11話 祐真とカナエ
高校生作家である佐伯祐真は、かつてアカウント管理が甘かった。
中学2年生で小説投稿サイトに投稿を初めて、その頃にTwitterとGoogleのアカウントも取得した。
そして中学3年生の7月に書籍化の打診を貰い、半年後の1月に1巻を刊行している。
デビューする以前は、全てのアカウント名がペンネームの『天木祐』と同一であったが、本名とは異なるから全く問題ないと考えていた。
弾き語りの配信者であるシマフクロウVtuber祈理カナエのチャンネルに辿り着いたのは、中学3年生の12月。
書籍の発売前であり、かつ受験でストレスを抱えていた祐真は、昼の視聴者との雑談配信でカナエに中学3年生だと話して、受験しないといけないが出来ないと愚痴った。
その際、中学3年の12月というコメントに対して、昼の雑談枠でケモノ度20%のフクロウと戯れていた視聴者達も乗ってきた。
『中3の12月、それは勉強すべき。むしろ他に優先するものは無い』
『勉強は大事だぞ。いやマジで』
『今すぐパソコンを窓から投げ捨てて、参考書と問題集を開くんだ』
人生の先輩達からの有り難いコメントに対して、祐真は若干苛立った。
それは自己選択の結果ではあるが、受験を捨てて書籍化への道へと進んだ事に対する不安とストレスが大きかったからだ。
祐真は視聴者数が10人程度である事を確認して、自分の小説の宣伝になるから別に良いかと考えて、説明をした。
『ネットに投稿していた小説が、出版されるんです。来月に1巻が出ます。だから受験より、そっちを選びました』
そのコメントに対して、コメントで信じた人間は居なかった。
生暖かい目をされて『良かったねぇ』や、『大変だねぇ。ところで……』とコメントされて、流されて話題が変えられていくのを見た祐真は、書籍化する小説のタグに『祈理カナエ』『昼の雑談配信』『今見ています』と設定して、アドレスを貼ったのだ。
小説が刊行する事は既に発表されており、通販サイトの商品紹介ページにも載っていた。
貼られたリンクを確認した視聴者達は、やがてざわついた。
『マジか、マジですか、マジでした』
『中学生の作家なんて実在するのか』
『深呼吸をしてみた…………YABEE!?』
先程とは打って変わって驚く視聴者に祐真は満足したが、コメントが乱れた事に対しては途端に申し訳なく思った。
結局のところ受験と書籍化は自分の問題であって、誰かに話しても解決するものでは無く、既に選択したからには、自分で心の折り合いを付けるしか無い。
それが分かった祐真は謝罪した。
『コメント欄が乱れるような事を言って、すみませんでした』
祐真の謝罪に対して、雑談していた視聴者達は、大らかに許した。
『書籍化するなら優先順位も変わるわ。人生も変わるわ』
『それは激しく迷う。俺が書籍化する事は1200%無いけどw』
『よし、分かった。サインプリーズ』
視聴者達がチャットを続ける間、配信者のカナエは沈黙していたが、それは祐真のTwitterにメッセージを送っていたからだった。
『天木祐君、Twitterにメッセージ送ったけど、確認出来る?』
『……はい。届いたのを見ました』
声を掛けたカナエに、祐真が配信のチャットで返信すると、カナエは配信の終了を告げた。
『皆、今日はここまでにしますね。今日も沢山話してくれて、ありがとうございました。アーカイブは残さないけど、ごめんね。今日の配信を切り抜きしたら駄目だよ。それじゃあ、おしまい。天木祐君は、ちょっとお姉さんと、OHANASHIね』
カナエのOHANASHIという強めの口調に色々と察した視聴者達が念仏を唱える中、カナエの配信は終了した。
そして祐真はカナエから個別のやり取りでアドバイスをされて、視聴用のサブアカウントを作るように指導された結果、天猫というキャラクターを作って気分転換で使うようになった。
当時中学生であり、行動が危うかった祐真に対してカナエは教育の必要性を感じたのか、Discordで連絡体制を作って、連絡を取るようになった。
もっとも祐真は、一度指導された後は特にやらかしていない……と、思っている。
その後に叱られたのは、赤いコメントを送った時だが、自分で原稿を書いて稼いだ印税だからと押し通した。
祐真が自身を作家だと主張して、作家としての意識を持つようになったのは、カナエに投げ銭で支援したくて言い張っている面が少なからずある。
カナエとは1巻を刊行した時、高校に合格した時、2巻が出ると決まった時などに報告を入れて、カナエからは褒められて、ちょっとした雑談も行っている関係だった。
『子狐ちゃん、今日はどうして来ていたのかな?』
今回のカナエから送られてきたダイレクトメッセージには、どう答えるべきだろうか。
祐真は迷った結果として、子狐Vtuberの紺野カスミが、祈理カナエの配信を見て参考にしようとしたのだと伝える事にした。
『配信の勉強だそうです』
『それはどうやって相談されたのかな。ちゃんと言ってくれたら、それを踏まえたアドバイスが出来るし、正直に話してくれたら、お姉ちゃんも怒らないよ』
どのように言い訳しようかと考えて手を止めた祐真に対して、カナエは先手を打って追加のチャットを送った。
『あっ、エゴサはしているからね。子狐ちゃんのアーカイブに打ち込まれた天木君のコメントは、再生は飛ばしながら全部チェックしているよ。だから辻褄が合わなかったら、本当にバレるよ?』
メッセージを見た祐真は、内容に目を見張り、思わず生唾を呑み込んだ。
活動期間が短い紺野カスミは、全てのアーカイブを残している。そして配信内でコメントを打つのは大半が祐で、総数は然程多くない。
だから1動画につき数分もあればチェックできるし、祐真がコメントを打つ配信者は3人しか居ないので確認は難しくないが、まさか全てをチェックしているとは思わなかった。
配信の中でカスミンは、祐真とTwitterなどでやり取りしようとは発言していない。
祐真もVtuberにとって迷惑行為となるTwitterへのダイレクトメッセージを送るタイプでは無いため、天猫とカスミとの接点は、動画投稿サイト内でしか有り得ない。
だから祐真が『配信の勉強だそうです』と言った時点で、カナエの頭には疑問符が浮かんでおり、祐真に対する証拠を提示しての追求が始まっていたのだ。
既に詰んでいる事を理解した祐真は、渋々と答えた。
『秘密厳守でお願いします』
祐真からバラした時に、祐真の秘密を守ってくれたカナエに対して、言う事では無いかもしれない。
だがカスミンこと和泉佳澄の件は、祐真が勝手に言ってはいけない事であり、祐真は敢えてカナエに頼んだのだ。
『勿論、大丈夫だよ。それで、どうやって相談されたの?』
『リアルの知り合いです』
リアルの知り合いであるだけであれば、従兄妹である可能性もあって、居住地や年齢も特定されない。
そのため辛うじて、祐真の良心の呵責に耐えた。
それに対するカナエの確認は、容赦の無いものだった。
『リアルの知り合いね。でもTwitterでは、完全に知らない人へのコメントだったし、初配信のコメントも始めましてで、色んな事も知らなくて聞いていたよね』
カナエの辞書には、一部のライトノベルに存在するご都合主義は、記されていないらしくあった。
呻き声を上げた祐真は、やがて誤魔化す事を断念して白状した。
『4月に高校に入学して、その時に知り合ったリアルの知り合いです。先にネットで出会って、それで気付きました。同級生で、同じ図書文芸部でした』
『ようやく納得できたよ。最初から素直に言ってくれた方が良かったなぁ。天木君、お姉さんの事を信じてないの?』
カナエに拗ねられた祐は、力尽きてコメントを打つ手が止まりかけ、問われた内容に返事をしない事は拙いと思い直して、気力を振り絞って返答した。
『自分では無い人の個人情報を出す事を躊躇いました』
それは、かつてカナエ自身が祐真に指導した、個人情報の取扱いに対する危機意識が根付いている事を示すものだった。
同時に他人の情報でもあって、簡単に情報を出さなかった事は、一般的には責められるべきでは無い。
カナエは納得して、祐真が情報を渋った事を認めた。
『うん、分かったよ。それなら仕方が無いね。それじゃあ、適切なアドバイスをするね。子狐ちゃんが挽回できる配信、それはASMRだよ』