07話 配信予定表の必要性
高校に入学して数日、怒濤の日が過ぎている。
他校と比較できないので、祐真は自身の高校が標準的であるのか分かっていないが、新入学テスト、服装点検、球技大会を立て続けに行われて、勉強、生活態度、運動で引き締めを行われた。
普通の高校だからこそ、その先は上にも下にも、容易に成り得る。だから高校側は次々と先手を打って、色々と詰め込んでくるのだろう。
この先には、漢字検定、英語検定なども控えているらしく、担任からは油断しないようにと釘を刺された。
生徒の特技を引き出して、将来に繋げようとする目的がある事は明らかであり、教育機関として必要な事を全うしているらしくあった。
そのように細かい意図まで高校側は説明したりはしないが、祐真は作家の端くれであり、相手の意図を読み取る能力に関しては、その辺の教師よりも高い。
(鈍感系の主人公を書く作家は、作家自身が鈍感なんじゃなくて、そうしないと作品が終わるから、書かざるを得ないんだよなぁ)
物語を言語化する作家は、何故そうなるのかを文字で逐一説明するために、あらゆる行動に妥当な理由付けを行い、そうではない場合が有り得るのかも同時に考える。
在り来りなテンプレ展開を順番に並べるだけや、他人の作品を丸ごと模倣するのでは無く、独自性の高い物語を自分で生み出せる作家であれば、物事に鈍感であるはずもない。
従って祐真は、同級生達が不平不満を鳴らす中、高校のスケジュールは極めて妥当な行為だと理解した。
なお理解する事と、実行する事とは、イコールでは無い。
祐真にとって優先すべきは、自身の本である。なにしろ作家自身が書かなければ、物語が続かないのだ。
物事の優先順位は、人それぞれだ。
将棋の棋士が高校を辞めたとしても、それは本人にとって、より優先順位の高いものがあるからだ。高校生のスポーツ選手が、スポーツ優先で通信制の高校に通うのも、そうしないと得られないものがあるからだ。
時間は有限であり、物事は等価交換だ。
1作や2作の作家であれば、おそらく普通の高校には通えるが、同級生に比べて執筆分は時間が足りない。
何かを削らなければならず、漢字検定に比べれば、英語検定の優先順位は低かろうと、日本語で文字を書く作家の祐真は判断した。
「お前達、しっかり勉強しろよ」
そのように担任が締め括り、それを受けた祐真が等価交換に思いを馳せて、ホームルームは終了した。
すると教室から解放された生徒達は、各々が入部した部活に散っていく。
学校から解放された訳では無いが、好きな部活を自己選択して入っている分だけ、まだ自由があるだろうか。
祐真も図書室と繋がった元視聴覚室である部室に向かい、パソコンを起動して、Wordのデータが入ったパスワード付きのUSBを取り出した。
3年生の部長は、授業が1時間分多いために、まだ来られない。
広い部室を贅沢に使える祐真は、午後の優雅な一時を執筆に費やそうとしたところで、予想していた通りに追及を受けた。
「なんで昨日、来てくれなかったの」
佳澄は若干低くなった声で、昨日の配信に来なかった理由を質した。
勿論言い訳を考えていた祐真は、即答する。
「46分前の告知は、以前より凄く改善しているけど、普通に追えないだろ。自分でも、46分ごとにTwitterのチェックが出来ると思うか」
夕方から夜にかけての自由な時間であっても、食事や入浴などで告知を見落とす事は有り得る。
そう伝えれば、普通であれば引き下がるだろう。
だが佳澄は、引き下がったりはしなかった。
「フクロウの人は、見ていたくせに」
指摘を受けた祐真は、咄嗟に反論の言葉を失った。
カスミンの配信に気付かないままに、カナエの配信を見ていたのは事実である。それについては、カスミンの告知が遅かったせいであり、祐真は自身には問題が無いと思っている。
本来であれば、気付かなかったと伝えれば答えになるが、佳澄がカナエの配信をチェックしたのであれば話が異なる。
配信中、祐真はカナエから、カスミンが配信中である事を教えられた。
すなわちカスミンが配信していると認識した上で、天猫は配信を見に行かなかったのだ。
単なるネット上の配信者と視聴者であれば、それが半月ほど続いた1対1の関係であろうとも、理由を質されるほどではないだろう。
視聴者は配信者に対して何の責任も負っておらず、誰の配信を見に行こうとも自由である。
だが子狐Vtuberカスミンと、視聴者天猫は、単なるネット上の関係では無く、高校で同級生かつ同じ部活に入っている。部活には大勢が入っているのではなく、同学年は2人きりだ。
そのため配信を見に行く理由には、人間関係から発生する義理が加わる。
祐真は誠に遺憾ながら、作家として自己分析した結果として、やや不義理だったかも知れないと思い直した。
「フクロウの人は、Twitterで事前に、週間の配信スケジュールを出しているんだよ。だからリスナーが視聴できる時間は、ちゃんと追えるんだ」
「私も出せば良いの?」
視聴者を集めたい配信者は、配信スケジュールを事前に出した方が良い。そうすれば配信に参加出来る視聴者が増えて、参加した視聴者が次に来る可能性も高まる。
視聴者側は、21時から配信されると分かっていれば、それ以前に食事を摂るなどの対応を行える。
確実な視聴者が祐真しか居ないカスミンでも、スケジュールを出しておけば、不定期に訪れる視聴者の利便性が上がる次第だ。
逆に告知が不充分で、視聴の機会を逃した視聴者は、その時間には他のVtuberの配信を見に行くなり、別の事に時間を費やしたりする。
すると視聴者の一部は、他のVtuberの配信に居着いて、元の配信者に投じる時間や資金を減らすようになっていく。端的な場合は、一度で移住される事も充分に有り得る。
配信者が週間スケジュールを出すリスクは、あまり無い。
体調不良などで急に配信できなくなった場合でも、予定表を載せたのと同じTwitterで事前に報告すれば、大抵の場合は許容される。
事前に報告できなかった場合でも、何故報告が出来なかったのかを説明した上で、相手を待機させたのに配信出来なかった事をきちんと謝罪すれば、炎上しない。
『体調不良で、力尽きて寝ていました。配信スケジュールを出して、せっかく待って貰っていたのに、配信できずに申し訳ありませんでした』
一生に渡って、一度も体調不良にならない人間は、基本的に存在しない。無料で行う配信であれば、この程度の対応でも充分だ。
メンバーシップという配信者個人のグループに入って、月額料金を払っている視聴者に対する限定配信であっても、謝罪すれば大半のメンバーは受け入れる。
何かしら重要な配信であったなら、別日に代わりの配信を行えば良い。
もしも配信者が配信時間を決めきれずに、不確定な部分が残っているならば、確実な配信予定だけを明記しておいて、「その他にも突発で配信があるかも知れません」と脇にでも書けば良い。
一般常識を持つ配信者であれば、週間スケジュールを載せるメリットは大きく、デメリットは殆ど無いのだ。
計画性が高くて、配信の曜日と時間が安定しており、不測の事態への対応がしっかりと出来るVtuberであれば、週間どころか月間スケジュールを出す事も出来る。
勿論例外もあって、チャンネル登録者が数十万人になっているような配信者であれば、可能な限り多くの時間帯で、幅広い視聴者に生配信をした方が、思わぬ時間帯に視聴できた人達から喜ばれる。
その場合、配信スケジュールを載せない方が良い事も有り得るのだが、今のカスミンには無縁な話だった。
「常識的に考えれば、可能であれば予定を告知しておいた方が良いと思う。昨日の場合、事前に知っていれば、2窓で相槌を打つくらいは出来た」
祐真はスケジュールを出す大きなメリットと、殆ど無いデメリットを説明した上で、可能であればと注釈を付けた。
時間に縛られず、自由に配信したい配信者も居て、そういった配信者をスケジュールで束縛する事は、モチベーションの低下を招く。
強制しなかった祐真に対して、佳澄は納得を示して頷いた。
「分かった。作ってみる」
佳澄が週間スケジュールを出していなかった事が悪い。
そんな結論に導いて、祐真は配信に行かなかった件について、上手く言いくるめたのであった。
作家に物事を誤魔化させれば、政治家並だ。
但し、ネット民様の追及力は、作家の言い訳を遥かに上回る。喧嘩をすれば絶対に負けるので、彼ら彼女らを相手に戦ってはいけないのである。
(……ごめんなさい)
祐真は勝てない相手に向かって、先んじて降伏を宣言した。