魔太后、サッタに平伏し教えを乞う。
玉座の間の扉が開き婦人が入ってくると、勇者は一瞬ギクッっとするも即座に立ち上がり頭を下げた。
「い…いやいや奥様!こりゃさっきはどうもすみません!ちょっとね、お宅の甥御さん物分かりアレみたいだけど、まぁだいたい話つきそうですよ!ま、ちょっとね!彼生真面目なとこあるみたいだけど…」
勇者が何故か多少ばつが悪そうに丁寧なのかどうか分からない口上を婦人に向かって述べていると、婦人は突然彼の前に跪き両手を付いて平伏した。
「え?」
「えぇ!?」
思わず凍り付くハミルカルとマゴ。しかし跪かれた勇者の方は気まずそうな顔をして狼狽している。
「ちょっ!?いやいや奥様!何してるんです!?お立場があるんですからそういうのは適当にしてもらわねぇと!」
しかし、婦人の方はというと、勇者のことをまるで神でも仰ぎ見るように感極まった表情で見上げ涙を流している。
さらに、わっと一声あげると勇者の靴に縋りつきおいおいと泣き出した。
「覚者様!覚者様!有難うございます!有難うございます!この子が取り返しのつかない大罪を犯す前に救って頂きましたこと、この賤女どれだけ感謝してもしきれるものではございません!」
「お、叔母上!何を為さっているのですか!?こ、こ奴は敵ですぞ!い、いや我が軍の将兵の誰一人傷つけてはおりませんが、我が軍の進行を阻んでですね!…」
「お黙りなさい!この方は妾が祖母、大魔女シャプシュニの秘儀によって祈願し来臨いただいた偉大なる覚者様です!」
(え?あ?そうだったの?)魔王ハミルカルを叱りつける婦人と、ポカンと口をあける勇者。
「…あぁ覚者様、先ほどは賤女をお導き下さり誠にありがとうございました…御恩には幾重にも幾重にも報います故、何卒これからもこの穢れた我が身を清めて下さいまし…」
向き直った婦人は勇者を仰ぎ見て、今度はうっとりとした表情と甘えたような声で彼に懇願した。
(何だこりゃ…何だか妙なことになりやがったが…)
勇者は思わず困惑の表情を浮かべた。
そもそも彼は、人界で7人の皇帝たちの支配が及ばぬ辺境で、己が娘と僅かばかりの弟子らと共に田畑を耕して暮らしていたのだが、ある時皇帝達の使者がやってきて「貴殿に天啓が示された。いざ勇者として帝国の危急に参ぜよ。」などと言われたものだから、少しばかり魔王の軍勢を追っ払って小遣い稼ぎでもしようと思って勇者稼業をすることにしたのだった。
もちろんここまでの話の流れで分かるとおり彼は勇者などというみみっちいモノではなく、それを遥かに凌ぐ偉大な存在ではあるのだが、彼にとっては人間の皇帝や魔界の諸侯らの争いごとなど馬鹿げたことでしか無く、要は人間が勝とうが魔族が勝とうがどうでも良いのである。
しかし、いざ戦いの場に赴いてみると、人間の側は昨今…ここ300年ばかり流行りの「科学」などという得体の知れない知識と燃える石やら水を使って魔界のみならず自然界も蹂躙して廻っているし、魔族の側は魔族の側で5000年も昔の戦いで用いられた古びた呪術を掘り起こし、「魔王」などと言う生きた呪物を作って人界を焦土にしようとしているではないか。
「なんでまぁ、衆生ってのはこうも下らんことに精を出すんだろうねぇ…」
ふとそんな風に思った勇者であったが、このままではどちらかの種族が滅亡するまで戦いは終わるまい。
「ま…あんまり良いこっちゃねぇんだが…」
とりあえず魔王軍の地上侵攻を止め、生きた呪術兵器である魔王ハミルカルを放っておくわけにもいかず、彼を追って魔王城までやってきた、というのが前述までのことである。
(城に来た時に、なんでこの別嬪さんがすんなり中に入れてくれんのか考えるべきだったんだが…)
魔王城に来た時、当然苛烈な抵抗があるものだと思い「先ずは城門をぶち破って、守将の2、3人はたたっ斬らにゃしょうがねぇか」と、実のところ殺生がしたいわけでもないので多少憂鬱だったのだが…
意を決して巨大な城門を叩き割ろうと拳を振り上げると、しずしずとそれが開いて中から絶世の美女が現れたではないか。
勇者は拳に込めた必殺の気魄の行き場を無くして思わずたたらを踏んでしまったが、婦人しかも美女の前で転んでしまっては不格好なことこの上ないので何とか堪えて体裁を保つと、婦人は彼の前まで進んで来て、優雅に膝を折って一礼した。
「覚者様、賤女の祈りをお聞き届け下さったこと、感謝申し上げます…何卒わが甥の命、お見逃しくださいませ…」
「え?何ですって?いやぁ、アタしゃただ魔王を追っかけて来ただけなんですがね。いやいや何もぶっ倒してやろうとかそんなんじゃねぇんですよ、ただちょっとばかし話をしようかと思ってまして…」
勇者は婦人が言うことに違和感を感じつつも、婦人の優雅で礼に適った振舞いに相応しいよう、彼なりの礼儀正しさで応えようとする。
しかし彼が応えると、婦人は更に目を輝かせ、手を合掌して彼の前ににじり寄ってきた。
「では、お助けくださるのですか!」
「えーいやいや、魔王ってのは奥方の甥御さんですか?ってか、ちょっと離れてもらえんですかね…?」
見ると、婦人は肌膚が透けそうな薄絹のローブをまとっており、魔族特有の青白磁の肌が仄かに上気して朱みをおびた太ももが、少しはだけた裾から覗いていた。
(うわっと…こいつは何とも…目の保養、いや毒だな)
なるべく正視しないように横目で見た婦人はふっくらと豊かな肢体をしており、ローブからこぼれ出る肌の白さと相まって艶かしい風情を湛えていた。
薄絹の下から大きな胸と腰が透けて見え、全身から甘い香りが漂っていて、勇者は歳甲斐もなく身体が熱くなるのを感じる。
(いけねぇ…敵陣のど真ん中でこんな美人が出てくるわきゃねぇんだ…こいつはきっと幻術の類で… om arapacana…迷妄を払いたまえ…ってアレ?消えねぇな?じゃ、この目の前の別嬪さんは…)
勇者は考えながら婦人に手を伸ばした。
「ちょっと失礼…すみませんがお手を拝借しますよ…」
勇者はそういって婦人の白い手を取る。
「きゃっ!?あ、あの覚者様?お望みでしたら伽も致しまするが、このような衆目のある場所ではご堪忍くださいまし…」婦人は勇者に手を握られたまま眼を逸らし、恥ずかしそうに応える。首筋から胸元まで露わな白い肌が桃華のように紅潮し、潤んだ唇からは堪えいるように吐息が漏れた。
「あーいやいや、そういうんじゃねぇんですよ、ただちょっとね、商売ガラ疑り深くってすいやせんね…」(チッ、普通の女がどこの誰ともわかんねぇ野郎に伽なんていうかよ…しかもこんだけの魔力でそりゃねぇだろ…)
婦人の手は柔らかく、その肌膚は滑らかで温かい…勇者は婦人の手を擦ったり揉んだりして丹念に調べるが特に変わったところは無いように見える。
(まぁ…普通に女の手なんだが…魔物が化けているって感じじゃねぇにしても…多少瘴気があるな…)
「あの…あの…そろそろ手を…」婦人の息遣いが荒くなり、手を引いて勇者から逃れようとする。
(お?逃げようってか?怪しいな…軽く神気を流してみるか…)
「あっ!…堪忍して下さい…!そんなに指をしごかれては私…!」婦人は身悶えして内股をきつく閉じ空いた方の手で下腹を抑えた。
(うむ?さては変化が解けるか?…まぁオレの気を浴びれば生半の魔物じゃ姿形を保つことなんざ出来ねぇが…)
「あっ…だめ!おなかが…い…やあぁっ!…」婦人は短く叫んで体を痙攣させると、そのままヘナヘナと地面に崩れ落ちる。
(ふむ…力が尽きたか…さぁ正体を…ってアレ?)
地面に崩れ落ちた婦人はじっと目を閉じて動かない。時々ピクッと動くと、その度に「あっ」とか「い…」とか声を上げ、開いた紅い唇が濡れて光っていた。
「…えーと…」ここにきて、勇者は何か勘違いをしていたらしいことに気が付く。婦人は正体を現すどころか薄絹のローブがはだけたあられも無い姿でぐったりしていた。
「…つまり…この姐さんは、ごく普通の魔族のご婦人ってわけだ。」一人ごちる勇者だが、その間に婦人はゆっくりと瞼を開く。
「…ま、アレだな…幻術じゃねぇってことなんだから、先ずは一安心ってことだ。ま、いくら俺でも油断はあっちゃいけねぇ…」婦人は彼を仰ぎ見ると、夢見心地な表情となり目から大粒の涙がこぼれる。
「ま、ともかくだ…門も開いたし、幻術も掛かってねぇことが分かったんだから、さっさと進むとするか…って!?」
「覚者様…至福…至福にございまする…」
婦人を置いて逃げようと―いや先を急ごうとする勇者の脚に婦人が突然縋りつく。
「えぇぇっ!?な、な…何ですかっ!?いや、いきなり手を取って握ったり擦ったりしたのは済みませんが、至福って!?」
「…とても…とても強い霊気で…あぁ…気で総身を愛でるなんて…あのような技を受けて涅槃に至らぬ女子はおりませぬわ…きっと妾たち魔族が罪深いから清めてくださいましたのね…」
「ご、誤解ですよ!オレぁそんなつもりは…!」
婦人は妖しい微笑みを浮かべて勇者の腰にしがみつき、彼の逞しい太腿に全身を押し付けてきた。
「…って!?困りますって!ちょ、清めてとかしてねぇし!」
「もう…覚者様は奥ゆかしくてらっしゃるのですね…でも、もう少し賤女を憐れんでくださいましな…」
そういうと、婦人は彼の内股に手を伸ばし、段々上の方に滑らせてきた。
「…!?いかーん!…」
気が付けば、勇者は禍々しくも美麗な意匠が施された広大な回廊にいた…
「ここは…?やべぇ…気が動転して転移の術を使っちまったか…オレとしたことが…えーと…」
探知の魔法を用い、先ずは自分の現在位置を確認する。
「ほほう…こりゃ魔王謁見の間に続く回廊か…あてずっぽうな転移にしちゃ上出来だな、さすがオレ。」
勇者は自画自賛しつつ一歩進める。すると、ねっとりとした瘴気が足に絡みつき勇者の動きを阻もうとした。
「ふん、いっちょ前に結界か?だがこれは聖光気を封じるためのもんだな…ま、こんなもんじゃオレには効かねぇが…Om vaiśravanāya svāhā下天の夜叉大将よ、障碍を除け。」
勇者が詠唱を行うと、瘴気は掻き消え辺り一帯が明るくなった。
「ふぅ、しかしさっきはヤバかった。まぁ?オレだっていい歳だからね。女とそういう仲になるのが悪いってこっちゃねぇんだよ?」勇者は自分自身に言い訳するように独り言を漏らす。
「でもよ、いきなりどこの誰とも分かんねぇ奥さんといきなりやっちまうってな、やっぱりマズいと思うんよ?ほら、オレも立場ってもんがあるからさ。」誰一人いない回廊に勇者の独白だけが続く。
「まぁねー、あんな美人そうそういねぇから惜しいっちゃ惜しいのかもしれねぇが、でもよぉ、あんなお色気ムンムンで知らねぇ男の股間にいきなり手を伸ばす女なんざ怖えぇよ。あれが痴女ってのかねぇ…おっと。」
余り褒められたものではない戯言を繰り返しつつ歩を進めるうちに、おそらくは天上の神とそれに反逆した天使長の戦いを描く、神話時代に遡るのではないかと思われるほど見事な彫刻とルーンが彫り込まれた大きな扉があった。
「おっとー遂に来たかぁー?しかしこりゃ万魔殿もかくやってヤツだねぇー
…さて、じゃあ魔王さんってのに拝謁賜るとしますか!」
…っと、このように意気揚々と魔王城謁見の前に踏み込んだのが、この物語の冒頭の部分だったのだが…
勇者は今、謁見の間の奥にある居室で、魔王とテーブルを挟んで向き合い座り心地の良いソファに腰掛けていた。
「うーん…」
その傍では、勇者を門で出迎えた婦人が満面の笑みを浮かべて寄り添っている。
「まぁ…話し合いが目的だから良いっちゃ良いのかも知れねぇが…」
対面では魔王が困ったような表情を浮かべ、その周りでは対照的に楽しげな様子の魔軍参謀マゴが茶と菓子の用意をしていた。
「いや~!覚者様が太后様のご客人であったとは!どうぞこのマゴの非礼をお赦しください!」
「しかしアレですな陛下!覚者様が我らにお味方下さったからには人界の帝国など恐るるに足りませんぞ!」
「ときに、覚者様におかれては実に太后様と昵懇のご様子…おっとこれは失礼…しかし覚者様が国父 -この場合は魔王を直接補佐する摂政という意味合いだが通常そのような立場は王の姻戚が就く-となられれば、人界はもとより、あの憎っくき天の独裁者を追い落とす日も遠くはありませんな!」
「…マゴ…つまらぬことはよさぬ…」
「まあマゴや!昵懇だなどととんでもない!覚者様はただ哀れな女子の一人にお情けを下さっただけですよ…気の早いことを申してはなりません!でも…ええ…覚者様がこの賤女を後宮の端にでも加えて下さるなら必ずやお世継ぎを為しましょう…きっと魔族と我らが朝は千年王国ともなるでしょう!」
マゴが喜色満面で持論を語るのをハミルカルが嗜めようとすると、こちらも喜色満面の太后が自分の夢を語って遮る。
「はぁ…」
「はぁ…」魔王ハミルカルと勇者は揃って大きなため息をついた。
「…えー、なんというのか…勇者よ…叔母上に…その…手を出したのか?…」魔王がボソッと勇者に問う。
「おおい!人聞きの悪りぃこと言うんじゃねぇよ!…オリゃただ…」
「あ、いや!…良いのだ!そうとも!叔母上は余を亡き母に成り代わってお育て下さった!もうご自身の仕合わせを望んで何の憂いがあろう!ましてその相手が貴方であったならこれ以上の事はあるまい!」
抗弁しようとする勇者を手で遮り魔王は天を仰いで涙を流す。
「だから聞いてくれよー何で魔界の連中は人の話きかねぇーんだよぉー!」
「…なんと…それでは覚者様は太后様とは何も無いと…?」
マゴが実につまらなさそうに嘆息しつつ茶を注ぎながら応えた。
(ようやっとマトモに話ができる雰囲気になってきたぜ…)
茶を三杯ほど飲み、菓子を一通り食べ終えた頃合いでようやく話が通じると、勇者はほっと一息ついた。
向かいに座った魔王も安堵した様子で茶を飲んでいる。
もっとも、勇者の隣に座った太后はいたく不満気で、膨れっ面をしながら皿の上の胡桃をポリポリと口に放り込んでいた。
「…妾ではお嫌なんですの?…」
「え!?あ、いや!…お后様、オレャそういう話はしていませんで!っていうか近いっ!当たってるから!」
勇者がやれやれと思い寛いだ気分で茶を飲んでいると、太后は急に勇者の腕をとって身体を押し付け、甘えたような声音で不平を漏らした。
胸の柔らかな感触が二の腕に伝わり勇者は一瞬鼻の下を伸ばしそうになったが、自分の立場を思い出して逃げようとする。しかし太后の方は彼の腕をしっかり掴んで離さない。
「…もう!ではなぜあのように我が身をお責めになったのですか!?…あんなに女の幸せを与えておいて…どんなお話を為さっているというのです!?」
「あ、いや!だからアレはですね、ちょっとお后様を調べさせてもらったっていうか…ほら、アタシゃ一応皆さんの敵っちゃ敵なわけだし!」
「まぁ!そんなのお尋ねになればよろしいではありませんか!どのみち妾が嘘をついたとしても直ぐにお分かりになるのでしょう!?」
「…や…ま、そりゃそうですけど…そんな馬鹿正直に訊くアホもいませんでしょうが…」
「…一夜限りの遊び女相手でも世の男はもっと情のある言葉を掛けるものですわ…ましてあんなに嬲り尽くしておいて…妾は何回も何回も…」
太后はそういうと、恨めしそうな目で勇者を見つめぽろぽろと涙を流す。
その様子を見た魔王は困ったような表情を浮かべ、魔軍参謀の方は如何にも得心したように手を打った。
「いやー…覚者様は何ともすごいものですな…お聞きする限り、それは幻術探知の術でございましょう?何故それで婦人を…いやその…えー…涅槃に至らしめ虜にするのか…是非ともこのマゴにもご教授頂きたく…」
「おおぃ止めてくんねぇか?知らねぇよ、何でこんなことになってんだか…アレじゃねぇの?お前さんたち、お后様に苦労を掛けすぎちまったんじゃねぇの?」
「いや、それを言われると余も申し訳なさに身が竦む思いだ。とはいえこのままでは我が叔母が不憫でならぬ故…」魔王はそういうと威儀を正し勇者に一礼し言葉を続けた。
「この上は、叔母上を宜しくお願い申し上げる。」
言った瞬間呆気にとられる勇者と、きゃっと嬌声をあげて喜ぶ太后。
「おま、何わけ分かんねぇこと言って…」
「まぁ!ハミルカルや!貴方はなんて母思いなのかしら!?ねぇ覚者様!かように魔界の王が申すものをよもや…」太后はそういうと悪戯っぽい目で勇者の貌を覗き込む。その少女のような愛らしさと熟れた果実のような艶やかさに、結局勇者は折れた。
「う…分かりやした…ままその、今すぐって訳にゃいかんでしょうが、時分をみてちゃんとしますから…」
「…うふ…うふふ…ええ、もちろんですわ…住まいはどちらにしましょうか?この城でもよいけれど少し広すぎるし、この子たちがいると何だか恥ずかしいですわ…地上で小さな家を借りるのも良いわね…」
「まま叔母上、そのことはおいおい考えると致しましょう。覚者殿もお疲れのようですし、湯浴みと寝屋の用意をお命じになられては?そこで覚者殿の背を流しつつ、先々のことをご存分にお話し合いになっては如何でしょう?」
「おい!てめぇ何を…!」
「まぁ!この子ったらなんて破廉恥なことを…!うふ…でもそうね…もう旅塵を流してお休みになっていただかないと…!では覚者様、後ほど。あぁハミルカル、マゴや。難しいお話で覚者様を困らせてはなりませんよ…うふ…うふふ…」
突飛なハミルカルの提案に勇者が抗議をしようとする前に、太后は席を勢いよく立ち上がると顔を真っ赤にしながら自身の願望を口にしつつ居間を出て行った。
「…おい…魔王さんよ…」勇者は太后が居間を出ていくのを見届けると、じろりと魔王ハミルカルを睨みつけた。一方の魔王は頭を掻きつつ苦笑いをしている。
「いやいや済まぬな、どうもこのままでは話が進まぬと思った故。それに、まぁ故意ではないにしてもこの魔界の太后を辱めたのだから、男子としての責任くらい取ってもらわねばなるまい?良いではないか、貴方ほどの英傑に妾妃の一人や二人珍しくもなかろう。」
「…冗談じゃねぇよ…おりゃ随分前に嫁に逃げられてからこの方、一人で娘を育ててる男やもめだっての…イキナリ母ちゃんが出来た、つったら何言われるか…」
「おお!それなら尚更なんの憂いも無いではないか!?いやいや、身びいきで申すわけでは無いが叔母上は子供の世話が上手いのだぞ!」
「そうですぞ覚者様!このマゴめには妹がおりまするが、これがまたなかなかやんちゃで兄の言うことなど全く耳も貸し申さぬが、太后様には大変よう懐いておりましてな!」
「アホか、ウチの娘はもういい歳だっての…まあ、確かにアンタじゃ娘っ子どもはいうこと聞かねぇだろうがね…」
「これはしたり!一本取られましたな!…ところで覚者様、そろそろ本題に入られては?」
「おう、そこよ。貴方は先程、余と世界を二分せぬかと申されたな?貴方の真の姿が覚者としても、この世にあっては仮にも人界の勇者。左様なこと人間どもへの裏切りになるのではないか?」
「おいおい、さんざまぜっ返したのはアンタらだろうが…まぁ良いや、オレもそれが用で来たんだから…えーとな、アレよ。半分わけってなモノの例えだが、要はオレが言いてぇなぁ、オレたちでこの世界の面倒を見ねぇか、ってことよ。」
「世界の面倒?」
魔界の主従が顔を見合わせると、勇者はにやりと笑った。
」