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05話 作家がすぐに宣伝しない理由

 学校から帰宅した祐真がパソコンを起動すると、自動的に開くように設定してあるメールに、出版社から通知が届いていた。


『情報解禁になりました。天木さんの方でも、宣伝を始めて下さい』


 メールの送り主は、祐真が書く小説の担当編集者、新藤浩史だった。

 小説の編集者は、エリート中のエリートである。

 作家とは比較にならないほど沢山の本を読み、様々な分野への横断的な知識を持ち、本に関する知識を詰め込んだような人々が出版社の門戸を叩く。そして編集者に向いた一握りの人間だけが採用されるのだ。


 編集者になる人々の大抵は、レベルの高い文学部などを卒業している。そして編集者達は、高い教養のみならず、深い読解力も求められる。

 なぜなら、小説の世界を創った作家当人に対して、場合によっては最小限で最大の効果を得られるアドバイスを行わなければならないからだ。


 小説を創った作家は、表に出していないキャラクターの設定や世界観、投稿していない先の展開も全て知っている。

 問われれば全てに答えを出せるし、創った作家自身が答えれば、その場で決めた事でもそれが正解になる。

 そんな相手にアドバイスが出来る時点で、読解力は尋常ではない。


「アドバイスしないといけない作品、多いからなぁ」


 作家の全てが素晴らしい文豪で、何もしなくても出版するだけで売れるのであれば、それほど楽な事は無い。

 無論、それは夢物語だ。

 編集者は、手元にある作家の完璧ならざる小説に対して、いかに売れるようにするかを考えなければならない。


 一時期にインターネット上で流行となった『婚約破棄された令嬢の逆転劇』であれば、最初に婚約破棄されるシーンがあるので、最初だけは盛り上がりが保証される。

 だが、婚約破棄した相手に思い知らせれば、物語が終わる。

 単調に悔しがらせるだけでは、読者から直ぐに飽きられるし、それすら行わなければ、読者はストレスを感じて読まなくなる。

 編集者は作家に対して、どのように定番の展開から脱却を果たして、購読者に支持される独自路線に進ませるのか、他の作品と差別化するのかを考えさせなければならない。


 それが簡単にできれば、誰も苦労はしない。

 常人では投げ出したくなるような仕事を熟す他、出版を実現させる企画力、作家に軌道修正させるコミュニケーション能力、文字から表紙や挿絵を発注できる創造性、複数のスケジュールを組み合わせて刊行に至らせる調整力など、編集者には幅広い能力が求められる。

 そもそも編集者とは、全員が優秀なのだ。

 編集者の界隈に居ると視野が偏る事もあるだろうが、外から見れば医者の集まりにも匹敵するエリート集団である。


 祐真の担当編集者である新藤は、4月で入社4年目となる25歳だ。

 社会人としては新進気鋭で、中学3年生であった祐真の本を出版しようと考え、声掛けを行い、実現させて2巻まで繋げた。

 いつも通り要点を押さえた的確な指示に、祐真は仕事のやりやすさを感じながら、宣伝用ファイルの作成作業に入った。


「まずは書影のファイルをダウンロードしてと」


 祐真が受け取った書影は、宣伝用に使って良い書籍版の表紙画像だ。

 それをTwitterに上げたり、小説投稿サイトに画像として貼ったりして、作家自身が宣伝を行うために使う。

 送られた画像ファイルのサイズはとても大きいので、使いたい宣伝媒体に合わせて、任意にサイズを小さくしなければならない。


 画像を確認した祐真は、書籍の表紙にするためにイラストレーターが作り込んだ画像の大きさに、思わず溜息を吐いた。

 イラストレーターが描く表紙のサイズは、メガバイトの単位だ。

 それが表に出る時には、10分の1以下のサイズまで落ちており、タイトルで絵の一部も隠れてしまう。

 さらに作品が長いタイトルの場合は、イラストレーターが描いた絵の結構な割合も消える。

 祐真の小説は『転生陰陽師・賀茂一樹』で10文字だが、それでも消える部分は相応にある。


「本のタイトルが『輪廻転生した高校生陰陽師ですが、莫大な陽気があるので、魑魅魍魎が溢れる世界で無双します』だったら危なかった。表紙の絵は、大部分が消え失せていた。取扱い店様にも、怒られそう」


 その場合は、書籍版に合わせてタイトル変更の話があったかも知れない。

 祐真は常識的な字数のタイトルが入った書影を眺めて、暫く魅入った。

 今回刊行する2巻は、作中に登場する2人のヒロインのうち、1巻の表紙を飾らなかった方だ。


 主人公と共に物語を紡ぐヒロインは、複数の方が良い。

 それは主人公と1人のヒロインしか登場しなかった場合、不安や嫉妬といった物語の起伏が生まれず、単調な展開が続き、相思相愛になれば作品が終わるからだ。

 作品を長く続けたい場合、対抗馬となる2人目のヒロインは、1人目のヒロインに負けないスペックを持っているべきだ。可能であれば、作者自身が最後に結ばれるヒロインを迷うくらいの方が良い。


 2巻の表紙を飾ったヒロインの沙羅は、前鬼・後鬼という鬼神の子孫だ。前鬼は、後に日本8大天狗の1狗である大峰山前鬼坊となっており、沙羅は天狗と鬼の血を引く。

 そんな沙羅は、1巻のボスである絡新婦の妖怪に一族で挑み、壊滅させられて、彼女自身は右手と左足を失った。

 絡新婦の妖怪から沙羅達を助けた一樹は、日本に存在する伝承から傷を癒やせる妖怪を探し出して、沙羅の右手と左足を治す。その展開で、1巻は締められる。

 利き腕と片脚を失って人生を閉ざされた天狗が治されて、あるいは愛憎の深い鬼が恩義を受けて、以降に尽くす。

 沙羅は主人公の一樹に心酔しており、1人目のヒロインが相手でも絶対に引かない理由を持っている。


 イラストレーターが描いた表紙には、深い山中に両脚で立った沙羅が、三本足のカラスである八咫烏ヤタガラスに右手を伸ばしながら、楽しげに戯れている姿が描かれている。

 その姿に祐真は、感嘆の溜息を吐いた。


「花の陰影まで細かく描かれているのに、買ってくれた読者様が見られないのは、惜しいよなぁ。全部見せられたら良いのに」


 祐真は一頻ひとしきり惜しみながら、画像ファイルにある縦横の比率は変えないままに、小さくなるようにリサイズした。

 編集には専用ソフトを使っており、可能な限りのクオリティを保ちながらサイズだけを小さく調整する。

 手早くファイルを作った祐真は、それを直ぐにTwitterや小説投稿サイトには載せずに、パソコン内へと保存した。


「次はHTMLで、宣伝用のタグを作って……」


 小説投稿サイトでは、自身が刊行する小説を宣伝する事が出来る。

 祐真は自身の小説の下部に、リサイズした1巻の書影を埋め込み、そこからクリックで、小説投稿サイト内の書報という紹介ページに飛べるリンクを貼って、その部分の背景を目立つように色付けして、紹介文を載せている。

 今回は1巻の画像の隣に、2巻を並べられるようにタグを作り直した。

 タグに関しては、細かい知識を持っていなくても、ネット上にあるタグ一覧からコピー&ペーストで引用すれば良い。

 そして祐真は、ホームページを作る専用ソフトを使って、より良く編集している。


「商品の陳列にも気を遣わないと、手にとって貰えないよな」


 祐真は相応に時間を掛けて、可能な限り見栄えを良くした。そして、未だ書報のリンクを貼れないため、差し替えは行わずに作業を終える。

 作家には、他にも小説投稿サイトの書報に小説を載せるべく、申請を行う作業が残っているのだ。

 だが書報の申請は、直ぐに行ってはいけない。

 作家自身が申請すれば、すぐに審査されて、問題が無ければ1日から数日で掲載して貰えるのだが、実は早々に掲載されては困る理由がある。


 小説投稿サイトの書報に掲載される小説の書影は、作家が小説投稿サイトに提出する訳では無い。

 作家から申請を受けた小説投稿サイトが、ISBNという書籍番号を元に、通販サイトのデータベースから画像を引っ張って、自動的に反映させるシステムになっている。

 従って、作家の申請が早過ぎて、通販サイトに画像が反映されていない場合、小説投稿サイトの書報には書影が載らず、『画像はありません』と表示される事になるのだ。

 祐真は1巻を刊行した時に、それをやらかしている。


「……あれは、悲しい事件だった」


 祐真は冗談めかして言ったが、1冊目を出す新人はシステムを知る由も無いし、作家にとっては1冊目こそ影響が甚大となる。

 最初に画像が書報へ載らなかった場合、通販サイトに画像が載った後も、小説投稿サイトの書報の画像には暫く反映されないのだ。すなわち数日から1週間は、画像無しで宣伝する事になってしまう。

 時々見る画像無しは、作家の対応が早過ぎるが故に起こる悲劇だ。

 綺麗な画像があるのと、『画像がありません』と表示されているのとでは、読者の目を惹き、クリックを促す効果には、明らかな差が生じる。そして1巻の売り上げは、何巻で終わるかの目安となる。


 だから作家が書報に申請する際は、可能であれば通販サイトに画像が反映されるタイミングまで待ってから行った方が良い。

 編集者と作家の報告が遅い方が、売り上げ的には良い結果になる。

 そのため刊行する本が通販サイトに載ってしまった後でも、作家は宣伝せずに待ち続けるという事が、小説投稿サイトでは普通に起こり得る。


「Twitterだけで宣伝するより、サイトと書報でも同時に行った方が公平で効果的だから、不屈の精神で耐えろ俺、まだ宣伝には早い」


 画像を調整した祐真は、申請の文面を作った後、申請自体は行わずに作業を終えた。

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