09話 作家バレ
「それでフクロウの人に、赤銭を投げる事が出来たんだ。しかも、2回も」
責めるような佳澄の口調に、祐真は何かが不満だったのかを察した。
昨日の祐真は、カスミンの配信に行かなかった上に、シマフクロウVtuberである『祈理カナエ』の配信で、1万円の投げ銭を2回投げている。
応援の比率が偏っているのではないか、と、佳澄は不満を抱いたが、収益化できていないのは自身の問題であり、それに関しては祐真を責めていない。
そして祐真が配信に行かなかったのは、そもそもスケジュールを出していない佳澄が悪いという事になった結果として、目下の佳澄は週間スケジュールを制作していた次第だ。
だが佳澄が制作する横で、祐真はTwitterを触っており、そこで赤色の投げ銭を行える事情を知った結果として、不満が再燃した。そのように祐真は解釈して、ご機嫌斜めなカスミンこと佳澄に相対した。
相手が事実を知った場合、下手な嘘は怒りを助長させる。
祐真は本当に仕方が無く、渋々と事実を認めた。
「高校生Vtuberが居るなら、高校生作家も居るだろう」
それが自分だと直接的には言っていないが、この流れで話すのであれば、事実を認めたも同然だ。
肯定だと受け取った佳澄は、元々感情の表出が小さいからか、あまり驚いた様子は見せずに、窺うような目を向けて尋ねた。
「メインアカウントで、宣伝してくれたりしない?」
「それは無理」
祐真は即答して、確実に不可能であると告げた。
作家である天木佑のTwitterアカウントは、祐真が自身のメールアドレスで登録した個人用の物だ。
出版社と結ぶ出版契約は、大抵の場合は作品単体に対してであって、作家自体との契約では無い。
祐真は『転生陰陽師・賀茂一樹』の権利に関しては、出版社と様々な契約を結んで居るが、作家として他の本を書いても良いし、Twitterで自由に呟く事も出来る。最近お気に入りのVtuberが居ますと言っても、何ら問題は無い。
だが作家のTwitterは、作家の活動を支えるためのツールだ。
小説を好きで買ってくれている読者がTwitterを見たとして、作家がTwitterで馬鹿っぽい発言をしていれば、本を購読し続けようと思うだろうか。
Twitterを見た読者から、「こんな作者の本なんて買わなくて良い」と思われれば、明らかなマイナスとなる。
商業作家のツイッターは、告知や宣伝、出版社との連絡用などに限定すべきだろう。
作家同士の相互フォローも、あまり積極的にはしない方が良い。
もしも相手が告知や宣伝をリツイートしてくれたならば、自分からもしなければ不義理になるし不満も持たれるので、対象者が増える分だけ負担が増えていく。
祐真が知る女性作家の1人は、Twitterの活動に1日2時間を掛けている。お誕生日のお祝いメッセージなど、やがて際限が無くなるそうである。
それをするくらいならば、本業の執筆で長編を1本作った方が良い。
「作家のTwitterは、いかに自分の本が売れるようにするかの補助ツールだ。あるいは出版社様から連絡を頂いて、次の仕事に結び付けたりするためにある。色んな人に、人間性とかも見られている。変な事は出来ない」
「別に、Vtuberを見ていますって言っても良いじゃない。事実なんだし」
佳澄が指摘するとおり、祐真がカスミンを見ているのは、紛れもなく事実である。
だがそれは、祐真の読者に報告すべき内容ではない。
Vtuberを見たからと言って、それ自体が誰かに責められるような行動では無いし、執筆の合間のリラックスであるとか、アニメや漫画の知識を付けていると説明すれば、理解はして貰えるだろう。
近年ではVtuberが広く知られるようになっており、数百万人の登録者がいる配信者も居て、人口割合から考えれば作家が見ていても、何らおかしい事では無い。
だがVtuberにも、色々なタイプが居る。
納得しない様子の佳澄に理解して貰うために、祐真は冗談めかしつつも、敢えて直接的な言葉での説明を試みた。
「ギャルっぽい子狐Vtuberのカスミンを見ていますって言って、この作者は馬鹿っぽいって思われたら、本が売れなくなるだろ」
はたして説明を受けた佳澄は、祐真に向かって小さく微笑んだ後、右手を伸ばして祐真の肩を軽く、ベシッと叩いた。
本気の攻撃では無く、ツッコミを入れるほど強くも無く、自身の配信を見ている視聴者が馬鹿っぽいと言われた事に対する、配信者としての抗議であろう。
但しメインの視聴者は祐真しか居ないため、今のところ視聴者に被害者は居ない。言った祐真自身にとっては、単なる自虐である。
「天猫さん、カスミンの事、そんな風に思っていたの?」
「だって金髪で、派手で、挑戦的な目をした子狐だろう。ギャルじゃん」
黒髪ストレートに、やや垂れ目の童顔で、内気で大人しそうな雰囲気を持つ和泉佳澄とは、明らかに真逆のタイプである。
Vtuberの外見を作る時は、魂と呼ばれる中の人が自己投影して没入出来るように、いくつかの特徴を一致させるか、中の人にとっての理想の姿を模す事が多い。
その方が、中の人は上手く演じられて、Vtuberも生き生きとする。
身長の高い人間が、身長の低いVtuberを演じたとする。
その時に視聴者から「ちびっ子」と言われたとして、本当に小さい人間と比べて、咄嗟のリアクションがスラスラとは出てこないだろう。
『小学校の高学年くらいまでは普通だったのに、皆が追い抜いていったの』
『小さいと、なんか小動物扱いされて膝の上に乗せられたりする』
『得な事もあるよ。とりあえず可愛がっては貰えるから』
そのような体験談や、そこから繋げていく雑談配信は、本当に身長の低いVtuberからしか出てこない。
なるべく特徴を合わせるのは、それによって応用の幅が広がるからだ。
和泉佳澄とカスミンのように、まるっきり正反対である事など稀であろうし、本人にとっても、違和感が凄いのでは無いだろうか。
「別に悪いとは言わないけど、どうして、ギャルにしたんだ。印象も性格も、全然違うじゃ無いか」
黒髪の女子高生Vtuberで発信して、学校の事などを適当に話した方が伸びたのでは無いか。
そのように考えた祐真に対して、佳澄の答えは非情なものだった。
「お姉ちゃんが発注したから」
「そうだったな!」
つまり佳澄の姉は、カスミンの外見が似合うギャルなのだろう。
奨学金を回避すべくVtuberを発注する発想に至り、器材や姿を発注できるほどバイトをして、手透きの妹を変身させてみる時点で、明らかにハイレベルな陽キャである。
これが男性の場合、陽キャが有する莫大な活動エネルギーを発散させるべく、イェーイというノリで、仲間と共に深夜の首都高を突っ走っていく姿が思い浮かぶ。
ところで女性の陽キャは、一体何をするのだろうか。
(テレビのアイドル、サークルの姫、深夜のキャバクラ、社長を相手にしたパパ活……カクテルドレスを着て、カジノを歩いていそうだ)
作家の逞しい想像力を働かせた祐真は、カジノのバーでグラスを置いた陽キャ女性が、ダンディな男性と見つめ合う展開まで想像したところで、その先は年齢制限に引っ掛かるとして妄想を中断した。
もしかすると配信中の陽気なカスミンは、姉を真似ているのかもしれない。本人と性格が一致していなくとも、姉という見本があれば演じ様はある。
「とにかく、作家のTwitterで宣伝は無理だから」
「分かったよ。でも、全然伸びないんだけど」
作家である天木祐からの支援を呆気なく諦めた佳澄は、同級生の佐伯祐真、あるいは視聴者である天猫からの意見を求めた。
それであれば協力可能な祐真は、アドバイスの言葉を探した。
そもそも個人勢で、チャンネル登録者1000人を超えるVtuberの割合は、それほど高くない。
だが佳澄が求めているのは慰めでは無く改善策であるため、祐真は挽回する方法を考えた。
「典型的なのは、V同士でTwitterのリツイートをして、リスナーをシェアする方法だ。マッチングするリスナーを紹介し合って、自分に合うリスナーを引き込む戦法だな」
リスナーの好みは千差万別で、自分を好きではない視聴者が、他のVの姿を気に入る事はある。
逆もまた然りであって、互いにベストマッチする視聴者を交換すれば、熱心な視聴者を獲得し合える。
その場合、あまりフォロワー数に差のあるVtuber同士では、一方的な援助になってしまうので、シェアが成り立たない。
釣り合うレベル同士のVtuberでしか出来ないので、あまり極端には増えないという点には注意を要する。
「でも前に、男性のVさんとのコラボは駄目って言ったじゃない」
祐真のアドバイスに対して、佳澄は不満そうに訴えた。
「男性のVさんに付く視聴者は女性。カスミンのよく分からない配信に、女性の視聴者が流れてくる事は無い。むしろ、今僅かに残っている男性リスナーが減るだけだろ」
無言で祐真の表情を眺めた佳澄は、やがて口を開いた。
「他のVさんの配信を見て勉強してみる」
それは良いアイディアだと賛同しようとしたところで、佳澄は立て続けに言った。
「フクロウの人の配信、行ってみるから」
どうしてそうなった、と、祐真は封印された左手ならぬ、作家の想像力を必死に抑え込みながら、佳澄の行動に否定的見解でツッコミを入れた。