02話 高校生作家が選ぶべき部活動
「高校の部活は、どこに入部しようかな」
新入生オリエンテーションが終わった入学2日目。
真新しいブレザーに身を包んだ祐真は、配布された部活動案内の冊子を消極的に眺めた。部活動の紹介はオリエンテーションでも行われたが、そこでは入りたい部活が無かったのだ。
祐真が入学した高校には、15の運動部と、10の文化部がある。
入部案内の冊子をパラパラと捲れば、全ての部活が印刷された写真付きで、簡単に紹介されていた。
運動部は、野球、陸上競技、水泳、卓球、バスケ、バレー、テニス、ソフトテニス、ハンドボール、サッカー、バドミントン、柔道、剣道、弓道、自転車の15種類。
文化部は、吹奏楽、書道、茶華道、美術、コンピュータ経理、ESS、写真、放送新聞、JRC、図書文芸の10種類。
執筆について学べる作家部などは、もちろん存在しない。
国語のテストで満点を取れても、売れる小説が書けるとは限らない。それどころか、過去に売れた作家であろうと、新作が必ず当たるとは限らない。
だから部活があったところで、顧問や先輩も指導が出来ないのだ。
差し当たって4月中旬までは、体験入部の期間とされている。
新人作家の祐真は、自分に合う部活が何だろうかと考えた。
「運動部は、全部却下するか」
作家には、ハードな部活は難しい。
それは作家に運動の才能が無いから……ではなく、忙しくてハードな部活に身を投じる時間を捻出できないためだ。
作家は、自身が使える時間を創作活動に注いでいる。
従って作家は、作家では無い人よりも他に使える時間が少ない。
各自が平等に与えられる時間を、可能な限り創作活動に注ぎ込む作家は、そうでない人々に比べて身体能力が低くならざるを得ないのだ。
運動部を全て却下した祐真は、文化部も選別していった。
経験者が圧倒的に有利なのが、吹奏楽、書道、茶華道、美術、コンピュータ経理、ESSだ。ESSとは、英会話であるらしい。
どれほど才能がある人間でも、学ばなければ才能を十全に発揮できない。
各分野には、小学校入学前から学んできた者も居るだろう。
経験者に追い付くためには、相応の時間が必要だ。それを捻出できない祐真は、経験者が有利な全ての部活について、自身の選択対象から外した。
過去の経験が不要そうなのは、写真、放送新聞、JRC、図書文芸だ。
紹介写真に写っている部員数は少なく、人気の有無が察せられた。
放送新聞部は、放送部と新聞部が合併している。
また図書文芸部は、図書部と文芸部が合併したと記されていた。
生憎と祐真には、写真撮影の魅力がよく分かっていなかった。
そして放送新聞の記事や、JRCのボランティア活動を行う時間があれば、小説を書きたいと思った。
そんな消去法の結果として残ったのは、図書文芸部だけだった。
「本を読むのは、作家にとってプラスだから、図書文芸部にするか」
入れない部活動を削った結果として残った消極的な選択について、祐真は物事の見方を変えるプラス思考で肯定した。
商業出版される小説には、読者に読ませる工夫が詰め込まれている。
その中でも特に重要なのが、冒頭の数行だ。冒頭の数行で本の世界に引き込めれば成功で、それが出来れば優れた作家と言える。
1つ例を挙げるならば、夏目漱石の『吾輩は猫である』だ。
なぜ猫なのか、なぜ猫が話すのか、お前は一体何をしているのだ、と、読者は疑問が百出して、読む手を止められなくなる。
小説投稿サイトでも、「冒頭に一番気を使え」と言われており、祐真も自身の小説では冒頭に注力した。
『お前は、人違いで地獄に墜ちた』
それが祐真の小説の一行目だ。
何故そうなったのか、誰が言っているのか、冤罪の判明後はどうなるのか。
もちろん作中では、直ぐに説明が行われる。
主人公は、極悪な監禁強姦殺人犯と揉み合いになり、崖からもつれ合うように落ちて死んだ。
そして損壊した死体が混ざり、魂の取り違えがあった。
堕とされた地獄で穢れを浴び続けた主人公は、輪廻転生の輪で魂を浄化するために転生する。その際に穢れを抑え込める莫大な陽気を与えられ、来世だけの記憶も残された。
そして転生したのは、少し異なる世界線だった。
魑魅魍魎が跋扈する日本で、主人公・賀茂一樹は、高校生陰陽師として活躍する。
それがプロローグの概要で、1500字程度に纏められている。
簡潔で分かり易くしなければ、読んで貰えない。
物語の出だしは大切なのだ。
1話では、牛鬼を調伏するが、牛鬼の伝承には『生まれて間もない頃に人間に助けられた牛鬼が、人に災いを為す悪霊を祓って、その後は神霊としてツバキの根に宿った』というものもある。
調伏した牛鬼は良い妖怪で、本当の敵は牛鬼を排除しようとした依頼人の老婆……山姥だった。
だが冤罪で地獄に堕とされた主人公は、依頼人の一方的な話を疑っていた。調伏した牛鬼は式神にしており、その牛鬼と共に、山姥と対決する。
物語では、早々に主人公を印象付けなければならない。
また商業小説では、主人公の相方やヒロインは、早々に出すべきだ。
そのため1話には、式神である牛鬼の他に、依頼主である山姥の孫……悲しい生い立ちのヒロインも登場している。
新人作家の祐真でも、このように考えて書いている。
だから図書館に並ぶ数多の小説には、作家達の創意工夫が沢山詰め込まれているのだ、と、祐真は考える。
入部先を決めた祐真は、放課後に図書室へと向かった。
通り過ぎる放課後の教室や、窓から見える広いグラウンドでは、部活動に勤しむ先輩や、見学の同級生が多数見えた。
やはり部活動の花形は、大会など輝ける大舞台がある部活動なのだろう。視界に映る生徒達は、活気と躍動感に満ち溢れていた。
祐真が暫く歩くと、やがて図書室の入り口が見えてきた。
その先には、1年生を表わす赤いリボンのブレザーを着た女子が1人だけ座っており、向かいには資料を手にした男が座るところだった。
ブレザーに3年生の学年章を付けた男は、祐真の姿を見て笑顔を向けた。
「もう1人来てくれたか。これで次の部長と副部長が確保出来た。いやぁ、嬉しいねぇ!」
不穏な言葉を耳にした祐真は、今すぐ回れ右して、教室に引き返したい気持ちを辛うじて抑え込んだ。何しろ他には、入れそうな部活が無いのだ。
祐真は渋々と、捕食者の待ち構える図書室に踏み入った。
「図書文芸部の見学に来ました。1年2組の佐伯祐真です」
「ようこそ図書文芸部へ。これから説明を始めようとしていたんだよ」
促された祐真は、軽く頭を下げて席に座った。
すると祐真の自己紹介に続くように、同じ1年の女子が先輩に挨拶した。
「1年2組の和泉、佳澄です」
その声色とイントネーションに、祐真はとても聞き覚えがあった。
このところ毎日聴く、『カスミン』こと『紺野カスミ』も、紺野の後に一拍おいて、「カスミです」と、上がり調子で言い切っている。
(……いや、まさかな)
ギャルっぽい金髪に、耳と尻尾を生やした子狐VTuberである『紺野カスミ』と比べると、『和泉佳澄』は真逆の雰囲気を持つ少女だ。
黒髪ロングのストレートに、やや垂れ目の童顔で、内気で大人しそうな印象を受ける。
狐耳と尻尾を付けて賑やかに騒ぐギャルには、到底見えない。
両者の差異に、祐真は確信に至らない疑念を心の内に仕舞い込んだ。
「僕は部長の野久田だ。それでは説明しようか」
野久田は、図書室の机に並べた資料を基に、部活の内容を説明した。
図書部は、図書室に入れる本の推薦文作成、図書広報誌の発行、図書貸し出しカードの発行と記載が活動内容になる。
広報誌の大半は書籍案内で、部員が本の紹介を行う。
小中学校に存在する図書委員の仕事が、図書部員に押し付けられたのでは無いかと疑う内容だ、と、祐真は感じた。
文芸部は、その人の力量や嗜好に沿った創作が主になる。
創作に指定は無く、過去の文芸部員は絵本、本の栞、そして手の込んだ同人誌のような文芸部誌も出している。
「これは3月に卒業した先輩達の創作物だよ」
野久田が見せた同人誌は、表紙の絵が背景までキッチリと書き込まれた線画だった。
オリジナルキャラクターと思わしき、大正時代の和服を着た女性が馬車に乗り、両手で本を抱えながら、車窓から見える帝都の街並みを眺めている。
ページを捲った中身は漫画では無く、文字で埋められていた。
「東京府女子師範学校に入った女性が、希望する教職の道と、両親に期待される支援者子息との結婚の間で、葛藤する内容だそうだよ」
「凄いですね」
図書部で呆れていた祐真は、文芸部のレベルの高さに驚いた。
テレビでも取り上げられる有名な同人誌イベントの花形ジャンルではないが、手元の本も立派なオリジナルの同人誌の1つだ。
感心した様子を見せる祐真に対して、野久田は満足げに頷いた。
「文芸部の創作活動は、絵でも小説でも、その他の何を作っても良いよ。図書部の活動は、司書さんが席を外す時に、お手伝い感覚で良いかな」
部活の内容を説明した野久田は、次いで部活のアピールポイントを挙げた。
図書文芸部は、図書室を使い放題の上、図書室から繋がった部屋が部室として与えられている。
「部室になった部屋は、元々は持ち出し禁止の資料とか、希少な本を入れていた資料室だったんだ。それが無くなったから、お下がりで貰えたんだ」
「はぁ、なるほど」
野久田が説明した元資料室は、教室の半分程度の広さがあった。
そこには部活動を目的としたパソコンや、多機能プリンタも設置されており、インターネットにも繋がっている。
「広報誌以外はノルマも無いし、自分の好きな創作活動をして良いからね。それで、入部届は書いてくれるかな」
「分かりました」
想像よりも整った環境で、中々の好条件だと感心した祐真は、その場で入部届にクラスと名前を書いて、野久田に渡した。
佳澄も納得したらしく、同様に入部届を書いて、満足そうな笑みを浮かべる野久田に差し出した。
「それで部員の先輩は、どれくらい居るんですか?」
立派な同人誌も作るくらいだから、それなりに部員も居るのではないか。
そんな祐真の予想に反して、野久田の回答は渋いものだった。
「3年生が2人、2年生が3人。このうち4人は、4月から幽霊部員だよ」
「えっ?」
5人中4人が幽霊部員になっている。
素っ頓狂な声を上げた祐真に対して、野久田は諦観の表情で答えた。
「図書部と文芸部が合併したのは去年。顔を出さなくなった4人は、元は文芸部の女子だよ。元々の文芸部は、飲食が出来て、彼女達は部室でお喋りして、お菓子を食べて過ごしていたんだ」
そのように説明された祐真は、概ね事情を察した。
放課後に、女子だけで楽しく過ごしていた。
それが突然合併となって、今まで接点が無かった図書部の先輩の男子達と、一緒の部室に放り込まれた。
仲の良かった元3年生の先輩達も卒業してしまい、元文芸部の彼女達は、4月から来なくなったのだろう。
在学中に突然合併されるのと、最初から図書文芸部だと理解して入部するのとでは、納得の度合いが全く異なる。
だから祐真と、同じ1年生の佳澄を見た野久田は、『次の部長と副部長が確保出来た』と宣ったのだ。
これは大丈夫なのだろうか、と、急に不安を覚えた祐真に対して、野久田は畳み掛けた。
「部活動は、5人以上が所属していなければ合併か廃部になる」
「はぁ」
「君達の先輩の2年生3人は、部活に籍は残してくれる事になっている。だから君達が3年生になった時、後輩を3人確保すれば潰れないよ」
祐真に向かって朗らかにプレッシャーを掛けた野久田は、2枚の入部届を取り返されないように回収すると、席から素早く立ち上がった。
「入部届は出しておくから、部室内を自由に見てくれて良いよ。君達は、もう部員だしね。それと3年の引退は夏だから、それまでに次の部長と副部長も、2人の間で決めておいて」
笑顔で言い切った野久田は、図書室から脱兎の如く逃げ去っていった。