2.2
「えっと……ですね、こ、恋人ってやっぱりその二人独特の空気とか雰囲気とかでわかるんだと思うんです」
「なるほど。空気とか雰囲気。では、そのふわっとしたものを言語化するとどうなりますか」
「そ、それは……こ、こう、甘い感じ? 物理的な距離が近いとか、見つめ合う時間が多いとか?」
文也とそんな雰囲気だったのはいつのことだろう。付き合って三年。その内の半年は婚約期間。最低でもその半年の期間に二股をかけられていたわけだが、結婚を見据えていたから最後の半年は恋人というよりも、夫婦という関係になっていたかもしれない。
(ボディタッチが多いと恋人っぽいような気がするけど、それも交際を始めて一年くらいまでだった気がする)
思い出せば思い出すほど、二股をされていても文句を言えないと思えてきた。二股は、する方が悪い。しかし、そうさせてしまった都にも原因があるのではないか。引き留めるように追いすがって、みっともなくても自分の感情をすぐに出していれば良かったのかもしれない。
文也とのことを考えれば考えるほど、都の気持ちは沈んでいく。だから、座っていた毛皮付きの椅子が少し揺れてから現状を把握した。
都が考えに集中している間に隣に来たのだろう。バルドゥルが座った拍子に、彼の肩に頭を乗せてしまった。
「こんな感じでしょうか」
まるで都のやさぐれた気持ちを労るかのように、優しく頭も撫でられている。文也にもされたことがなかった。
「ここここ、こっここんな感じだと思いますがががが」
まるで壊れたロボットのように早口で話してしまった。体勢もさることながら、羞恥心で頭に血が上る。ある意味命の危険性を感じ、すぐに椅子から立ち上がった。しかし机にぶつかり、そのまま机に頭をぶつけそうになる。
「大丈夫ですか!?」
眼前に迫る男前の顔。深緑色の瞳が都を心配するように見つめている。
(あぁ……もうだめだ)
キスでもできそうな距離感なんて、初めてだ。最初に恥じらってしまってから、文也も強引にはしてこなかった。だから、どうすればいいのかもわからない。倒れそうになった都を支えるためだとわかっているのに、腰に当てられているバルドゥルの手を意識してしまう。
(異世界転移だなんて非現実的なことが起こるんだ。これは、現実ではない)
これは都合のいい夢だ。そう思いたいのに、微かにバルドゥルの吐息が顔に当たる。そう。これは夢じゃない。現実だ。
改めて現実だと自覚するや否や、体勢が恥ずかしすぎて頭に集まった血が巡らない。このままでは命を落とすかもしれない。そんな考えがよぎったからだろう。がま口リュックに入れていた中華鍋が出てきた。視界の端に鍋が見えたと思うと同時に、明らかに容量オーバーになる室内で巨大化する。
メリメリ、バキバキと恐ろしい音を立て、中華鍋の柄の部分が部屋の外へ突き出した。
「わぁ!? ご、ごめんなさい!?」
そして中華鍋は動く余裕すらない室内で、都とバルドゥルを炒めようとする。しかし天井に鍋の縁がぴったりとくっついていて動かない。さすがに正気に戻った都は、慌てて謝った。すると都の意思を感じ取ったのか、元のサイズに戻った中華鍋はがま口リュックに戻っていった。
部屋には柄の太さの穴が空いている。
「……本当にごめんなさい。修理費は出すので。見積もりをお願いします」
「突然大きくなりましたね。何が原因でしょう? 今後のためにも対策を練らないと」
結果的に中華鍋が動けるほどの空間はなかったが、立っている床が揺れるような状態だった。椅子は倒れて、机は元の場所から大きくずれてしまっている。冷静に話すバルドゥルは、床に座っていた。




