08話 商売は宣伝次第
Vtuberが週間スケジュールを作るのは簡単だ。
月曜日から日曜日まで、7行の日と曜日、配信時間、配信内容を並べて、その隣にVtuberの姿を置けば良い。それで視聴者に予定を伝える本来の目的は、不足無く果たされる。
むしろスケジュールを作るよりも、デザインを考える方に時間が掛かる。画像に使う文字のフォント、日時を囲む枠、背景色、そこに配置する自分の姿など、凝れば凝るだけの時間が過ぎていく。
「最初にテンプレを作っておけば、後は使い回しが出来るから楽だと思うぞ。大変なのは、1回目だけじゃないか」
スケジュールの制作作業で躓く佳澄に対して、祐真は気を楽にするようにアドバイスを送った。
祐真はVtuberの週間スケジュールを作った経験は持たないが、自身の小説の宣伝タグは作った経験がある。
1巻のタグ作成には相当の時間が掛かったが、2巻の作成時には時間を短縮できた。
小説のイラストを作る時も、1巻目では小説を読み込んで、主人公達の姿を考えて、ラフ画を作るところから始めなければならない。
だが2巻目では全体の姿を作れているので、それを基に挿絵を描けば良くて、多少は時間を短縮できる。
何事も、暗中模索する最初が一番大変なのだ。
祐真の言い分を聞いた佳澄は、内容を否定こそしなかったが、単純に受け入れたりもしなかった。
「それって、今は大変って事じゃない」
「手を抜く選択肢もある。その場合、リスナーの増加幅は小さいけどな」
世の中には、Vtuber自体は沢山いる。
手の込んだ週間スケジュール画像を載せるVtuberと、明らかに手抜きのスケジュール画像を出すVtuberが居た場合、視聴者はどちらを見に行くだろうか。
視聴者は貼られた画像を通して、Vtuberのスキル、活動への力の入れ様、人間性などを見ている。
より良い画像である方が、Vtuberはスキルが高くて、視聴者を楽しませようと努力しており、誠実あるいは誠実を装える人間であると考えられる。
従って配信を見て楽しみたい視聴者は、それを実現させ得る可能性の高いVtuberを選ぶ次第だ。
スーパーの食品売り場でも、自分が買って食べるならば、より良い食材を選ぶだろう。選択肢が複数あるならば、選択する側は、悪い方を選ぶ理由など無いのだ。
「企業勢のVさん、有利すぎない?」
「あー、スタッフの補助とか、お金を掛けて外注する事も可能だよな」
スケジュールの製作を始めながら軽い愚痴を溢した佳澄に対して、祐真はもっともだと賛同した。
大手企業に所属するVtuberであれば、最初からテンプレート素材があるだろうし、企業のスタッフが補助したり、よほど大きければ外注したりも出来るだろう。
それだけを考えるのであれば、スタッフの補助や、お金を掛けて外注も可能な大手企業に所属するVtuberの一人勝ちに成り得る。
だが大手企業勢は視聴者が多すぎて、視聴者のコメントを拾えず、配信は単なる独演会に成りがちだ。
すると一方的に見ているだけの視聴者の一部は、企業勢に比べて立派な画像は用意できなくても、コメントに反応してくれるマイナーなVtuberの方へ移住していく。
その様な形で、視聴者の楽しみたいという需要と、Vtuber側が提供できる娯楽の供給バランスが釣り合うために、企業勢が全ての視聴者を独占する事には成り得ない。
それこそが、個人勢が活動を続けられている所以だ。
その理屈で考えれば、チャンネル登録者数が1万人と、1000人のVtuberでは、1000人の方がより良くない画像でも視聴者の供給を満たせるために、求められるハードルは低くなる。
逆に考えれば、1万人に比べて総合的な供給力が低いからこそ、チャンネル登録者1000人に留まっているのだが。
需要と供給のバランスは、細部まで正しく機能している。
なおカスミンの場合、そもそも視聴者から殆ど認知されていないので、それ以前の問題であるが。
「画像1つで、不特定のリスナーにアピール出来るんだから、しっかり作った方が良いかもな。下手すると、配信を数回するよりも、アピール出来るかも知れないし」
「うん、分かった」
佳澄が作業しているのを横目で確認した祐真は、自身の作業を始めた。
2巻は完成しており、通販サイトの商品紹介ページに書影が載るのを待って、小説投稿サイトに書報の申請を行う状態だ。
祐真はスマホから通販サイトの販売ページを覗いて、未だ画像が貼られていない事を確認して、不満げな表情を浮かべた。
(通販サイト側のタイミングが分からないなぁ)
分からなければ、何度も見に行くしか無い。
渋々と引き下がった祐真は、次いで『転生陰陽師・賀茂一樹』のイラストレーター・鳴門金時のTwitterを確認した。
鳴門金時は、Twitterのフォロワーが20万人のイラストレーターで、pixiv、クリエイター支援サイト、グッズ販売サイト、そして同人誌即売会で活動する他、同人誌を委託販売している。
出版社の編集が張るアンテナは高性能で、そのレベルのイラストレーターであれば何度か声掛けの機会があって、ライトノベルの挿絵を描くなど、同人から商業に進む道がある。
収益は同人の方が大きいと、祐真は他の作家から聞いた事がある。
だからライトノベルの仕事を引き受ける場合、書店に自分の描いた絵の本が並ぶなど、作家が喜ぶのと同じ理由があるのではないか……あって欲しいと、祐真は願っている。
ライトノベル作家は、イラストレーターが居なければ本を出せない。
だがイラストレーターは、作家が居なくてもおそらく食べていける。
イラストを引き受けてくれた鳴門金時に対して祐真は、表立ってコメントすれば創作活動の迷惑となるために、内心で密かに感謝しつつ、呟きをチェックした。
(作家は、絵師様にお触り禁止。編集様に全て任せるべし)
業界の不文律は、アンテナを張っていれば、先輩作家達が教えてくれる。
それを遵守して密かにチェックを終えた祐真は、自身のTwitterのホーム画面をクリックして、フォロー中である出版社の編集者達の呟きを確認しようとしたところで、隣から視線を感じて振り返った。
すると隣の席から、作業の手を止めた佳澄が、祐真のスマホ画面に視線を向けていた。
佳澄と目が合った祐真は、その視線を下げて自身のスマホ画面を確認して、スマホを操作して画面を隠してから無言でゴクリと生唾を飲んだ。
作業が止んだ広い部室に、暫く沈黙が流れる。
その沈黙を打ち破ったのは、祐真の方だった。
「視力、幾つくらい?」
祐真は佳澄の視力を聞きたいのでは無く、肝心な部分を見たか見なかったか、それを日本人らしい言い回しで迂遠に問うた。
それは夏目漱石が、「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳したようなものだ。
受け入れる場合は、「今なら月に手が届くかも知れませんよ」で、貴方から告白してみなさいよと促す。
断る場合は、「手が届かないからこそ綺麗なのです」など、直接的には断らない形で、告白した側のショックを和らげる。
比喩を用いた作家的な言い回しで、衝撃に対する心の壁を張った祐真に対して、作家では無い佳澄の回答は、比喩のへったくれも無いストレートな物だった。
「ごめん、見えてた。天木祐、フォロワー2132人……誰?」
これだからストレートなアメリカ人は嫌なんだ……と、『天猫』ではストレートに表現するくせにキレた祐真は、理不尽な責任転嫁によって、心に受けた衝撃を緩和させた。
やがてガックリと項垂れた祐真は、呻き声を上げながら、なんとか事態を飲み込もうと図った。
「……あ゛あ゛あ゛」
一方で祐真から回答を得られなかった佳澄は、インターネットで検索を行って、瞬く間に答えに辿り着いた。
小説投稿サイトのユーザページ、Twitterアカウント、おすすめの商品が最上位に現われて、数回のクリックで天木祐の活動が次々とバレていく。
止めろとも言えず、諦観の表情を浮かべながら隣で行われる作業を見守った祐真は、やがて確信を得た佳澄から問われた。
「小説家なの?」
「…………おのれ、アメリカ人め」
明治時代に夏目漱石が行った翻訳は、文化の侵略に押し流されていた。