえて、バルドゥルの年を思い出す。
「……バルドゥルは二十五歳。弟の京介と同じ年……」
「ミヤコさんは弟さんがいらっしゃるのですか」
「そ、そうなの。バルドゥルと同じ年なのよ。まぁ、バルドゥルと違って、わたしと似ているから見た目が強面なんだけど」




