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03話 同級生がVtuber

ランキング感謝の追加更新です!

「部長は、そっちでお願い」


 野久田が去ると、取り残された佳澄が祐真に声を掛けた。

 佳澄の短い自己紹介や、活動内容の説明時に示した積極性の乏しさから、祐真はそうなる予感がしていた。

 やる気が乏しいのであれば、部活に入らなければ良いというのは、あまり現実的では無い。

 部活に所属していたか否かは、推薦や就職にも影響する。デメリットが明白であり、所属しない選択肢は無いのだ。


 他の1年生が来れば、上手く騙すか乗せれば、押し付けられる。

 だが体験入部の初日に来なければ、今後来る可能性は低い。他の部活でも、初日の先輩達は後輩を歓迎するだろうし、それを断るのは難しいだろう。

 あまり負担を抱えたくない祐真は、部長の仕事に悩んだ末、佳澄に尋ねた。


「部長の方が、内申点は良くなると思うんだけど。俺は部室で小説を書いていれば満足だから、和泉さんが部長になったらどうだろう」

「私、忙しいから」


 祐真は、にべもなく断られた。


(……俺の方が忙しいと思うぞ)


 祐真は、4ヵ月で1冊を出している商業作家だ。

 120日で1冊を出す場合、1日1000字を書き続ける必要がある。

 それだけではなく、キャラクター表、書き下ろし小説、あとがきの作成も必要だ。出版社から送られる校正刷を直す作業もある。

 小説投稿サイトに載せる宣伝文も書かなくてはならない。小説の書影を加工して、自分の小説ページに宣伝として載せる必要もある。

 その他、様々な作業に対応するためには、最低でも1日1200字くらいは書き続けなければならないだろう。

 1200字とは、400字詰め原稿用紙3枚分ではない。

 改行や余白は字数に入らないので、枚数にすれば5枚でも足りない。

 しかも『商業誌として売れる内容で書く』と条件が付く。


 セリフの掛け合いでお茶を濁す手もあるが、地の文での描写をしなければ、物語の内容が薄くなる。

 一例として、一時期に流行った婚約破棄を用いて、視聴者である天猫と、配信者であるカスミンとの会話を描写すると、次のようになる。


 ---------------


「カスミンの配信を見るのは、今日限りですにゃ」


 それはデビュー1ヵ月目の記念配信を行うカスミンが、これからもよろしくと語った直後に投稿された。

 視聴の終了を配信者に告げるのは、非常識な行為だ。

 視聴者は、配信の視聴を強制されているわけではなく、見るか見ないかを伝える必要もない。盛り上がる配信で「見ない」と告げれば盛り下がるし、配信者も心が傷付く。

 故に非常識な行為であり、カスミンは当然ながら怒るべき立場だが、配信で激高すれば、Vtuberとしてマイナスになる。

 ショックを受けたカスミンは、暫く固まった後、徐ろに口を開いた。


「どうして、そんな酷い事を言うの」


 ここで表情に黒い影を落とせれば、冗談に昇華出来ていると見なされて、他の視聴者に与える悪影響は小さくなる。

 だが新人のカスミンには余裕が無かったのか、影を落とす操作は行われず、目元と口元だけが平坦となり、素でショックを受けている様子が察せられた。

 天猫は、自らの発言で配信者が傷付くと想像できる視聴者であり、配信者を傷つけて愉しむ愉快犯でも無かった。天猫には、どうしても伝えなければならない理由があったのだ。


「だってカスミン、無言のまま銃で敵を撃つゲームしか配信しないにゃ。同じパターンが続いて、もう流石に見飽きたにゃ」


 そう、天猫は自ら憎まれ役を買って出て、配信内容の改善を求めたのだ。


 ---------------


 これで地の文が561字、会話が96字、会話率は17%だ。

 地の文の描写を省いても、展開は概ね理解できる。

 だが、視聴終了を告げる行為の非常識さや、それでも伝えようとした意図は、地の文が無ければ描写されない。

 すると小説からは、キャラクターの心理描写が失われて、単純にセリフで説明していくだけの薄っぺらいものになってしまう。


 祐真は小説に占める会話率について、多少調べた事があった。

 会話率の平均は、一般小説が30%程、ライトノベルが32%程、ネット小説が30%台後半だ。

 ネット小説には、一人称で地の文がセリフや独白になっているものや、地の文では無いステータスが延々と書き連ねられているものもあって、実際には全体の40%近くが会話で占められる。

 一部で「ネット小説のレベルは低い、馬鹿っぽい」と言われる所以は、地の文で描写せず、セリフで誤魔化す作品の比率が多いからだ。

 それは会話率という数字で如実に表れており、全体の平均で見れば、指摘は事実だ。


 祐真は、セリフでの状況説明や、過大な会話によるページの嵩増しを好まない作家の1人だ。

 真っ当な描写を行い、そのために相応の時間も費やしている。

 小説の描写は、時間さえ費やせば、クオリティが上がる。

 だから作家にとって執筆時間は大切で、佳澄の「私、忙しいから」に対して祐真は、内心で「俺の方が忙しいと思うぞ」と不満を抱いたのだった。

 そんな祐真の不承不承な様子を見て取ったのか、佳澄は説明を足した。


「部室で作業を見られるかもしれないから先に言っておくけれど、私はVtuberとして活動しているの。最近デビューしたばかりの新人だけど、やる事は沢山あるの」


 佳澄の表情は落ち着いていたが、声には疲労を滲ませていた。


「配信前にはサムネイルを作って告知しないといけないけど、その作業で遅れたら『12分前の告知は遅い』と言われたし、ファンネームも駄目出しされたし、待機しているくせに『誰も居ない、実は居る』なんて言われたし……だから忙しいの」


 その訴えに祐真が抱いた感情は、常識的な共感では無く、反発心でもなく、コミケ会場に行ったら偶然同級生に出会ったような驚愕だった。

 お前は、なぜ此処に居る。

 そんな風に驚愕した祐真は、状況を理解すべく、思考を巡らせた。


 図書文芸部は、他の部活と比較してハードではない部活動だ。

 そのように断言すれば問題があるかもしれないが、少なくとも祐真が入部した動機は、常識的には入るべき部活で、負担を軽減するためだった。

 忙しいと自認する高校生作家も、同じく忙しいと主張するVtuberも、部活の選択は図書文芸部に成り得る。


(吹奏楽部に入って、音楽を学んでも良いと思うけどな)


 高校生がVtuberなのは珍しいが、別に法律違反などではない。

 世の中には高校生アイドルも、現役高校生で活躍していた将棋のプロも、高校生作家も存在する。

 だから高校生Vtuberが存在して、図書文芸部に入部したところで、何ら問題は無いのだ。

 高校生では少数だが、大学生であればVtuberなど珍しくも無い。


 偶然には驚いたが、おかしい事では無い。

 そのように祐真は納得しつつ、念のために確認した。


「配信だと、歌とかも歌わないといけないのか」


 問われた佳澄は、僅かに間を置いてから、困った表情で答えた。


「……そう。初配信で頑張って歌ったけど、著作権とか、使って良い音源とか調べるのは大変だったし、あんまり評価も良くなかったから、もうやりたくないかも」


 カスミンの配信には、現在1人しか残っていない。

 途中で顔を出す視聴者は数人いるものの、最初から最後まで聞いてくれる視聴者は、世界に1人だけだ。

 従って佳澄は、配信内容を言っても身バレしないと思ったのだろう。

 祐真が想像した以上に、簡単に口を割った。


(名乗られた訳じゃないけれど、これはもう確定だなぁ)


 現時点で新人であり、初配信で歌を歌い、12分前の配信告知で遅いと言われ、ファンネームを駄目出しされた。

 そして待機している視聴者に「誰も居ない(実は居る)」と言われた。

 そんなVtuberは、日本全体でも1人しか居ないだろう。

 流石に確信した祐真は、自身が視聴者であると伝える否かを迷い、やはり最初に言っておくべきだと考えた。


 それは何も知らない振りをして、部活中に活動内容の愚痴を聞き、天猫として配信を視聴し続ける事が出来ないからだ。

 祐真が視聴者として扮している天猫は、仕事では無い。

 執筆の片手間であり、ストレス軽減目的であるため、佳澄の愚痴を聞きながら、カスミンの演技を聴くなど、不可能なのだ。

 天猫として何も言わずに配信を見なくなった後、佳澄から配信者としての末路を聞かされるのもストレスとなる。

 唯一残った選択肢が、自身を視聴者『天猫』だと明かした上で、嫌がるのであれば配信を見に行かないと伝える事だった。

 天猫が去る事をカスミン自身が選択するのであれば、少なくとも去った後の愚痴は聞かされない。

 故に祐真は、自供した。


「初配信に来ていた『推しを探して3千里』さん、凄く沢山コメントしていたのに、結局は居着かなかったよなぁ」


 はたして佳澄は、漫画のように分かり易く「そうなのよ」と相槌を打ったりはしなかった。

 祐真が何を言っているのか、一瞬だけ理解できずに戸惑い、やがて『佐伯祐真=天猫』という数式を理解して、呆然と祐真を眺めた。


「そんなに驚かなくても良いだろう。登録者が100万人も居るVさんなら、同級生にもリスナーが居る。カスミンは確率が低いけど、ゼロじゃない。偶然リスナーが居ただけだ」

「そうだけど」


 大手のVtuberであれば、充分に有り得た展開だった。

 そのように指摘された佳澄は、自らの甘さが身バレに繋がった事実だけは受け入れた。

 そして精神的なショックから立ち直れないままに、弱腰で呟いた。


「どうしよう。もう、配信を続けられないかも」

「いや、俺がもう配信を見ないという手もある。その方が良いなら、そうするつもりだ」


 ギャルっぽい子狐Vtuberで配信する姿と、佳澄とのギャップが恥ずかしいのであれば、祐真が見なければ済む話だ。

 祐真自身は、あまり気にしていない。

 過激な性格のキャラクターに声を吹き込む声優が、中身は真面目で誠実な性格だとしても、そんな事は普通に有り得る話だからだ。

 だが声優はプロで、収益化していないVtuberは素人だ。

 カスミンが嫌なら仕方が無い、と、祐真は考えた次第である。


「天猫として、カスミンの配信を視聴して、部活で知らない振りをしながら、魂の話を聞き続けるのは不誠実だからな。応援し続けても良いし、もう視聴しないのでも良い。自由に選んでくれ」


 祐真の説明を受けた佳澄は、迷いを見せた。

 頷いて首を縦に振る事と、否定して首を横に振る事との中間で、ぎこちなく斜めに動かしたのだ。

 複雑怪奇な動きを見せた佳澄には、時間が必要かも知れない。

 答えを保留した佳澄を1人残して、祐真は部室を見学する事にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >一部で「ネット小説のレベルは低い、馬鹿っぽい」と言われる所以は、地の文で描写せず、セリフで誤魔化す作品の比率が多いからだ。 大いに共感 更には一人称と三人称が頻繁に切り替わるとか、最悪な…
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