28話 エピローグ
「アーカイブ、消したから」
好き好き配信の翌日、佳澄は照れた表情を浮かべながら、堂々と開き直った態度で宣言した。
何故消したのかは、佳澄の表情と態度から一目瞭然である。
従って祐真は動機を問わずに、消したタイミングについて尋ねた。
「いつ消したんだ?」
「朝、登校する前」
すなわち配信から、8時間程度での削除となる。
「それは誰も残せていないだろうな」
数十万人の視聴者を抱える配信者であれば、切り抜き師と呼ばれる動画の切り抜きを行う人達が、常時動画の録画を行っている。
切り抜き動画には高い宣伝効果があるため、切り抜きを認める配信者は多い。そして切り抜きを行う側も、それによって動画投稿サイトから収益を得られる場合があるので、職業にしている人も居る。
だが切り抜きは、収益を求める層ないし熱心なファンが行う行為だ。
好き好き配信前、カスミンのチャンネル登録者数は126人だった上に、その半数は初見から数日の間に訪れた視聴者だった。その中には、収益を求める層も、熱心になったファンも、未だ居なかったと思われる。
太もも配信でふと思い立ち、なんとなく動画の保存を行った祐真くらいしか、配信動画を撮っていないだろう。
その件に関して祐真は口を固く閉ざしながら、再確認した。
「非公開とか、限定公開じゃなくて、消したのか」
「うん。Twitterの呟きも消したから、もうネットに無いから」
証拠隠滅は、ほぼ完璧らしかった。
動画投稿サイトの動画は、公開、限定公開、非公開、削除を選択できる。
公開は、世界の誰もが自由に動画を見られる。
限定公開は、アドレスを知っている人だけが見られる。
非公開は、投稿者が招待して共有した人だけが見られる。
削除は、動画を消してしまう事だ。基本的には見られなくなる。
もっとも投稿者が動画を削除しても、海外でアーカイブが自動保存される場合もある。投稿者が消したと思っても、ネット上に情報が残されており、相手には日本の国内法が通じないので、公開には注意を要する。
カスミンの場合は、元々の視聴者がとても少ない上に、初のアーカイブとリンクの削除であり、消すのも早かったので大丈夫だろうが。
祐真は削除を了解した上で、アドバイスした。
「消した事だけは、Twitterで報告した方が良いんじゃないか」
「説明しないといけないかな」
「説明しなければ、聞かれると思うぞ。だったら先手を打って『ええと、昨日のアーカイブは、恥ずかしいので消しましたー。皆の記憶の中だけに、留めて下さいねー』とか、呟いておけば、それ以上は突っ込まれないだろ」
祐真がカスミンの声を少し真似て言うと、佳澄は苦笑しながらスマホを操作し始めた。
『昨日のアーカイブ、恥ずかしいから消しましたー。みんなの記憶の中だけに残して下さいねー』
やがてカスミンの呟きが投稿されると、数件の『いいね』と共に、返信が届いた。
『すごく良かったので、復活希望です!』
予想通りのコメントが付いたが、この程度であれば優しい方だろう。
ガチ恋勢と呼ばれる熱心なファンが付いていれば、もっと熱く語られていたかもしれない。
祐真が余裕そうな表情を見せていると、佳澄が不思議そうに尋ねた。
「祐君は、惜しくないんだ?」
「…………ん?」
カスミンが呼ぶ「天猫さん」から、昨夜の「祐君」に呼び方が変わった事と合わせて不意打ちを受けた祐真は、回答に逡巡した後、わざとらしく聞き返すという悪手を採った。
惜しいと言っておけば、あるいは残念そうな表情を見せながら残念では無いと言っておけば、違和感を抱かれなかっただろう。
あれだけ協力しておきながら、態度として全く惜しいと思っておらず、余裕そうな表情を浮かべる祐真に対して、佳澄はたっぷりと沈黙の時間を取りながら、祐真の様子を観察した。
そして佳澄は、決定打を放った。
「録画していたんだ?」
それは確信を以て問うた言葉では無かった。
むしろ疑惑を確かめるために、祐真の反応を確認する目的で行われた質問だった。
祐真は、それなりに言葉を大切にしている。
従って、言い回しで意図的に誤解を与える事はあっても、悪では無い相手に正面から堂々と全くの嘘を吐いて、平然とできる性格では無かった。
『沈黙すれば嘘を吐いた事にはならず、肯定しない限り有罪も確定しない』
そう思っていた時期が、祐真にもあった。
そして本日、その考え方は、真っ向から否定された。
「消して?」
表情から笑みを消した佳澄が、短い言葉に大きな圧力を乗せて、祐真に直接飛ばしてきた。
祐真は生唾を呑み込みながら、正論で抵抗を試みる。
「カスミンの動画は、切り抜きOKだったよな。つまり録画行為は、著作権者が認めていた行為だ。ああ、勿論載せないぞ。だけど法の遡及適応は出来ないし、私的に聞くのは著作権法に反しない」
「消して?」
正論は、全く無意味だった。
祐真は抵抗を試みながら、なぜ自分が抵抗しているのかを自己分析した。
自分もかなり苦労したから、それが消えるのが嫌なのか。
それとも小説で、一樹と蒼依や沙羅との会話のネタに出来るからか。そんな事をすれば、佳澄に物凄く怒られそうだが。
答えが出なかった祐真は、佳澄が許してくれて、何とか消さずに済む言い訳を何とか取り繕おうとした。
「あれは、二人だけの間で、残しておこう」
咄嗟に何を口走ったのか、言った張本人の祐真も分かっていなかった。
言われた佳澄は、配信内容を思い出したのか、頬を赤く染めながら無言で両手を振り上げ、祐真の胸にドンと振り下ろした。
小柄な女子の本気では無い攻撃で、男子高校生がダメージを受ける事は無い。消せという要求が止まったので、これで良いかと、祐真は思考を放棄した。
沈黙が流れる中、小さな物音がガタンと響いて、祐真は部室の入り口に振り返った。
「おっと、またお邪魔してしまったようだね」
祐真の視線の先に居たのは、部長の野久田だった。
そして野久田の視線の先には、二人きりの部室で、頬を染めながら両手を押し当てる女子高生と、それを受け止める男子高生がいる。
「いやいや、失敬、失敬。はっはっは、どうぞごゆっくり。鍵は、よろしく」
そうなるだろう。
祐真が逆の立場でも、気まずくて、とても一緒に居られないに違いない。
完全に誤解だが、祐真は否定も出来ずに、颯爽と去って行く野久田を静かに見送った。
『沈黙すれば嘘を吐いた事にはならず、肯定しない限り有罪も確定しない』
但し、沈黙によって誤解を受ける事もある。
作家として、また1つ勉強になった祐真だった。
・あとがき
本作をお読み頂きありがとうございました。
結論まで1巻分と長かったですが、
ちゃんと2人がイチャラブしましたので、
現実恋愛ジャンルで、お願いします(;゜∀゜)
最初から甘々の方が良いとアドバイスを頂戴しました。
今回の教訓は、次作以降の参考にさせて頂きます。
最後までお読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
























