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12話 ASMR配信のすゝめ

「ASMR配信が良いらしい」


 放課後の部室でパソコンを開いた祐真は、隣に座って同じくパソコンを開いた佳澄に対して、そのようにアドバイスを送った。

 ASMRとはAutonomous Sensory Meridian Responseの略である。


 Autonomous=自律的、自律性

 Sensory=感覚(知覚)の伝達

 Meridian=経絡、代謝物質

 Response=反応、感応、反響


 これを訳すと「聴覚や視覚に刺激を送り、良い反応を与える事」だろうか。

 夏目漱石が、「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳した故事に習い、作家の祐真も偉そうに、ASMRを日本語に訳してみた。

 なお比喩は用いられておらず、情緒のへったくれも無い。

 せめて、頭文字くらいは活かして訳すべきだろうかと考え直した祐真は、再翻訳を試みた。


(ASMRは『あなたは、少し、満足して、リラックスする』と訳すか)


 Aの『あなた』は、対象者が視聴者あなただからだ。

 Sの『少し』は、視聴者の問題を根本的には解決しないためだ。

 Mの『満足して』は、視聴者に満ち足りた満足感を得る。

 Rの『リラックスする』は、寛ぐ事である。


 かくしてASMRは、『あなたは、少し、満足して、リラックスする』となった。少なくとも、日本に存在する作家の1人は、そのように訳した。

 そして他の作家の先生方から、適当な事をするなとお叱りを受けそうだと思い直した祐真は、それを公言せず心の内に仕舞い込んだ。


 いずれにせよ、ASMRとは、視覚と聴覚への刺激で視聴者を癒やす事だ。

 そしてVtuberは、配信で視聴者の視覚と聴覚に刺激を与える存在であり、ASMRの相性は非常に良いと考えられる。

 Vtuberが行うASMRには、様々な種類がある。


 耳元ささやき、耳かき、耳ふぅ、耳舐め、リップでキス音、吐息、心音、咀嚼音、指かき、オイルマッサージ、泡マッサージ、タッピング、タオルごしごし、すりすり……。


 ささやきには彼氏や彼女の甘々、ヤンデレなど色々なシチュエーションがあって、Vtuberの口調や声質も個人差があって異なるために、配信内容が被っても、全く同じ配信にはならない。

 そしてお勧めとされる理由は、余程の高価な器材を用意しない限り、聞き分けられる視聴者は少なく、他のVtuberとの差が生じ難い事だ。

 その最たる配信が心音で、その優劣など誰が聞き分けられようか。


「一般的なASMR配信は、本人の技量差があまり出なくて、安定して登録者数と再生時間を稼げるらしい。あとVのアカウントで、全く接点の無いVtuberを偵察すると、相手もリアクションに困るんじゃ無いか」


 安定して再生して貰えるのは、環境音と同じだからだ。

 雨音、川のせせらぎ、水中音、風が吹く音、焚き火、鳥の鳴き声。それらは作業音として、音を気に入った視聴者からは、何回でも何時間でも再生してもらえる。

 カスミンが使っている動画投稿サイトで収益化するには、チャンネル登録者数1000人と、過去12ヵ月間の総再生時間が4000時間を超えなければならないという条件がある。

 安定して再生して貰うためには、再生して貰えるアーカイブをアップロードしておく必要がある。


「次に見に行く時は気を付けるけど、再生時間って、重要なの?」


 佳澄が疑問符を浮かべたのは、チャンネル登録者数が1000人を超えるような配信者であれば、総再生時間も達成できる事が多いからだ。


「あー、そっちは要らなかったかも」


 4000時間は、1時間の配信をのべ4000回再生されると達成できる。

 デビューしてから、1時間程度の配信が4回以内に、チャンネル登録者数1000人を達成するような場合には再生時間が不足するだろう。だがそれは、極めて稀なケースだと祐真は思い直した。

 はたして佳澄は、ASMRの知識を持っていた。

 VtuberにとってASMRは基礎知識であって、聞いた事が無いという者は殆ど居ないだろう。そして佳澄は、ASMR配信に関する問題点も知っていた。


 問題点の1つは、沢山ある動画投稿サイトの中には、未成年者が出演するASMR配信を禁止しているところもある事だ。

 これは法律で禁止されているわけでは無く、各サイトの利用規約による。幸いにして佳澄が利用しているサイトは、大丈夫なところだ。

 だがASMR配信を行えても、配信者にとってASMR配信は好ましからざる部分もある。


「ASMR配信って、コンテンツを消費されるだけで配信者個人の人気は出ないから、収益化しても投げ銭が貰えないし、クリエイター支援サイトでプランを作っても入って貰えないし、グッズ販売サイトでグッズを出しても買って貰えないって聞いたけど」


 佳澄が挙げた問題点について、祐真は否定しなかった。


「確かにASMR配信は、収益性が低い」


 癒しを届けるASMR配信中は、Vtuberが投げ銭に反応できない。

 投げ銭を行う視聴者の大半は、配信者からリアクションが返ってくる事を期待している。

 そのためリアクションを得られないと分かっているASMR配信では、投げ銭が行われないのだ。

 もしもASMR配信中に投げ銭への御礼を行えば、ASMR配信が崩れる。例えばヤンデレの囁きというASMR配信で、投げ銭が投げられて反応したら、一体どうなるのか。


『ねぇ、どうして他の女の配信に行ったの。わたしが気付かないと、思ったんでしょう。でもあなたの事、わたしはちゃんと見ているんだよ。あなたが見ているくらい、わたしもあなたの事を見ているの。ねぇ、どうして浮気したのかな。わたしは他のVtuberなんて見ないのに。ずっとサムネを作って、配信の準備をして、あなたを待っているのに。どうして浮気するのかな…………(赤色のコメント)…………○○さん、赤ありがとう!』


 投げ銭への御礼を行えば、一瞬でヤンデレの世界が崩壊する。

 そして他の視聴者への御礼の言葉を聞けば、それ以外の視聴者が瞬時に醒めてしまう。

 そのため常識的な判断力を持つ視聴者達は、世界の崩壊を避けるべく、ASMR配信中には投げ銭を行わない。


 もしも高い応用力を持つ配信者であれば、投げられた赤色のコメントもネタに昇華して、さらなる収益を上げるかも知れない。


『ねぇ、○○さんは赤くれたんだけど、あなたはどうなのかな。わたしの事、本当に大切に思っているのかな。あなたに伝えるために準備してるのに、支援してくれないのかな。もしも○○さんしか支援してくれなかったら、わたしは○○さんのためだけに配信するしかなくなっちゃうんだけど、それでも良いのかな。そんな悲しい事、あなたはしないって信じたいんだけど、今月は苦しいのかな。わたし売られちゃうのかな…………△△さん、赤ありがとう!』


 ここまでされれば、よく知らないVtuberであろうとも、祐真も思わず投げ銭を投げかねない。

 だが、どれほど応用力の高いVtuberであろうとも、耳舐めや、咀嚼音を配信している時には、流石に投げ銭には反応できないし、無理に反応しても単調な言葉にならざるを得ない。

 ASMRが中心の配信者となった場合、視聴者はASMR自体を目的とするので、配信者には興味が薄くてお金も使わず、儲からないVtuberとなってしまう。


 収益を上げる妨げとなるASMR配信は、大手企業勢では滅多に行われない。

 もしも行う場合は、投げ銭への御礼を別枠で設ける事になるが、それをするくらいであれば普通の配信を2回行った方が良いので、結局のところ避けられる。

 佳澄の懸念を認めつつも、祐真は必要性を訴えた。


「ASMRの収益性が低くても、まずは収益化まで辿り着くべきだろう」


 そもそもの問題として、収益を上げるには、収益化しなければならない。

 佳澄が登録する動画投稿サイトで収益化が通らない配信者であれば、クリエイター支援サイトでプランを作ったり、グッズ販売を行ったりしても、売り上げはたかが知れている。

 まずは最低ラインに達する事だと告げられた佳澄は、祐真の言い分には納得しつつも、さらなる懸念を表出した。


「ASMR配信って、エッチなのを期待する人も多いって聞いたけど」


 やや垂れ目で、内気そうな雰囲気を持つ童顔少女が、上目遣いで問うた。それに対して問われた祐真は、咄嗟に反論できずに固まった。

 耳かきや、タオルでごしごしとするのは健全そのものだが、耳舐めやキス音は、どう解釈されるだろうか。

 ASMRは健全からグレーゾーンまで幅広く存在しており、グレーゾーンを期待した視聴者が来ないとは限らない。


「ASMR配信には、確かにエッチなのも存在する」

「……見たんだ?」


 祐真が認めると、佳澄はジト目で祐真を見詰めた。

 それに対する祐真は、沈黙を保った。

 沈黙すれば嘘を吐いた事にはならず、肯定しない限り有罪も確定しない。沈黙では無く「記憶にございません」というのは、権力者が権力を後ろ盾に行う開き直りなので、単なる一般人は止めた方が良い。


 なお風の噂によれば、世の中には検閲を逃れたVtuberの完全にアウトな配信のアーカイブもあるらしい。

 機械的な検閲を回避する方法はいくつかあって、一部配信者と検閲システムとの間では、水面下での戦いが日々繰り広げられている。

 祐真は決して、誰が見たとは言わないが。

 沈黙こそが正解なのである。


「タオル配信と耳かき、やってみる」

「そうか。それなら検索して貰えるタグを沢山貼って、少しでも人が来る機会を増やすと良いらしいぞ」


 健全ASMRを選択した佳澄に向かって、祐真は健全にエールを送った。

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