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世界最強の戦士と呼ばれていますが、欲しいのはそんな称号ではなくて。  作者: いとう縁凛
第一章 都、巻きこまれて異世界転移する
1/50

1.1

 王道を目指し、王道から外れた物語だと思います。


(んー、どっちにしようかな)

 姉崎都(あねさき みやこ)は、交差点に立っていた。左へ行けば、ショッピングモールの最寄りの駅。右へ行けば徒歩で帰宅コース。電車に乗っても一駅分のため、そのまま歩いてしまっても問題ない距離だ。

 ショッピングモールで買った中華鍋を入れた、がま口リュックを背負い直す。そこそこの重量があるが、今は四月。このまま歩いても不快な汗はかかないはず。長い黒髪を纏めている頭部も蒸れないだろう。

(明日からは、こうしてゆっくり歩けないと思うし)

 都は明日から、婚約者の文也(ふみや)と婚前同棲を始める。

 御年二十八。昨今の世の中事情で言えば焦る年齢ではないと思うが、都の友人は全て結婚している。子供がいる友人もいて、帰省するたびに母からの圧力が強かった。弟夫婦に子供が産まれそうという話も、都を焦らせる。

文也と一緒に住むということは、都にとって籍を入れること。三年も付き合っていたし、子供もすぐに欲しかった。しかし父から、同棲をしてから決めなさいと言われている。

 同棲と同時に結婚式の準備も始めるため、都は寿退社した。住所を移すための手続きをしたり、大学卒業後に入居して六年間暮らしていた部屋を掃除したり。六年も住めば色々と物が増える。文也との思い出の品もたくさんある。だから片づける作業はなかなか捗らなかった。同棲を機に荷物を少なくしようと七割の物を処分し、引っ越しの荷物もまとめた。

 準備が終わってからは、昼の時間を楽しんでいる。今日も、同棲という新生活を始めるのだから古くなった中華鍋を新調しようと、開店と同時にショッピングモールまで来た。

 鍋の他にも近くに置いてある調理器具も気になり、楽しい時間はすぐに過ぎて、もう少しで正午になる。そして現在、帰り道をどうするのか悩んでいるのだ。

「途中で美味しそうな料理屋さんがあったら入ろうかな」

 地図アプリで調べてみると、ここから自宅までの間で飲食店は五、六軒ある。自分の空腹に従って店を探してみてもいいかもしれない。

 都は、右へ進み始めた。歩道は狭いが、ショッピングモールのすぐ傍を東海道が通っている。ここを昔の人は歩いたんだなぁなんて、似合わないことを考えながら足を進めた。

(んー……たこ焼きの気分ではないかなぁ。タイ料理もちょっと違うかなぁ……)

 左右を見ながらゆっくりと歩く。少し肌寒いくらいの風に乗って、潮の香りがしたような気がした。いっそこのまま海まで足を伸ばしてもいいかもしれない。そんな風に思っていると、都のスマートフォンが鳴った。婚約者の文也からだ。

「もしもし?」

「……都。今、時間あるか?」

「あるよー? どうしたん?」

 明日から同棲が始まるのに、一体どうしたのか。沈黙が長く、文也の様子がおかしい。

 都は歩きながら文也の言葉を待つ。近づいていた踏切から、遮断機の音が鳴り始めた。

「文也?」

「……都。婚約を解消してほしい」

「……は?」

 聞こえた言葉が信じられなくて、都は思わず足を止める。電車が通り過ぎたばかりの踏切は、また反対側から電車が来ると音を鳴らす。

 カンカンカンと鳴り響く音は、都に今が夢でも何でもない現実だと知らしめる。

「実は俺、父親になるんだよ。子供が産まれたら、休日にキャッチボールをするんだ」

「キャッチボール……男の子なの?」

「そう! それも双子なんだって!! いやー、参っちゃうよなぁ。初めてで二人も子供ができるなんて」

 電話越しでも、文也が相当上機嫌なことがわかる。うきうきと声を弾ませながら、浮気相手との馴れ初めを話し続けていた。

(……いや、この場合はわたしが浮気相手なの……? 明日から、同棲なのに)

 寿退社で職がない。すでに引っ越し業者にも不動産にも連絡している。今さら、キャンセルなんてできない。

「だからさ、都。俺の子供の将来のためにも、別れてくれるよな、な?」

「……わかった。婚約破棄、受け入れる。でもいろい」

「ありがとな! 都も幸せになれよ!」

 文也は自分が欲しい言葉だけ聞くと、都の話を聞かずにそのまま電話を切った。

「はぁ……あり得ないんだけど」

 盛大なため息を零しながら、都は頭を抱えてしゃがみ込んだ。つい先程まではそれほどでもなかった、中華鍋の重みが両肩にずっしりと伸し掛かっている。

(あー……これからどうしよ……)

 このまま座り込んでいても何も変わらないと思って立ち上がると、髪留めで留めていただけの黒髪がはらりと落ちる。

「……とりあえず、帰るか……」

 婚約破棄をされたなんて恥ずかしいことこの上ないが、まずは不動産に次の入居者がいないかどうか確認。それから引っ越し業者にと、これからやるべきことを頭の中で列挙していく。

 昼食は自炊にしようと決め、踏切を渡ろうと近づく。踏切を渡る前に一回、渡っている最中に一回、そして渡り終えてからまた一回と、何度も遮断機の音が聞こえた。六年住んでいた街だが、この踏切を使うのは初めてだ。急かされるように踏切から離れ、とぼとぼと中華鍋の重みを感じながら進む。

(……せめてもの救いは、まだ籍を入れてなかったことかぁ……)

 東海道と富士見通りが交わる交差点で、信号が変わるのを待つ。対角の道には、ベビーカーを押す若い夫婦がいた。若夫婦を見て、結婚できなくなったんだなぁと悲しみが増す。

 信号が変わり、渡り始める。

(子供の性別がわかっているということは、少なくても妊娠十二週以上……まぁ、半年ぐらいは二股かけられていたんだろうなぁ……)

 スマートフォンで妊娠のことを調べながら、とぼとぼと歩く。寿退社をする前に一稼ぎと、文也とデートをする機会が減っていた。元々都の方が稼いでいたが、子供が育つ時間を大事にしたいと辞めたのに。

(何がいけなかったのかなぁ……)

 思わず涙をこぼしてしまいそうになり、慌てて顔を上に向けた。

 柔らかいと思っていた春の日差しがなくなり、急に風が冷たくなってきている。雨が降るかもしれないと思い、家路を急ぐ。

「あれ? こんなところに神社なんてあったんだ」

 正午の鐘が鳴り、条件反射的に腹が鳴る。さらに帰宅を急いでいたのだが、都は足を止めた。

 富士見通りと隣接している側道。瓦屋根の日本家屋と並ぶようにして、弁天神社があった。神木のような楠と、小さな池がある。側道といっても間に歩道しかなく、富士見通りと並行している場所なのに、その弁天神社の周辺は空気が違っていた。富士見通りを走る車の音も、意識しないと聞こえない。しんと静まっているこの空間だけ、異次元の空気が流れているように感じる。富士見通りは自転車通勤をするときに利用していたのに、全く気づかなかった。

 都は、まるで何かに導かれるようにして鳥居を潜る。敷地面積は大きくない神社だ。すぐに社までたどり着く。すると、ぼそぼそと何か聞こえてきた。賽銭箱の前に、ゆるいパーマをかけた茶髪の女の子がいる。

「我、富巴里(とばり)みこは、喚迎を承諾する」

 隣に住む子の名前が聞こえ、思わず凝視してしまう。都の記憶が正しければ、「真面目」を絵に描いたような黒髪だった。だから、本当に隣人なのかと確認する。

「みこちゃん?」

「さき姉!?」

 都がみこの肩に手を置くと同時に、足下に大穴が開いた。

(えっ、うそうそ!? どういうこと!?)

 突然の浮遊感。ぐらりと平衡感覚が崩れる。背中に中華鍋を背負っており、都は頭から落ちるように穴の中に吸い込まれた。

 

 四月三日。洛清(らくせい)町の弁天神社にて、女性二名が姿を消した。




 少しでも気に入っていただける箇所がありましたら幸いです。

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