25話 初投げ銭?
「気分転換に、駅前のクレープ屋にでも行かないか。俺からリクエストした事だし、投げ銭代わりに奢りたいんだけど」
祐真が奢ると伝えたのは、太もも配信と献本とを無関係にしたかったからだ。そのため、リクエストと投げ銭代わりの奢りを挙げて、一気にまくし立てたのである。
はたして佳澄は、目を輝かせながら、祐真の想像以上に嬉しそうな表情を浮かべていた。
「投げ銭なんだ?」
尋ねた声が、弾むような躍動感に満ちている。
それを聞いた祐真は、Vtuberが初めて受け取る投げ銭が、一体どれくらい嬉しいものなのかと考えた。
(もしかすると初のアルバイト代とか、社会人が初任給を受け取ったのと同じくらいなのかな)
高校1年生の祐真も、1巻を刊行した印税は1月に振り込まれており、アルバイト代ないし初任給にあたるものは、受け取った経験がある。
お小遣いやお年玉のように単純に誰かから貰ったお金ではなく、自分で働いた労働対価であり、そのお金には苦労した分の重みがあった。
それは執筆するための新しいパソコンや、執筆中に座る椅子などに代わっていったが、祐真の手元で満足感を与えてくれている。
それを思い返した祐真は、クレープだけだと悪いような気がした。
「クレープは食べたら終わりだから、もう一つ、何か形に残る物を渡して良いか。初投げ銭だしな」
「……それは、良いのかな」
祐真が追加の投げ銭を口にすると、佳澄は逡巡する様子を見せた。
何を贈られるのか想像が付かずに、金額が不明で戸惑ったのだろうと考えた祐真は、遠慮しなくて良いと伝える意図を以て話した。
「天猫とカスミンって、もう1ヵ月以上の付き合いだろう。付き合ってきた時間も長いし、その感謝の気持ちを込めて」
素直に照れた表情を浮かべる佳澄に向かって、祐真は付け加えた。
「それにカナエさんの配信にも、赤のコメントを送ったりするから」
微笑みが凍り付いて、一瞬で冷気が放たれた。
祐真は形に残る物を送ろうと思い立っており、安物ではない方が良いのかも知れないと考えて言った。だが安物であろうと、思い出として良ければ、本人にとっての価値は高額な品を上回ったかも知れない。
つまり安物を避けたいという意図は達成されたが、本来の目的である『初投げ銭代わりとなる思い出の品を贈る』という目的に照らした場合、余計な一言だったと考えられる。
雪女に見詰められた祐真は、発した言葉を引っ込められず、しばらくの間、凍て付く波動を浴びせられた。
「どうもありがとう」
微笑を浮かべているが、笑っていない。
そんな春先に降った雹のような稀な現象に遭遇した祐真は、とりあえず高価な物で誤魔化そうと浅はかに考えて、やはり良くないと考えて素直に謝る事にした。
一度深呼吸して、気持ちを切り替えた後に謝罪の弁を述べる。
「悪かった。初投げ銭の記念品になるから、安物じゃない方が良いと思ったけど、遠慮しそうな様子だったから、そんな事はしなくて良いと伝えたくて、言い方を間違えた。ちゃんと贈りたい」
「…………許してあげる。以降、気を付けるように」
機嫌を直した佳澄は、春の陽光くらい穏やかな表情に戻って、祐真を促した。
「それじゃあ行こう。何を買ってくれるのかな」
微妙にハードルを上げられた祐真は、死刑執行前の囚人が歩かされているかのような気持ちに浸りながら、佳澄と共に駅前へと赴いた。
「辛うじてセーフだったね。生き延びたね……ありがと」
言葉の割には嬉しそうな声色の佳澄は、首から下げられたネックレスを満足そうに眺めていた。
選択したネックレスには、天猫とカスミンの絆という意味を込めている。
理由付けと、それを祐真が必死に考えた事が良かったらしく、佳澄は余計だった一言を水に流したらしくあった。
金額的には赤のコメントに満たないが、祐真の予想通り、そういう問題では無かったらしい。佳澄は金額には拘らず、お洒落なハート型のシルバーネックレスを選んだ。
「どういたしまして」
実刑を免れた祐真は、ようやく安堵して周囲を見渡す余裕を得た。
駅前に出店しているクレープ屋は、駅前のオープンテラスを使える。あるいは駅側が、意図的に軽食店を出店させたのかも知れない。
石畳が敷き詰められたオープンテラスには、クレープ屋が並べたテーブルが16個配置されており、椅子はその4倍ほど並んでいる。
その周囲には駅が整備している観葉植物が生えており、ビルに囲まれた駅周辺では憩いの場となっている。
おかげで学校が放課後になり、かつ企業が終業していない平日の夕方前には、オープンテラスに複数の学校の中高生達が集うようになった。
祐真と佳澄も、クレープ屋が大量に並べたテーブルの1つを占拠しており、クレープを啄むように、小口で少しずつ食べている。
祐真はブルーベリーとチーズケーキのクレープだ。小説家は、目を大切にしなければならない……と言うのは建前で、ブルーベリーが好きなだけだ。
佳澄はイチゴとラズベリーで、「やはり女子はイチゴを選ぶのか」と、祐真を妙に感心させた。
その感心は偏見かも知れないが、もしもメニューに存在したハムチーズクレープや、ツナサラダクレープなどを佳澄が注文していたら、祐真はリアクションに困っただろう。
もちろん祐真も、「うっさい、私はツナサラダクレープを頼むんだよ!」という女子が居ても良いと思うし、むしろ小説に書いても良いとすら思うが、それはヒロインにはならない。ヒドインである。
「そういえば、他の作家さんから教えて貰った話なんだけど、作家さんにも、ナンパのダイレクトメッセージが来るんだって」
「そうなんだ?」
それを祐真に教えたのは、兼業をしている50代の男性作家だ。
但し、その男性作家は自身が出している異世界恋愛系の本に合わせて、20代女性の振りをしている。
Twitterで話す内容にも気を付けており、子供の頃に読んだ少女漫画やアニメも、全て20代女性に合わせている。読者からプレゼントで贈られた化粧品も報告して喜ぶ徹底振りだ。
そこまで完全に成り切れるからこそ、女性主人公の話を書けるのだろう。そのように祐真は納得した次第である。
そうして女性に成り切った結果、稀に男性読者から、セクハラ投稿が来るのだと祐真は教えられた。
成り切っている話をしても仕方が無いと考えた祐真は、成り切りの部分は省いて話した。
「本人は気にしていないんだけど、『困ります』って怯えた振りをすると、相手は調子に乗って『いいじゃん』って、しつこくメッセージを送ってくるんだって」
「すっごい迷惑だね」
佳澄は怒ったが、件の男性作家は『怯えた振りをすると相手が調子に乗って色々話すから面白いよ』と笑っていた。
50代男性を必死に口説く20代男性、それは確かに喜劇である。
但し、その話を聞いた女性作家からは、「あなたが調子に乗せると次の人が被害に遭いますから、キッパリと断って下さい」と苦言を呈していた。
そのような場合、どのような形で断るのが最適だろうか。
切ない恋愛物を書いている作家のTwitterに「げっへっへ」とメールを送ったナンパ師が居たとして、返信が「残念、私は50代男性です」であったなら、ナンパ師は画面の前で、30分くらいは固まるかも知れない。
ショックが大きすぎて、再起動する度にフリーズを繰り返すのだ。
(それは面白そうだけど、悔しい思いをしたナンパ師が報復で、証拠のスクショをネットに、ばらまくだろうからなぁ)
そうなると作家業に支障を来す。
だが毅然と断ったところで、ナンパ師は話など聞かない。すると結局のところ、ブロックする以外に、どうにもならないのである。
(面白そうなんだけどなぁ)
そういう4コマ漫画を書いてくれる人は居ないだろうかと妄想しながら、祐真はクレープを食べ終えた。
























