魔王、勇者と邂逅しその目論見を聴く
「来たか・・」
彼は、玉座からゆっくりと立ち上がり、今しがた謁見の間に入ってきた男を見やった。
この魔界を統べし魔王麾下の、精強無比の魔神達が守る魔城の奥の奥、魔族の聖域たる謁見の間に、この男は入ってきた。
その事実が裏付けるこの男の勁さ。
その身には傷一つなく、顔には疲労の色一つなく、目は赤々と燃え、全身からは黄金色の闘気が立ち上るこの男こそは、無上無比の戦士にして人類唯一の希望、神の武具を身に帯びし魔族の絶望、すなわち、勇者である。
彼がここに辿り着いたということは、魔界の並みいる諸侯も、城を守る強大なる勇士達も全て倒されたということだ・・・
彼は天を仰ぎ、深く嘆息した。
「ああ、もはや魔界も終わりか・・・余の代で終わらせてしまうとは、先代の魔王達にも、全ての魔なる民草にも顔向けできぬ・・この上はせめてあやつと刺し違えて身の慰めとするより外もない・・」
そういって、佩剣をゆっくりと引き抜くと、謁見の間の中央までやって来た勇者を呼び止めた。
「止まれ!勇者よ!魔なる民を虐殺せしものよ!お前の狙いは余であろう?!余こそは魔王ハミルカル!」
雷鳴のように激しく、強い魔力を帯びた声が謁見の間全体を揺るがす。
力の弱いものならば、その声だけで命の火を吹き飛ばされそうな強大な魔力である。
しかし、件の勇者はそれほどの力にも怯える様子など微塵もなく、まるでふと呼び止められたかの様におもむろに顔を上げた。
「ふむ?やぁ、あんたが魔王殿かね?」
その言葉と共に勇者の黄金色の闘気が炎のように燃え上がり、辺りの空間を押さえつけた。
「!!」
ハミルカルは、その魂を握りつぶすような強烈な霊力に思わず一歩退くが、何とか持ちこたえると、祖霊に輔け輔けを求めた。
「くっ!何という神気!しかし負けられぬ!祖先の霊よ!魔界の神よ!叛逆の天使長よ!我が危急を輔けたまえ!我をして天の暴君の手先を撃たしめ給え!」
その祈りを聞届ける様に彼の足元から黒い地獄の業火が立ち上ると、彼の身から紫焔のオーラが立ち上り広がって、勇者の黄金の焔を押し返し始めた!
「ほぉ?なかなかにやるじゃないか。さすがは先代魔王達の技と業を全て受け継いだ俊英と言ったところか。こりゃそう簡単には玉座に上がれそうもないな。」
「戯言を!如何に敗れし我が種族の定めと言えど、貴様ら汚らわしき人間如きが我らが誉ある玉座を穢すこと相成らぬ!」
「ははは。おいおい、そんな突っ張らかったところで仕方がないだろうよ。あんたの幕僚は全部おいらが倒しちまったっての。ここでアンタが俺をぎりぎり倒せたとしても、うちのパーティの奴らに寄ってたかって嬲り殺されちまうだけだぜ?こうなっちまったらそんな椅子の名誉もヘチマもねぇだろうが。」
「貴様ぁ!我が一族を愚弄するか⁈貴様に…貴様に何があるというのか⁈唯一神の殺戮人形が!!お前はただ我らを殺せれば満足なのだろう⁈」
「チッ…めんどくせぇ御仁だなぁ…四方の大霊よ、炎を司る金翅鳥、風を司る飛龍、水を司る白き獅子、大地を司る大蛇よ…我、宇宙の始まりなる覚者の権能において方々に誓願す!Om a vi ra hūm khām!大いなる和、来たらし給え!」
勇者が詠唱を終えると、魔王の紫焔のオーラも勇者の黄金の闘気も掻き消え、あたり一面に静寂と満ち足りた安らかな雰囲気が漂った。
「くっ!これは!?力が・・・力が出ぬ⁈」
「ははは、すまないね。ちょいとアンタらが四大天使って呼んでる精霊に頼んでこの場の元素の働きに干渉させてもらった。あっしら暫くは剣を取る気にも、魔法を使う気にもなれねぇよ。」
「バカな…それでは貴様も戦えまい…何を企みおるか…」
力なく呟くハミルカルに、こちらも気迫を削がれた勇者がふらふらとよろめきながら応える。
「へへ…おれたちゃ積年の仇敵同士なんだから、こうでもしなきゃ話なんざできねぇだろうが…」
言いつつ、勇者は玉座に至る階をのろのろと上ってくる。
「止めろ…止めぬか…我らの…我らの誇りを…」
今やハミルカルは息も絶え絶えで、剣を杖に何とか立っている有様だった。
しかしそれは勇者も同じで、常ならば一足で跳び越す百段ほどの階段を、まるで老人のように「ひい」とか、「ふう」と言いながら上ってくる。
やっとのことで最後の段を登りきると、彼は息を切らせながらハミルカルに呼びかけた。
「ま…まぁそう怒らんでくれよ…オレァね、何もアンタに恥かかそうと思ってこんな手の込んだことしてるわけじゃねんだ…ちょっと話を聞いてもらいたくてね…」
彼…勇者はそう言って魔王の前にどっかりと座り込むと、疲れ切った表情である提案を持ち掛けた・・・