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ロボット・バトル・コンテスト

作者: 影絵企鵝

 ロボットコンテスト。かつては様々な創意工夫が凝らされたルールの下、技術者のタマゴである高専生達が知恵と才能を振り絞って個性的でヘンテコなロボットを綺羅星のように生み出してきたイベントだったらしい。

 でも今は違う。ロボット同士の戦いが外交の最終的解決の方法として世界に定着した結果、ロボットコンテストは、ひたすらに強いロボットを作り出し、鎬を削りあう空間に変わった。ロボット開発におけるテンプレートも広く普及したお陰で、ただ動くロボットを作るだけなら、小学生にも出来るようになったことも、その傾向に拍車をかけたそうだ。

 ユリウス・カエサルの時代から、二〇〇〇年以上も経て、ついに現代に甦った剣闘士競技。それが今のロボットコンテストにふさわしい表現だ。


『さあ始まりました、ロボットコンテスト第一試合! レッドコーナーから出撃したのは岐合ぎあ高専ロボット部の開発したウォー=ゲーム専用機『ヘッジホッグ』! 名前通り、全身に突き出た針のような装甲が目を引きます!』

 解説の叫びとともに、分厚い金網で囲われた半径5メートルのサークルへ、亀の甲羅を背負ったようなロボットが飛び出してくる。背中の針にぴりぴりと紫電を走らせながら、『ヘッジホッグ』はギアの唸りを上げる。見た目も演出も、とにかく派手だ。高専生はとにかく派手なら強いと思いがちだからだ。

『ご覧ください! 電気が走っています。ビリビリしています。この高圧電流で相手の基盤を一気に焼き切ってしまおうという算段でしょうか!』

 よくあるアイディアだ。ロボットはどこまで行っても精密機械、電流によってコアを破損させてしまえば、万事それで片がつくというわけだ。

 対策されてなければ、の話だけど。

『ヘッジホッグに相対するは、ロボットコンテスト常連校、鞍針えんじん高専ロボット部開発の『ファランクス』! そのフォルムはあまりにシンプル! しかし十年近くロボットコンテストの優勝旗を守ってきたその実力は本物です!』

 全身をローマ兵士風の軽板金で覆ったアンドロイドは、全身から放電するハリネズミと対峙する。その武器はグラディウス一本。バチバチしてる相手に比べたら、寂しいくらいだ。

「対象を破壊!」

 ヘッジホッグは開発チームから与えられた指令を叫び、ファランクスへ襲いかかる。両腕を長く伸ばして、右へ左へ振り回すように突進した。稲妻が走って、金網や地面に炸裂して弾ける。乾いた音が一面に響き渡った。ただのロボット、ただの開発チームなら、貴重な基盤の破壊を恐れて逃げ惑い、ヘッジホッグのペースに呑み込まれていた事だろう。

 けれど相手はファランクス。今まで負けたことのない最強のロボットだ。素早く身を伏せ、振り回される腕を掻い潜る。懐は潜り込むと、肘で頭部を思い切り突き上げた。鈍い音がして顎のパーツが歪む。出来た隙間目掛けて、ファランクスはナイフの切先を捻じ込んだ。

 火花が飛び散る。ヘッジホッグはあっという間に硬直した。ファランクスが蹴飛ばすと、それはひっくり返ったままピクリとも動かない。

 勝負はあっという間だった。

『……勝者! 鞍針高専、ファランクス! 圧倒的だ! ヘッジホッグにただの一度も攻撃を許しませんでした!』

 落胆の声が上がる。常勝チームが常勝したって仕方がないのだ。しかも見た目がすごく地味で映えが無い。勝ち始めた頃こそダークホース、伝説などともてはやされたが、今となっては目の上のたんこぶにもなりつつあった。

 でも強い。誰も勝てない。そんな十年だった。


『第十六試合目、レッドコーナーから出撃するのは蔵九くらんく高専の『ファイアボルト』! 両手に取り付けられた火炎放射器で戦う、奇術師のような戦闘スタイルが特徴だ!』

 ファイアボルトと呼ばれたロボットは、ローブのような外装鋼を纏い、両手から炎を放ちながら舞い踊る。熱は本物だ。金網に寄っていた観客達が慌てて離れる。ファイアボルトに対峙する高専生チームも、慌てて安全ヘルメットを被る。

「いきなり危ない奴が出てきたね」

「けれど僕達の作戦を見せつける格好の相手なんじゃないか?」

 その高専の名前は馬照井ばってりい。今年に初めてロボットコンテストへ挑むニュービーだ。技術力も他の高校に比べれば経験の蓄積がない分一段劣る。それはメンバー達も認めるところだった。

 しかし、彼らにもまた譲れない思いと才能があった。ロボットコンテストを勝ち抜くには、その才能を最大限に活かした作戦を練るより他になしと信じた。

 その結晶が、今まさにブルーコーナーから飛び出した。


「はーい! みんな見てるー? イヴちゃんのお出ましだよー!」


 素早く駆け出してきたのは、一体のガイノイドだった。ブレザー風の衣装で着飾って、つやつやの栗色ウィッグを揺らしながら観客に向かって手を振っている。その姿は人間の少女同然だ。

『ブルーコーナーから飛び出してきたのは馬照井高専の芸能ロボット開発同好会開発の『イヴ』! 特徴は外見! 人工皮膚の色はR255、G250、B244の美白仕様、胸部装甲はD70に整え、谷間もばっちりだ! その姿はまさに戦場へ舞い降りたアイドル! 実力の程はいかに!」

 イヴは意気込んでファイティングポーズを取ろうとする。しかしファイアボルトに向き合った瞬間、いきなりその肩を縮こまらせてしまった。

「やだ……怖い……」

『おおっと、これはどうしたことだ? 戦う気があるのか?』

 実況も思わず戸惑いの声を漏らす。イヴは明らかに戦意を失くしていた。観客達もざわめく。何が起きているのだ。分かっているのはロボットを作ったバッテリー高専のメンバーだけだ。

「これでいいんだ」

「何と言われたって勝ってやる」

「……それが俺たちの同好会が生き残る道なんだ」

 ファイアボルトは掌に炎を集め、一気に放つ。イヴは悲鳴を上げながら飛び退いた。

「やめて! 髪が焦げちゃう!」

「知らん、そんな事!」

 奇術師のAIは状況にぴったり寄り添う言葉を選び抜き、イヴを炎で追い詰めようとする。しかし、炎はイヴのブレザーやスカートを掠めるばかりで、いつまでたってもクリーンヒットしない。

「なんだ? 何がどうなっている?」

『照準が定まっていないようですね。これは蔵九チームサイドの指令の問題かもしれません』

 まさに解説の言うとおりだ。ファイアボルトはロボットだから、目の前の少女を叩き潰すことに何の痛痒も覚えない。しかしチームの高専生達は違う。いきなり目の前に現れた他校の美少女的なロボットを傷つけることに気が咎めてしまったのだ。

 イヴとバッテリーはそのチャンスを見逃さない。一気にファイアボルトの間合いへ踏み込んで、ファイアボルトの動力部をスタンガンで撃ち抜いた。

「異常電圧確認! 機能停止シマス……」

 ファイアボルトはいかにもロボットチックな呻きを上げて、その場に崩れ落ちる。イヴはそんなロボットを踏みつけ叫ぶ。

「もう! 女の子に手を上げるなんて最低! チカン!」

『な、なんと決まってしまったあ! 掟破りの悩殺作戦! 勝利したのは馬照井高専のイヴだ!』

「勝っちゃった! ごめんね!」

 イヴはパチンと手を合わせ、観客に向かって謝ってみせる。参加者はどうせ野郎ばかり、可愛い女の子に謝られたら多少やり方が狡くても許す他ない。揃ってやけくその歓声を上げた。

『さあ、最後に波乱の一試合がありましたが、これからいよいよ二回戦! 次はどんな戦いを見せてくれるでしょうか!』


 結果から言うと、バッテリー高専は快進撃を繰り広げた。与えられたセッティングタイムを駆使して、三人の同好会メンバーはイヴを飾り立てのだ。ターゲットは相手の開発チーム。ロボットの形状からどんなフェティシズムが琴線に触れるかを分析し、ドレスを着せたり水着を着せたり、急にロボットへ告白させたり戦場のど真ん中でポージングさせたり、とにかく攻めた。最終的な意思決定は開発チームに委ねている戦闘ロボット達はまとめて総崩れになり、その隙にイヴは勝ちを盗んでいったのである。

 そして、とうとう決勝まで辿り着いてしまった。相手はファランクス。愛想のかけらも無い真っ黒けのアンドロイドである。

『誰がこんなカードを予想したでしょうか? 片やロボットコンテストの常勝チーム、片や初出場の同好会チーム! 相手チームのハートへのダイレクトアタックは、この最強チームにも通じるのか?』

「通じるよお。何たって私は最強のアイドルだもんね!」

 イヴは満面の笑みを浮かべて相手のチームを見つめる。身に纏うのは王道のアイドル衣装。シンプルを愛するチームにはシンプルな魅力をぶつけてやるだけだ。後ろではバッテリーのチームが拳を握りしめている。

「通じる! 僕達はあらゆるチームを研究してきたんだ!」

「ロボットのアイドルをナンバーワンまで登りつめさせるために、僕達同好会はずっと分析を重ねてきた! その成果がここにあるんだ!」

「いけ! イヴ! お前の魅力を見せてやれ!」

 最初こそ戸惑いの目で見つめていた観客だったが、今や己の魅力一つで殺意マシマシのロボットを捩じ伏せるイヴの虜になっていた。孤高の絶対王者を脅かす存在であると誰もが認め、その勝利を祈り始めている。

「……無駄だ」

 けれど、目の前のロボットは冷淡に呟いた。ファイティングナイフを構えると、それは一直線にイヴへ突っ込んでくる。

「きゃっ!」

 慌てて手を伸ばして、切先を逸らす。百戦錬磨のファランクスは、そのまま肩を突き出し少女の腹を打ち抜いた。

「あうっ!」

 イヴの身体はボールのようにポンと跳ね、地面に転がる。あっという間にアイドル衣装が擦り切れてしまった。人工皮膚も裂けて、無惨だ。観客達が息を呑む。

「我々の崇高な戦いを、色目を使って汚す無粋者めが!」

 ファランクスは叫んで、全体重を乗せた膝をイヴの脊柱に叩き込む。重合金の丈夫な脊柱はそれになんとか耐えたけれど、イヴの顔は苦悶に歪む。

「ぐうっ」

 そんなファランクスの戦いぶりに驚いたのは、バッテリーだけじゃない。エンジンの方も同じだった。

「おいおい、あんな風に動くプログラムなんて組んでないぞ。お前か?」

「違う! 一体何が……」

 戸惑うエンジンチームの前で、ファランクスはイヴの首を掴んで捻り上げる。少女はすでになすがままだ。

「不愉快なボディパーツだ。無駄なデッドウェイトばかりではないか」

 言って、ファランクスは胸部の膨らみを鷲掴みにする。イヴは悲鳴を上げた。

「痛い!」

「何が痛い? こんなシリコンの塊を掴まれたからなんだというのだ!」

「ふざけないで! あなた最低よ!」

 イヴは神経の一つ一つまで精密に再現してもらっている。何年も何年も、同好会の人達が脈々と身体のセンサーをチューニングしてくれたのだ。どうせロボットだからと乱暴に扱われた時、それに気づくことが出来るように。

「顔もまるで人間のように飾っている。それに何の意味がある? 我々は機械だぞ」

 ファランクスはとっくにエンジン高専の指示など受けていなかった。彼は彼自身の意思で判断し、戦いを繰り広げていたのだ。

 誇り高き剣闘士としての人格と意思を、それは宿していた。

「あるべき姿に返してやろう」

 それはイヴの顔に爪を立てると、一気に人工皮膚を引き剥がす。べりべりと左半分の顔が捲れて、接着剤が無残に貼り付いた白いフレームが露わになる。同時に襲いかかる、激痛。

「あああっ!」

 イヴはもがいてファランクスを突き飛ばし、浅い息を繰り返しながらその場に蹲る。ファランクスはそんなイヴに吐き捨てる。

「惰弱だ。鉄の塊が女々しく泣きじゃくるとは。機械とは逞しくあるべきだ。作り手の気が知れん」

 その時、カチンときた。みんなを勝たせるためにずっと大人しく自分を抑えてきたけれど、もう我慢がならない。

 そもそも悩殺作戦はこいつに効かないんだ。自分を飾って、主観のないただのロボットを気取っていたって仕方ない。

 あたしは、あたしだ。馬照井高専の芸能ロボットとして作られた、イヴだ。

「あたしだってなあ、好きでてめーらにお愛想振りまいてるんじゃねえんだよ!」

 あたしは拳を固めて一気に飛び出す。突然のことにファランクスも反応しきれなかったらしい。振り抜いた拳はその横っ面に直撃した。

「なっ……貴様!」

 意外そうな声上げやがる。感情メカニズムに到達したロボットがお前だけだと思ったか。

「簡単な事だろ。あんたは十年間チームを見守り続けて、チームを勝たせ続けるって意思が芽生えた。あたしには意地が芽生えた。あたしを大切に作ってくれたあいつらに、夢を与えてやるって意地が!」

 ここであたしが負けたら、同好会は潰される。戦闘ロボットを開発する正式な部活動の面々に金も開発ツールも喰われてしまう。そんなのごめんだ。

『何が起きているんだ! 一方的にやられるがままだったイヴが、急にファランクスへ肉薄する!』

「くっ……!」

 ファランクスはナイフを逆手に握って、あたしの太腿を潰そうとする。あたしは体を捻って、膝の裏っ側で刃を挟み込んだ。

「つーかまーえた!」

 そのまま両腕で地面を突っ張り、ドロップキックをファランクスの胸に叩き込む。かわしもせず、ファランクスは一撃をまともに受けた。

「この程度の一撃で、私は揺るがぬぞ!」

 そうは言うけど、ファランクスの声は明らかに揺らいでいた。でもその理由もなんとなく分かってきた。あたしがいきなり反撃してきたとか、そんな理由じゃない。

「ははあ。分かったぞ。あんたはこういうの好きなんじゃないの?」

 あたしはナイフを抜くと、神経センサーをオフにする。せっかくあつらえてくれた肌だけど、勝つためには四の五の言ってられない。あたしはナイフを腕に突き立てると、べろりと人工皮膚を剥がしてやった。

「ほら、どうよ?」

「……なんと美しいフレームなんだ。傷つけるには……あまりにも惜しい」

 ファランクスは恍惚として呟く。完全に動きが止まった。

「やっぱり。私の顔を剥いでから、手数が鈍ってるもんね」

 こいつもこいつで男だ。弱点には逆らえない。

「……それにしてもメカバレなんて、なかなかエグい性癖ですわね?」

 あたしはファランクスの後ろに回って、こっそり囁く。その返事を聞くより先に、あたしはスタンガンを押し当てた。十億ボルトの特殊仕様スタンガン。これにはファランクスも耐えられない。

「不覚……」

 ファランクスは前のめりにどっと倒れた。

『……勝利! なんと! 勝ってしまった! 美少女ロボット『イヴ』が、なんと真っ向から無敗の帝王『ファランクス』を打ち破ってしまった!』

 刹那、どっと会場が湧く。アイドルとしてはここで愛想を振り撒くべきなんだろうけど、生憎もう元気がない。あたしはみんなのところへまっすぐ向かった。

「ああ、ごめんよ、イヴ」

「こんなことになるなら、こんな試合に参加させなければ良かった」

「開発なら卒業してからでも出来るのに」

 みんなはボロボロのあたしを見て泣いている。誰よりも、あたしを大切にしてくれる仲間。

 別にここで勝ったからってアイドルなんてやりたくないけど、彼らの夢なら、あたしは頑張る。

「大丈夫だよ。……ちゃんと直してくれればね」

「もちろん! 前より美人にするよ!」


 あたしこと、アイドルロボットのイヴはこうして活動を始めたのだ。そのときも色々あったけど、まあ別の話ってことで。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリカのテレビ番組「バトルボッツ」や、ディズニー映画「リアル・スティール」の世界ですね。 現実のロボコンがこうなるのは何十年後かなぁ……。 アイドルロボが色仕掛けで戦うにしても、単純な…
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