14話 頑張れトナカイ
子狐系Vtuber紺野カスミが、初のASMRタオル配信を行った翌日。
高校に登校した祐真は、背後から何度も視線を感じた。
(配信の感想を聞きたいんだろうなぁ)
佳澄がVtuberである事は、クラスメイトには秘密だ。
佳澄が配信者である事を打ち明ければ、クラスメイト達は見に行くだろう。評価が欲しいと言えば、『いいね』のボタンを押してくれる人間は複数いるはずだ。
だが数名の安定した視聴者と引き替えに、ネット上では身バレのリスクを負い、配信したい事が出来なくなり、言いたい事が言えなくなって、やがて活動を終了せざるを得なくなる。
それでは祐真に知られている事は、佳澄にとって大丈夫なのか。
祐真の場合は、匿名の視聴者や、単なる一般人の高校生ではなく、高校生作家・天木祐という立場がある。
作家の天木祐が、Vtuberのカスミンにおかしな事をすれば、正体と行動が世間に知られた時には、執筆を続けられなくなるリスクを負う。
それは個人勢Vtuberのカスミンよりも遥かに大きな損失であるために、単なる一般人の高校生が、面白半分の愉快犯でカスミンの身バレをするような展開は想像し難い。
(だから大丈夫だと見なしたのかな)
祐真には、佳澄がどのように身バレした事実を受け入れたのかについて、今一つ確信が持てていない。
奨学金地獄を回避するために、続けたい事。
活動を知られた原因が、自分自身にある事。
アイドルは、同級生に知られても続ける事。
知られた相手も、業界の関係者?である事。
知られていた方が、部活の作業で便利な事。
天猫を切り捨てれば、配信が困難になる事。
単純に1つの理由では無く、全ての事情を総合的に勘案した結果であろうが、佳澄は事実を受け入れた上で、配信の感想を聞きたいと思っているらしかった。
「どう評価するかなぁ。雪女の姿が見えました、なんて言えないし」
祐真は小声で呟いた。
本来、Vtuberが視聴者に感想を求めれば、好意的な評価が返って来る。
なぜなら視聴者は、自分が好きな配信者しか見ないからだ。見ている時点で、見る価値があると評価しているのと同義なのだ。
作家の祐真が自分に置き換えて考えるならば、沢山ある小説の中から、自分の投稿した小説を読んで貰えるだけでも、その分だけ評価されていると考えられる。それは執筆者にとって、本懐である。
Vtuberも、動画投稿サイトの動画に『いいね』を押されれば、『お勧め動画』として表示されるようになって、視聴者が増えて、収益化すれば安定して活動を続けられる。
だからVtuberも『いいね』が欲しいし、評価してもらいたいと思うのだ。
「とりあえず、褒めておこうかな」
視聴者がVtuberを見る理由は、数多ある。
大手企業勢の企画力を楽しみたいとか、他の視聴者と一緒に騒ぎたいと思う人も居れば、祐真のように何らかの作業音として、落ち着いて音楽やASMRを聴く人もいる。
カスミンは、視聴者のコメントをしっかりと読むので、その点に関しては大手企業に所属するVtuberよりも明らかに有利だ。
そして表には出ていないが、視聴者が要望したASMRを配信したので、視聴者の要望を取り入れて応える能力もある。
それに作業音としては、それほど悪くなかったはずだ。
少なくとも祐真は、執筆していた雪山を、しっかりと描写できた。
自分にとっては何も問題ないと思い直した祐真は、放課後の部活で、カスミンこと佳澄に高評価を送ろうと思った。
「佐伯と和泉が図書委員って、安直だよな」
祐真が佳澄への評価に思いを巡らせていると、同じ中学出身で、高校でもクラスメイトになった高橋が声を掛けてきた。
祐真は、地元の中学校から、同じく地元の高校に進学している。
そのため中学からの同級生が居ないはずもなく、数人は見知った知った顔があった。
ちなみに高橋は、日本人では3番目に多い苗字だ。祐真は高橋が3位になる毎に、流石だと冗談で宣っている。
祐真が同じ中学出身者と話すのと同様に、他校出身である和泉佳澄も、同じ中学出身の女子3人と集っている。
入学初期のグループ形成は、同じ中学出身の同性を中心として、気が合いそうなクラスメイトや同じ部活を切っ掛けとしながら、横に広がっていく感じで進んでいた。
「まあ、分かり易いしな」
入学したてで周囲の様子を窺っている段階では、誰がどのような性質を持っているか、理解できようはずもない。
現在のクラスメイト達は、揃いも揃って、借りてきた猫である。それは祐真がネット上で被るような、語尾に『にゃ』と付けながら人語を話す巫山戯た猫ではなく、見知らぬ相手を警戒する方の猫だ。
そんな人類が、皆揃って猫になった世界において、各自が自己選択した部活は、殆ど唯一の正確な判断材料となる。
クラス役員を決める際、図書文芸部に入部した祐真と佳澄を図書委員に任命したのは、常識的に考えれば、他に選択の余地が無い判断だった。
これによって祐真と佳澄は、同じ部活かつ同じ委員となっている。
「ところで高橋は、何の役員だっけ」
「体育委員だ。バスケ部に入ったら、押し付けられた」
「それは、確かに安直だ」
それでも、高校生作家に体育委員をさせるよりはマシだろう。
作家という職業の人々に対して、図書委員と体育委員を二択で選ばせたならば、大多数は図書委員になるに違いない。
むしろ現役のバスケ部員を押し退けて、体育委員になる作家が居たならば、どのような思考の結果であるのか、祐真は理由を問いたいとすら思う。
妥当な選択方法は、順当な結果に結び付いている。
その事を実感した祐真は、真っ当な高校が提供する普通の授業を終えて、ホームルーム後に部室へと向かった。
図書文芸部の部室となっている元視聴覚室の鍵は、図書管理室の鍵付き棚の中にあって、部員以外の生徒は勝手に持ち出せないようになっている。
図書管理室の司書から、ようやく部員だと認識され始めた祐真と佳澄は、鍵を借りて部室を開けると、部室に荷物を置いてパソコンを起動させた。
「どうだった?」
開口一番、主語を置き去りにした佳澄は、上目遣いで祐真を質した。
「良い配信になったと思うぞ。執筆作業の役に立って助かった」
少なくとも祐真は、嘘を吐いていない。
無言で敵を撃ち続けるだけのゲーム配信よりは良くなっているし、雪山と雪女を書く作業の役にも立っている。
アーカイブをリピートする予定は無いが、もしかすると再び雪女を書きたくなったら聞き直すかも知れない。
そして新たな視聴者が、ASMR配信としてカスミンのアーカイブを再生する可能性も開けた。
「ゲーム配信だと、初回を見ないで途中から見る可能性は低い。でも単発の新しい配信なら、見てくれる人もいるだろう。順調だと思う」
自分を信じ込ませた祐真が、自信ありげに断言すると、佳澄は小さく頷いた。
「うん。それなら良かった」
少しだけ嬉しそうな佳澄の表情を見た祐真は、急に罪悪感を覚えた。
祐真は、何も悪い事はしていない……はずである。
それにも拘わらず、まるで疑う事を知らない幼稚園児に嘘を吐いてしまったかのような、後ろめたい気持ちに陥ったのは、何故なのか。
大人が「良い子にしていたらサンタさんが来るよ」と言って、ちゃんとプレゼントを渡すのであれば、おそらく許されるだろう。
だがプレゼントにあたる新規のリスナーは、はたして本当に訪れるのか。
サンタクロースがプレゼントを届けようにも、相手は万年雪が降り積もる大雪山に住んでいる。
雪国に住むサンタクロースであろうとも、大雪山は少し辛いのではないか。
(…………頑張れトナカイ、超頑張れ)
大雪山の前に立ち竦むトナカイが脳裏に過った祐真は、内心でエールを送った。


























