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17話 配信しない日

「今日と明日、配信しないから」


 耳かき配信を行ってチャンネル登録者を8人増やした佳澄は、その日の配信は行わない事を、部室で作業をしていた祐真に伝えた。


「了解。2日連続で頑張ったからな」


 隣の席から配信予定を聞いた祐真は、一旦作業の手を止めて返事をすると、それをTwitterに載せておくように念を押した。


「Twitterで告知しておくと良いと思うぞ。別に伝える義務は無いけど、待っている人も居るかも知れないからな」

「うん、分かった」


 頷いた佳澄は、作業を再開した祐真の隣でスマホを操作して、Twitterで配信予定を呟いた。


『今日は配信しません。ごめんね』


 それを載せると、告知を読んだ事を伝える『いいね』が直ぐに1件付いて、その数分後には2件目が付いた。

 1件目は祐真だったが、2件目は他の視聴者である。


 Vtuberの配信は、毎日行われるわけではない。

 大手企業勢のVtuberには、週休2日で、1週間に5回配信する者もいる。配信時間が約3時間で、その準備に5時間を費やすのであれば、1日8時間労働を行う普通の社会人だ。

 勿論、そこまで配信するVtuberは殆どいない。

 メンバーシップで月額料金を受け取っているVtuberでも、月に2回から4回ほどのメンバー限定配信を含めて、週2~3回ほど配信すれば「しっかりと配信している」と評価される。

 少なくとも、メンバーから抜けない視聴者達は、提供されるサービスに満足している。

 つまり資本主義における需要と供給は、成立している。

 収益化を行っていない個人勢であれば、月額料金の対価としてメンバー限定配信を行う縛りも無い。

 それでも個人勢のカスミンは丁寧に呟きを行った。


 労働時間が短くて、かつ収益が大きいのであれば、それはVtuberの労働生産性が高いだけであって、悪い訳でも、間違っている訳でも無い。

 上手く行った人間がズルいと思うのは、ただの嫉妬だ。

 自分が成功した時には、自分はズルい人間だから反省して止めようと思うだろうか。皆がそんな事をしていれば、世の中からは成功者が居なくなって、社会の発展も妨げられる。


「Vtuberが楽で儲かるって言う人がいるけど、誰でも参入できるから、ズルいと思えば参入すれば良いんだよな」

「うん。きっと儲からないと思うけど」


 実体験している佳澄は、淡々と答えた。

 Vtuberに参入したからと言って、成功するとは限らない。

 もしも現実の異性を相手にサービスを提供するお店であれば、生身の客に対してサービスを提供する生身の人間が必要であり、一度に数万人も相手に出来ないので、客が偏る事はないだろう。

 だがバーチャルの存在であるVtuberは、一度に何十万人でも同時視聴が出来て、声ならぬ視聴者のコメントは届き、赤色のコメントを打てばVtuberも反応する。

 そして1人のVtuberに、何十万人もの視聴者が集中すれば、その分だけ他のVtuberには客が来なくなって、格差が生まれる。

 新たな事業は、先行者利益が大きいのだ。


 先行者利益とは、Vtuberのように『今まで存在しなかったものを生み出して市場を開拓して、ライバルが存在しないうちに市場を独占して大きな利益を得る事』だ。

 先行者は新しい道の開拓が必要で、前例が存在しないために暗中模索しなければならず、何事においても失敗するリスクが大きくなる。そしてリスクが大きい分だけ、成功した時の見返りも大きくなる。

 そんな先行者が確保した市場では、後発者は先行者よりも良いサービスを提供しなければ、既に先行者に付いている客を引き抜けない。


『後発企業がVtuberに参入しては、次々と失敗していくのは、先行者よりも良いサービスを提供しなければならない事を分かっていないからだ』


 これほど単純な理屈が、どうして新規参入を試みる大企業には、分からないのか。参入失敗の話を聞く度に、祐真はそう思う。

 単純に『Vtuber儲かっているらしいから、自分達もやってみる』では、失敗するに決まっているのだ。

 企業が事業として参入して成功したいのなら、次の事はすべきだ。

 そもそも多くの視聴者は配信者を見たいのであって、営利を求める企業の影は見たくない。それを目にすると、見ている夢が壊れてしまう。だから企業は表で出しゃばらず、Vtuberの裏方に徹する方が良い。

 そして豊富な資金力を活かして、配信に向いた歌唱力や演奏能力が高くて、声が良くて、演技が上手く、サブカルチャーの知識が豊富で、話が上手い人をスカウトして確保する。

 祐真が考えるVtuberに向いた人は、実績はあるが外見にお金を掛けられない個人の配信者だ。動画投稿サイトに沢山居るので、その中から声が可愛くて、歌が上手くて、雑談が出来る人をスカウトすれば良い。

 実績がある個人配信者の次が、声優になる。声優学校の在校生、事務所預りの新人、なんなら本職でも、大企業であれば選り取り見取りだろう。


「声優さんって、元々声が良い人が志望するだけじゃなくて、本格的なボイストレーニングをして、演技もして、サブカルチャーの知識も豊富で、ピアノをやっていたりするから、Vtuberに向いているよな」


 声優は、配信に向いた歌唱力や演奏能力が高くて、声が良くて、演技が上手く、サブカルチャーの知識が豊富で、話が上手い人達の集団だ。

 Vtuberをアニメと考えれば、声を当てるのは適任だろう。

 何しろ日本で最初のVtuberが声優であるし、相当後発でありながら、2年間でチャンネル登録者数が10万人を超えた、最大手ではない企業所属の声優Vtuberも居る。

 声優は、テレビの人気タレントとは異なり収入も低いので、プロでもアルバイトを兼ねている人達が沢山居る。

 大企業が提示する条件が、アルバイト代よりも高ければ、応じるだろう。そして事業として参入する大企業側が、出演者にアルバイト代すら出せない事も有り得ない。


「どうしてそんな風に思ったの?」

「俺がTwitterをフォローしているVさん、カスミンを含めて8人いるんだけど、音楽系とASMR系、1人ずつは声優さんなんだよ」


 大企業から依頼された声を当てる仕事であれば、声優や声優志望者は、契約内容がまともであれば喜んで引き受けるだろう。なぜなら、声の仕事こそが自身の選択した進路だからだ。

 だが祐真が登録する声優のVtuberは、いずれも個人勢だ。

 日本で最初のVtuberは声優で、企業が声優を使う前例は有るどころか、むしろそれが原点ですらある。それにも関わらず、失敗する後発組は本職を使わないか、使っても全く活かせていない。


「ふーん、そうなんだ」


 佳澄は興味なさそうな素振りで、素っ気なく応じた。


「偉い人の娘とかをゴリ押しして、爆死しているのかな」


 祐真の一人言を聞いた佳澄は、キョトンとした表情で見返した。


「時々、Vtuberのグループを作って参入する大企業があるだろう。どうして失敗するのかって思ってな」

「分からないけど、お金の使い方を間違えているとか?」

「それは、あるかも知れないな」


 企業であれば、企業名を活かした有名イラストレーターへの発注が可能だ。資金力を活かして、滑らかに動く良い姿を作り放題である。

 視聴者にとっては毎日見る絵であるから、なるべく良い絵の方が嬉しい。

 そしてTwitterでは、新人だと広報させて、丁寧にコメントを返して人格に、好印象を与え、段階を踏まえた情報公開で関心を持たせ、目を惹き付けるサムネイル等で娯楽を提供していく。

 すると安定したデビューを期待できる。

 イラストとTwitterの部分は、事前に勉強したVtuberであれば個人でも行う。

 むしろ、その部分を省いてデビューさせると、先行者利益を確保済みの企業に所属するVtuberでもない限り、失敗する未来しか見えない。


 活動開始から一定期間後、中の人の人格などにも興味を持ってもらった後は、人気配信者とのコラボを手配して、Vtuberがキャリーで引き上げられるように段取りを行う。

 個人であれば難しいが、企業が自社製品の紹介という仕事の依頼でコラボさせれば、個人では不可能なコラボも実現できる。

 それくらいやれば失敗しないし、スケールを落としたVtuber同士のコラボを含めた全ては、個人勢でも実行している人が居るくらいだ。

 個人でも出来る事を、なぜ大企業はやらずに爆死するのか。


「税金対策で損失を出したいから、わざと失敗しているのかな」


 後発の大企業が揃いも揃って『あんぽんたん』だと、日本の未来が終わってしまう。

 激しい不安に駆られた祐真は、失敗する大企業が実は有能説を提唱して、現実逃避した。

 なお後発の個人勢が、ある程度やっていけるのは、先行の視聴者を数十万人も抱えるVtuberが全てのコメントに対応できず、祐真のように発生する取りこぼしを拾えるからだ。

 そして放浪していた祐真をたまたま拾ったのが、カスミンである。

 後発の個人勢は、先行者達が何らかの理由で逃がした視聴者を確保して、配信活動を続けている。


「明後日は、21時頃に配信するから。内容は決めてないけど」

「了解。視聴させて頂きます」


 丁寧な告知を受けた祐真は、自分を捕まえた配信者に答えた。

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