6. 転校生
「今日はなんと転校生が来ます!」
先生が朝一番にそう言うと、クラス全体がざわざわし始める。こんな時期に転校生なんて珍しい、なんて私は完全に他人事のように考えていた。
「じゃあ入ってください」
先生がそう言って転校生を招き入れるとその人は自己紹介をする。
「はじめまして、僕の名前は山本神也です。皆さんどうぞよろしくお願いします」
それを聞いて私は耳を疑った。懐かしい名前だった。雰囲気はだいぶ大人っぽくなったけど、間違いない、神君だ。
「それじゃ、山本君、あそこのあいてる席に座ってくれ」
まさかこんなところで会えるなんて。とはいっても最後に会ったのはもう何年も前だし神君が覚えてるかもわからない。それに今の私は、もうあの時の私とは違う。
態度に出てしまっていたのか、休み時間に菜月が聞いてくる。
「ねえ美夜、あの人のこと知ってるの?」
「え、まあ、昔ちょっとね」
そう言うと菜月は途端に面白そうな顔をする。
「へえ、もしかして…」
彼氏?とでも言わんばかりのニヤニヤ顔で私を見つめる。
「そ、そんなんじゃないわよ…!」
「ふーん、これは図星だな…」
「違うわよ、もうそんなんじゃないんだから!」
「へえ、もう、ねぇー」
余計なことを言ってしまったと後悔する間もなく、菜月は愛海にひそひそ声で言う。
「ねえ愛海、あの転校生、美夜の昔の彼氏なんだって!」
「え、そうなの!?」
二人に私の顔を見られて思わず顔を赤らめる。恋バナが大好きな二人に目をつけられてしまった私は、今日の休み時間は全部質問攻めを受けるのだろうと覚悟した。
神くん、つまり神也は私が昔よく遊んでいた男の子だった。お互いに小さかったから彼氏彼女なんてものじゃなかったけど、それなりに仲良くしていた。なのに、ある日突然私に何も言わないでいなくなってしまった。
「それで、美夜はあの山本君とどこまで行ったの?」
「どこまでも何も昔よく遊んでただけでそれだけだよ」
「ほんとに?手つないだりとかは?」
予想通り、二人に質問攻めを受ける。なんで恋バナが好きな人ってなんでも恋愛につなげたがるんだろう。
そんな私たちの会話が聞こえたのか、こちらを見ていた神君と一瞬目が合った。すぐに目をそらされたけど、もしかしたら私のことを覚えているのかもしれない。
そして私の考えは当たっていたみたいで、放課後に神君が私たちのところにやってきた。
「はじめまして、僕は山本神也です。これから仲良くしてください」
「はじめまして、美夜の友達の野原菜月です」
「小倉愛海です、よろしくお願いします」
「ちょっと黒瀬さん借りてもいいですか?」
神君はそう言って私を教室の外に連れ出した。
「黒瀬さん、いや、美夜って呼んでもいいのかな」
「…やっぱり、神君なんだね」
「まさかまた会えるなんて思ってなかったよ」
「私だってそうだよ。なんで急にいなくなったの?」
私がそう聞くと神君は顔を曇らせる。何か言いにくい事情があったのは間違いないみたいだった。
「ううん、言いにくいことなら言わなくていいんだよ。また会えてうれしい」
「…うん、聞かないでくれると助かる。僕も会えてうれしいよ」
そうして少しの間小さい頃の日々を思い出しながら二人でそれを懐かしんだ。神君は昔と変わっていない。今まで何をしていたかはわからないけど、話していると安心するのは昔と一緒だった。
「それじゃ、神君、二人待たせてるからこの辺で」
「ああ、付き合わせてごめん、気をつけて帰ってよ」
そして私は菜月と愛海と一緒に帰った。帰り道にまた質問攻めにあったのは言うまでもない。
◇◇◇
神君が転校してきてからしばらくたったある日。特に何かが起きるということもなく、今まで通りの平穏な毎日を送っていた。もちろん定期的な吸血は欠かしていないけど、加減を誤ってニュース沙汰になるようなことは起こしていない。
「ねえねえ、神也君って美夜と付き合ってたんでしょ?どこまでいったの?」
「あんなにかわいい美夜と付き合えるなんて神也君はラッキーだね」
神君はすっかり仲良くなった菜月と愛海に私に代わって質問攻めを食らっていた。
「だからそんなんじゃないって!美夜とはよく遊んでただけでそれ以上のことなんてなんにもないよ!」
「ふーん、神也君も美夜とおんなじこと言うのねー」
だって事実だもん、私は心の中でそうつぶやく。
そんなふうに言い合っているみんなを見て私は安心する。最初にお母さんに私が吸血種だと言われた時にはどうなることかと思ったけど、何も変わることなんてなかった。今は神君にも再会できたし、私はすごく恵まれているのだろうか。いつまでもこんな生活が続けばいいのに、そう思わずにはいられなかった。
そして夜、今日は吸血の日。私は慣れた手つきで黒い服に身を包み、夜の街へと出る。人の血を吸うことに抵抗がなくなったわけじゃない。今でもたまに菜月や愛海をだましているような罪悪感を感じることがある。でもそんな感覚にも徐々に慣れてきて、この"狩り"もなんなくできるようになった。
今日の獲物に狙いを定めて確実に魅了する。そしてそのおいしそうな首筋に牙を立てようと口を開いたときだった。私にすごいスピードで向かってくる気配を感じた。咄嗟に獲物から手を放して飛んできた気配から距離をとる。何が起こったのかまだ思考が追い付かなかったけど、ここにいたらまずい。そう思ったときだった、気配の主の顔が視界に入る。
(まさか……神君……?)
私の紅い眼を使ってようやくその顔立ちが判別できるほどの距離だ。たぶん向こうには私の紅く光る眼以外は見えていない。一メートルほどの刀を持ったその影は軽く舌打ちをする。
(間違いない、私を狙った攻撃……、ハンターだ……)
とにかく私はその場から全力で離れる。人間よりも足が速い私を追ってくることはなかったけど、念のため大きく遠回りして家に戻ることにした。
家に戻ると私はあったことをすべて話した。ハンターに襲われたこと、おそらくそれが神君だということ。私が無事であることを確認するとお母さんは思い切り私を抱きしめた。
「…美夜、無事でよかったわ」
「うん、怖かった…、襲われるなんて思ってなくて…」
「美夜、すぐにこの街から離れるわよ」
「…え?」
「ハンターのいないところへ逃げるのよ」
お母さんの突然の言葉に私は驚きを隠せなかった。
「で、でも!学校の友達が…」
「そんなものは二の次よ。命の方が大事なの、わかるでしょ?」
「そんなの嫌だよ!これでお別れなんて嫌!」
お母さんは困った表情をしたけど、こればかりは私だって引けなかった。
「それに顔は見られてないし、むしろ今いなくなったら私が吸血種だって公言するようなものだわ!」
「…っ、それはそうだけど…」
これはわがままかもしれない。遠くまで逃げてしまうのが一番安全だってことはわかってるけど、私は友達と離れたくなかった。
私が必死に説得するとお母さんは現状維持を認めてくれた。
「わかったわ。でも美夜、もしその神君と何かあったらちゃんとお母さんに言うのよ」
「…うん、わかった」
そうして今回は血を吸うことはできなかったけど事なきを得た。
私はベッドに寝転がって神君のことを考える。まさか神君がハンターだったなんて。いつからハンターになったんだろう。急にいなくなったのもそれにかかわっていることなんだろうか。そんな疑問が頭の中にわいてくるけど、どの疑問にも答えが出ることはなかった。
◇◇◇
翌日、私はかすかな喉の渇きを感じながら学校へと向かった。もちろんそこには神君もいて、無意識に体がこわばるのがわかった。
「美夜、元気ないの?」
「なんか今日の美夜は悩み事があるように見えるわ」
さすが私の親友二人、鋭い。なんて呑気なことを考えている場合じゃない。たとえ神君に私の正体がばれていたとしても学校で突然襲ってきたりなんてしないはず。そう思って私はいつも通りでいるよう心掛けた。
その日、私は神君の様子をずっとうかがっていたけど学校が終わるまで特に話しかけてくることはなかった。ばれていなかったのかと安心したその時、私は神君に話しかけられた。
「ちょっと美夜、いいか」
ドキッと心臓が鳴る。やっぱりばれていたのだろうか。もしそうだった場合どうやって逃げるかを必死に考えていた。
「美夜には言っておこうかと思って」
「…なにを?」
「実は僕はハンターをしてる」
え?なんでそんなことを私に言うのか理解できなかった。
「そう、なんだ…」
「なんだ、あまり驚かないんだな」
「え、いや、驚いてるよ!でもなんでそんなことを私に?」
「最近この辺りのニュースを耳にして吸血鬼を退治しに来たんだ。言うかどうか迷ったんだけど、昨日その吸血鬼に会ってな、美夜には気を付けてもらおうと思って」
そういうことだったのか。私のために言ってくれたんだ。
「ありがと、教えてくれて…、気を付ける」
私がそう言うと神君はさっさと帰ってしまった。
やっぱり神君は昨日私を襲ったことに気づいていない。その上私を心配してくれている。神君には申し訳ない気持ちもあったけど、今のところは注意して正体を隠していれば問題ないと思う。
私はそんなことを考えながら菜月と愛海の質問攻めが飛び交う帰り道を帰るのだった。