2.4
そう。それはまるで物語と読者のようなものだ。ヒーローから愛を囁かれるヒロインに共感して憧れるが、物語の中だと割り切れている。たまに推しすぎて薄い本を買ったり、誰にも見せない鍵付きのSNSで妄想を暴走させてみたりということもあるが。
現実では奥手だが、奥手が故に恋愛には興味ありまくりだった。文也から告白されるまでは、心に余裕があったのだ。
(……元の物語がある。わたしは巻きこまれて来ただけ。現実の世界に戻る期日も決まっている。それなら、今を楽しんでみても罰は当たらないんじゃないかな)
自分の中で考えをまとめ、バルドゥルにも伝える。
「さっきみたいな距離感に慣れていなかったので、命の危機だなんて大げさに思っていましたが。もう同じミスは犯しません。疑似恋人、やりましょう!」
「良かった。アネサキさんから恋人の定義を窺いましたが、慣れていないということはどういうことでしょう? アネサキさんは、婚約者がいたのですよね?」
バルドゥルからの質問に、一瞬戸惑う。「何故」の質問に答えたつもりだった。しかしなぜ命の危機に陥ったのか、ではなく、なぜ恋人同士の距離感で命の危機を感じたのか。これが、質問の内容だろう。
「……えっと、婚約者はいましたが、恋人らしいことは手を繋ぐくらいでして……」
「すみません。不躾な質問をしました。交際して婚約までが早かったのですね」
「い、いえ。付き合ってから二年半経ってから婚約をしました」
「えーと……」
巻きこまれて異世界転移したことを思い出す。聖女招喚ということで、あの場にいた面々からの言葉から察するに、清い体でないと招喚すらされないのだろう。十六歳のみこはともかく、十二も年上の都がまっさらな状態なのは訳ありと思われても仕方ない。
「こ、これには」
理由がありまして。そう続けようとした都の手を、バルドゥルが包み込むようにして握る。
「初めて同士ということですね。アネサキさん、いえ、ミヤコさんが帰るまでの期間限定ですが、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
もう疑似恋人時間が始まっているのかもしれない。もしくは、これが元の物語におけるバルドゥルの人間性なのか。
だとすれば、都は相当気合を入れて疑似恋人を演じなければいけない。何せ異性に対する免疫がなさすぎて、キスが出来そうな距離感に顔が迫ると命の危機を感じてしまうのだ。また中華鍋に防衛されないようにしなければいけない。
都は改めて、疑似恋人に対する心構えをしておこうと思った。




