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01話 高校生作家とVTuber

・毎日18時に投稿します


『発売は4月中旬の予定です。後は、こちらで進めますので』

「ありがとうございました。よろしくお願いします」


 通話が切れたのを確認した祐真ゆうまは、小さく溜息を吐いた。

 卒業式は過ぎたが、未だ中学生の身では、社会人との会話は緊張する。

 張り詰めた緊張感を解きほぐすように、座り心地の良いゲーミングチェアにもたれ掛かった祐真は、目を瞑り、怒濤の中学生活を振り返った。


 中学生だった祐真が、小説を商業出版するに至った切っ掛けは、インターネット上にある小説投稿サイトに、自身が書いた小説を投稿した事だ。

 最初は単なる読者として、無料で読める様々な小説を読み漁っていた。


 異世界に転移して、剣と魔法で活躍するハイファンタジー。

 ゲーム世界で、婚約破棄された悪役令嬢になっての逆転劇。

 戦国時代に生まれ変わり、知識で天下統一を目指す歴史物。

 千数百年後に生まれた少年が、戦争に身を投じるSF小説。


 そこには様々な世界があり、千差万別の考え方を持つ人々が、置かれた状況で試行錯誤しながら生き抜く姿が描かれていた。

 苦悩し、努力し、創意工夫し、困難を乗り越える。

 それらの瞬間に見せる人間らしい感情は、小説を読むのでも無ければ、他人からはつまびらかには開示されない。

 だから祐真は、様々なキャラクターの人間性に惹かれた。

 怒濤の如く押し寄せる展開に心躍らせ、ここではない世界で暮らす人々の生き様に魅了された。

 そして中学2年生の夏休み、ふと自分でも書いてみようと思い立って、『転生陰陽師・賀茂一樹』というタイトルの小説を投稿したのだ。


「俺が書いた小説が、まさか書籍化するなんてなぁ」


 書籍化の打診は、中学3年生の7月に届いた。

 小説投稿サイトにログインしたところ、メッセージボックスに、『企業様からのご連絡』というタイトルのメッセージが、『運営』と赤字で記された送り主から届いていたのだ。

 おそらく10分くらいは、固まっていたのではないだろうか。

 やがて意を決した祐真がメッセージを開くと、出版社の編集者から、書籍化しませんかという声掛けが届いたと記されていたのだ。


 当時の祐真は、中学3年生の夏休みに入ったところだった。

 書籍化に関する知識は無かったが、それが今後の高校受験に大きく影響する事は、容易に想像できた。


『受験勉強をして1つ上の高校に入るか、書籍化して普通の高校に入るか』


 2つの選択肢を提示された時、中学3年生は、どちらを選ぶだろうか。

 常識的に考えれば、受験勉強を選ぶのだろうと、祐真は考える。

 それは受験に臨むのが、本来進んでいた社会に舗装された正道で、書籍化は見知らぬ森への細道だからだ。

 森の中には、何があるのか。

 書籍化の先にある世界など、少なくとも同級生は誰も知らないし、学校の教師も知らないだろう。

 周囲の誰にも聞けず、自分の受験を放り投げて進むのは、勇気では無く無謀だ。

 そのように考える祐真が選んだ道は、受験……ではなく、書籍化だった。

 書籍化を選択した理由は、それだけ小説の魅力に心惹かれていたからだ。そして祐真の父親が、受験もする事を条件に同意した結果として、現在の商業出版に至っている。


 中学3年生の夏、書き下ろしを含めた書籍化用の原稿を提出した。

 秋には、ゲラと呼ばれる印刷原稿に、赤ペンで修正作業を行った。

 冬には、小説の宣伝を行って、12月に1巻を刊行するに至った。

 放り投げた高校受験は、普通の偏差値で、普通の高校に入学した。

 エリートサラリーマンへの道は、残念ながら等価交換で消滅した。


「ついカッとなってやった。今も後悔はしていない」


 12月に1巻を刊行した祐真は、4月には2巻を刊行する予定だ。

 3月の現在は、出版社に2巻の再校ゲラを送り返しており、担当編集者から、受領した旨の連絡を貰ったところだった。

 この後の作家は、宣伝や書報掲載など、細かな仕事が残るのみだ。

 それらを想起した祐真は、ホッと一息吐いたところで、インターネットのブラウザを立ち上げた。


 祐真が最初に確認するのは、小説投稿サイトのアカウントだ。

 小説の感想欄や活動報告に寄せられたコメント、誤字報告などを確認して、必要があればその都度対応する。

 確認後は、イラストレーターや編集者のTwitter、レーベルの売り上げランキングなどをチェックしていく。

 出版社は、どのような小説を求める傾向があるのか。

 他の作家は、どれくらい売れれば、続刊が出来るのか。

 どのように作品を宣伝していけば良いのか。

 学校で作家の教育など受けておらず、全てを自分で模索するしか無い。


「これで仕事は終わりだな」


 日課となっている確認作業を終えた祐真は、やがて動画を見始めた。


(リフレッシュして、より良い状態で書けるようにするのも、作家としての仕事の内だ)


 そのように祐真は思っている。

 あるいは、自己弁護してサボる。

 最近のお気に入りは、通称『VTuber』と呼ばれる、仮想のキャラクターを用いて行われる配信者の動画だ。

 それはキャラクター1人で、アニメを配信しているのに近い。

 ジャンルは様々で、歌を歌ったり、ゲームをしたり、雑談をしたり、ASMRと呼ばれるストレス低減効果のある音を流したりと、VTuber次第で様々な配信が行われる。


 最初に祐真が知ったのは、大手事務所に所属する企業系VTuberだった。

 キャラクターは綺麗で、滑らかに動き、数十万人から数百万人のチャンネル登録者が居て、コメントが物凄い勢いで流れ続けた。

 自分のコメントを課金して、色付けした背景で目立たせる『投げ銭』と呼ばれるものが常時飛び交い、それ以外のコメントでも、メンバーシップと呼ばれるチャンネルの月額課金者が埋め尽くす。

 目が回るような世界だった。

 そのような配信では、企業系VTuberは無課金で非メンバーな視聴者のコメントを読めば角が立つし、そもそも読める速度でもないので、祐真が認識される事も無かった。

 祐真は、単なるテレビの視聴者感覚で眺めていたのだ。


 当初は、物珍しさで、漠然と眺めていた。

 そんな時期が過ぎると、やがて祐真は、もっと静かで落ち着ける、チャンネル登録者の少ないVTuberを探し始めた。

 そして音楽系や、ASMR配信を行うVTuberをお気に入りに登録した。

 その他には、新人VTuberを探して、デビューをチェックし始めた。


「新人は一番やる気があるから、エネルギッシュだと思ったんだよな」


 新人VTuberのエネルギーは、祐真を通して、小説のキャラクター達に活力を与える。

 だから祐真は、新人VTuberを探してみようと思った。

 そして偶然、デビュー当日だった『紺野カスミ』という、子狐を擬人化した新人VTuberを見つけて、配信を見に行った。

 だが残念ながら彼女は、祐真に活力をもたらしてはくれなかった。

 どちらかと言えば、祐真が居なければ活動が終わりそうなほど危うい『あんぽんたん』で、目を離せなくなっている。


『この後、21時から配信します』


 祐真がTwitterを開くと、新人VTuberのカスミが配信予定を告知していた。

 ちなみに現在は20時48分で、配信予定時刻まで12分しか無い。

 今日配信する事について、事前の予告があった訳では無い。

 そして、いつも21時から配信を行っている訳でも無い。


「そんな連絡で、活動を追えるか、あんぽんたん!」


 祐真は思わず声を上げて、紺野カスミにツッコミを入れた。

 登録者が30万人も居れば、そのうち1%しかTwitterを確認できなくても、3000人は見てくれる可能性がある。

 だが『紺野カスミ』のチャンネル登録者数は、50人程度だ。方程式が同じであれば、見てくれる可能性があるのは0人から1人となる。

 そして「0人か、1人か」の境目が、祐真自身になってしまった。


 そんなカスミでも、1回目の配信では、10人がコメントしていた。

 だが1回目の配信で披露した歌が大して上手くなくて、7割が去った。

 世の中には、様々なVTuberが居て、歌唱力の高い本物の声優、何枚もCDを出したセミプロ、ギターの弾き語りが出来る者も百人単位で配信している。

 それらの素晴らしい配信を聞く時間を削ってまで、大して上手くない新人VTuberの歌を聞く理由は、視聴者側には特に無い。

 さらに紺野カスミは、ネーミングセンスも悪い。初回配信の際、自分の視聴者のファンネームを『カス民』に決めていた。


『お前達は、カスな民だ!』


 そんな意図は、カスミ自身には勿論無かったのだろう。

 自分で気付かないからこそ問題で、残念でしかなかった初回配信を終えた結果、2回目の配信には3人しか残っていなかった。


 2回目の配信では、紺野カスミは難易度が高いゲームの配信を行った。

 それは銃を持って敵を倒していく対人ゲームで、紺野カスミはゲームに集中するあまり、殆ど無言配信となった。

 性格も何も分からない新人VTuberが、完全に素人の腕前で、無言で見せ所が無いゲーム配信を行えば、それを一体誰が見たいと思うだろうか。

 結果として3回目の配信には、祐真1人しか残らなかった。

 祐真が残ったのは、小説を執筆する片手間で、適当に流していたからに過ぎない。


 3回目の配信では、視聴者は祐真しか居なかった。

 配信前に待機している事をコメント欄で伝える「待機」のコメントが1つも投稿されなかった結果、紺野カスミは開始時間から3分ほど、配信を始めなかった。


 そのため祐真が、仕方が無く「誰も居ない(実は居る)」とコメントして見ている事を伝えると、紺野カスミは『良かった。誰も居なかったら始められなかったよ』と言って、ようやく配信を始めたのだ。

 祐真は配信中にも適度に相槌を打って、一方通行の独演会ではない配信を辛うじて成立させたのである。

 それどころか「カス民」を軌道修正すべく、紺野カスミに対して「カスミン」と呼び掛け続けて、「カスミン=紺野カスミ」という既成事実を作り上げた。


「……俺は、どうして残っているのだろう?」


 祐真は、4ヵ月に1冊の本を出す小説家だ。

 作家が1冊の本を出すためには、プロット、10万字程度の本編、書籍用の書き下ろし、短編、あとがき、キャラクター設定表などを作る必要がある。

 逆算すれば、最低でも1日1000字は書き続けなければならない。

 カスミンに付き合っている時間があれば、執筆すべきだ。

 だが唯一の視聴者である祐真が見捨てれば、『紺野カスミ』は配信者として、確実に終わるだろう。

 だからこそ作家で多忙な祐真は、わざわざ貴重な時間を割いて、カスミンに『付き合ってあげている』のだ。


『今度、男のVさんとコラボをしようかと思っているんですけど、天猫さんは、どう思いますか~?』


 視聴者が1人しか居ないために、リスナーさんではなく、祐真のアカウント名である『天猫』の固有名称で呼ばれてしまった。

 ちなみに天猫は、作家名『天木祐あまきゆう』を弄っている。


『女性Vさんが、男性Vさんとコラボで仲良くすると、男性リスナーは楽しく思わないんじゃないかにゃ?』


 新規の視聴者が避けないように、と、祐真がアドバイスを送る。

 するとカスミンは、配信画面に流れたコメントを確認して返答した。


『えー、そっかなぁ。仕方が無いから、コラボは止めておこうかなぁ』


 どうやらカスミンは、視聴者の祐真が他の男性とコラボする事に嫉妬した、と、解釈したらしくあった。


「俺じゃなくて、お前のために言ったんだよ。この、あんぽんたん!」


 新人作家は、文字での伝達を断念した。

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