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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
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4. 初めての狩り


 重い目を開ける。昨日も泣き続けたせいで瞼がはれているような気がする。


「はあ、もう朝か…」


 でも今日は幸いなことに休日だからゆっくり寝れる。


「二度寝しようかな」


 そしてまた目を閉じて記憶に思考をめぐらせる。昨日、私は初めて人から血を吸った。


(おいしかったなあ……)


 血の味を思い出してそんな言葉が頭に浮かぶ。あの人の心配よりも先に血の味を思い出していることに少し眉をひそめる。でもそれほどあの血はおいしかった。以前お母さんが用意してくれた血を飲んだことがあったけど、あれはちょっと鮮度が落ちていた気がしたし、なにより冷蔵庫で保存していたためか冷たかった。


(あったかい血の方がおいしいのは、当然か…)


 甘くてコクがあってとてもいい匂いがした。そんなことを考えているとふと自分の顔がうっすら笑みを浮かべていることに気づく。


(本当に私は吸血種なんだ)


 そのことを再認識したけど、別にそれに対して恐怖とかはなかった。むしろおいしい血を吸えて満足感に浸っている。


 少し元気になった私は二度寝をやめてゆっくりと体を起こす。寝不足かと思ったけどなぜか体が軽い。血を吸ったからだろうか。

 リビングに出るとお母さんは見慣れた笑顔で私に微笑みかける。


「おはよう、よく寝てたわね、疲れは取れた?」

「うん、もう元気だよ」

「そう、よかったわ」


 血を飲むことを嫌がっていた私のことを心配してくれてたんだろう。


「昨日はありがと。血はすごくおいしかったしこれからはちゃんと自分で吸えると思う」


 そう言うとお母さんは安心した表情を見せてまた本を読み始める。


 私は自分の部屋に戻ると散らかった本やら服やらが目につく。そういえばここ最近ずっと掃除していなかった。思い立ったが吉日、ということで早速掃除を始めたときだった。


「きゃっ!」


 私は驚いて尻もちをついてしまった。視線の先には菜月から誕生日にもらった十字架がある。


(気持ち悪い…、何よあれ……)


 恐る恐る十字架に近づくと、言葉で言い表せないような不安や恐怖を感じて足が震える。一度それを視線から外して考える。


(こんなの家にあったら落ち着けないし、捨てるべきだよね…。でもせっかく菜月がくれたものを捨てるなんて……)


 しばらく考えたけど、やっぱり捨ててしまうことにした。できるだけ十字架を視線に入れないようにそれに触れるが、触れて何かが起きるということはなかった。そして心の中で菜月に謝りつつそれをゴミ箱に放り投げる。

 そうして片づけを終えた私はベッドに転がる。これからはみんなに私の正体がばれないように注意して過ごさないと。そう思っていると携帯がなった。


「もしもし」

『あ、美夜、明日暇?』

「んー、暇だけどどうして?」

『明日お買い物行かない?愛海も友梨佳ちゃんも来るって!』

「うん、わかった、私も行く」


 菜月からの電話だった。四人でショッピングのお誘いだった。断る理由もないから二つ返事でオーケーを出す。なんだか突然現実に引き戻されたような気がする。ここ最近の出来事は私にとって非日常そのものだった。


(そういえば、昨日のあの女性はちゃんと無事なのかな…)


 私は少し気になってテレビのチャンネルを回す。


《昨夜、吸血種の被害にあったと思われる女性が発見されました。幸いなことに命に別状はないそうですが、これを受け警察は、夜道を一人で歩くことは極力控えるよう呼び掛けています。》


 私の事がニュースで報道されていた。こんなことは今まで考えたこともなかったから何とも言えない気持ちになったけど、あの女性が無事だとわかって安心した。

 そしてその日は今までと同じように家でゆっくり過ごすことができた。




◇◇◇




 翌日、私は待ち合わせ場所に向かうともう全員揃っていた。


「ごめん、遅くなっちゃった」

「ううん、まだ時間になってないし私たちも今来たところだよー」

「友梨佳ちゃん久しぶりだね、元気にしてた?」

「うん!美夜先輩も元気ですか?」

「元気だよ」

「よし、それじゃ行こっか!」

「それで菜月、何か買いたいものでもあるの?」

「そんなのないよ、ぶらぶらしようかと思って」

「菜月はそういうの好きだよねー」

「だって楽しいじゃん!いろんなもの見れるし良さそうなのあったら買えるしね」


 そう言って目を輝かせる菜月に連れられて私たちはショッピングモールに向かった。

 中に入るや否やたくさん並べられた服が目に入る。とりあえず一番近いお店に入ると、おしゃれな服からフリルがふんだんについた可愛い服までいろいろな服が並べられていた。


「うわあ、これかわいい!これも!」

「お姉ちゃん、これ着てみたい!」


 菜月は小走りになりながら店内を散策して回り、友梨佳ちゃんもかわいい服を見つけては愛海におねだりしている。そんな三人を見ながら私も店内を見て回る。赤や黒、ベージュなどいろいろな服を見てるうちにふと思う。


(夜に見つかりづらい服って、やっぱり黒だよね…)


 私はあまり黒い服を持っていなかったから黒い服でいいのがないかを探す。


「ねえ愛海、この服似合うかなあ?」

「あれ、黒い服買うの?もしかしてイメチェン?」

「ま、まあそんな感じかな」

「美夜はスタイルいいし似合うと思うよ!」

「…うーん、できれば動きやすい感じの服がいいんだけど」

「それならあの服はどう?」


 そんなこんなで私たちはいろいろなお店を回って服を買った。


「はあー、疲れたー。そろそろお昼食べよー」

「賛成!私もおなかペコペコ」



 私たちはフードコートに行くと各々食べたいものを注文する。私はどうせそんなに味がしないからみんなと違う料理をてきとうに選ぶ。菜月は期間限定のオムライス、愛海と友梨佳はハンバーグ定食、私はお好み焼きにした。


「「「「いただきまーす」」」」

「それにしても菜月はほんと期間限定に弱いね」

「そんなの当り前じゃん!期間限定だよ!?今食べなきゃいつ食べるの!」

「…それってお店の思うつぼなんじゃ」


 菜月は愛海にそう言われてわざとらしく口をとがらせる。


「そう言う愛海もいつも友梨佳ちゃんと一緒だよね。仲いい姉妹、うらやましいわあ」

「あら、それは褒めてくれてるってことでいいのかな」

「あーあー、二人の仲には私は口をはさめませんよー」

「もちろん私は菜月先輩のことも大好きですよ!」


 友梨佳ちゃんにそう言われた菜月はまんざらでもなさそうな顔をする。そんな風にみんなが仲良くしているところを見ながら、私は味のしないお好み焼きに箸を進める。血が飲めたらなあ、なんて考えが頭をよぎる。


「ねー、美夜もなんか言ってよー」

「えっ、うん、仲がいいのはいいことだと思うよ」


 ふいに菜月に声をかけられて一瞬言葉に詰まると、菜月はむーとでも言わんばかりの顔をする。私があまり楽しく会話に入れないのは、きっとみんなとの間に距離を感じてしまっているからだと思う。


 そうして四人で団欒を終えるとまたお店の散策に戻る。さらにいくつかのお店を回った後に菜月が足を止める。


「そういえばさ…」


 そう言って神妙な面持ちで切り出す。


「昨日のニュース見た?」


 ああ、やっぱり、と思う。


「また一人出たんだって」

「私も見たわ、最近多いよね…」


 愛海も友梨佳ちゃんも少し暗い顔をする。


「今日私がみんなを呼んだのはちょっと怖かったからなの。来てくれてありがとね」

「いいよいいよ、友梨佳もちょっと怖がってたし助かったわ。私たちでよかったらいつでも呼んでいいのよ。ね、美夜?」

「…あ、そうね、私なんかでよかったら」


 菜月はありがとう、なんて私たちに言ってくる。私がその吸血種だとも知らずに。私は菜月を裏切っているような気がしてつい視線をそむけてしまう。


「もしかして美夜先輩も怖いの?」


 友梨佳ちゃんが私に向かってそう言う。


「え、うん…、さすがに血まみれで倒れてるなんて怖いよね」

「血まみれ?そうなんですか…?」


 しまった、そう思った時にはもう遅い。


「そんなことニュースで言ってたっけ?」

「私が見たとこは言ってなかったけど…」


 口を滑らせてしまった。咄嗟のことで頭が真っ白になる。


「え、いや、その…、私が見たとこでは言ってたような気がする…」

「っ…そうなんだ」


 みんなの顔がこわばるのがわかったけど、ひとまず私の発言を怪しむ様子はなくて安心する。少しの沈黙をはさんで菜月が口を開く。


「…私、十字架買いに行っていい?」

「あれ、菜月はもう持ってるんじゃないの?」

「そうだけど、追加で…」

「お姉ちゃん、私も買っときたい…」

「それじゃあみんなで買いに行こっか」


 そうして私が口をはさむ間もなく買いに行くことが決まってしまった。

 私たちは雑貨店のようなところに行くと、大々的に"魔除けグッズ"と書かれたコーナーへ向かう。そこにはアクセサリーや置物など多数の十字架が並べられていた。私はそれを見た瞬間、思わずその場に立ち尽くす。


「美夜?どうしたの?」

「…、やっぱり私はいらないかな…」

「そう?お守り代わりにでも一つ持っておいたら?」


 無理に抵抗すると怪しまれるのはわかっているのに、どうしても私の足はそこに行けない。みんなが私の様子をうかがう中、必死に言い訳を考える。


「…あ、ほら、私はこの前菜月にもらったのがあるし、服も買ったしお金ないし…」

「そっか…、そこまで言うなら…」

「……」


 なんとか納得してくれたようでみんなは私を置いて十字架を買いに行った。危機を脱した私は十字架から離れた場所で三人を待っていると、ほどなくして三人が戻ってきた。


「おまたせ」

「夜も遅いしそろそろ帰ろっか」

「そうだね、あんまり夜遅くなると危ないわ」


 そうして私たちは一日の買い物を終えて家に帰ることになった。




◇◇◇




(はあ、血が飲みたい……)


 思い出す血の味。あたたかくて甘い極上の味。味のしないお好み焼きなんて食べたせいだろうか、体全身が血を求めているような感覚になる。血が飲みたい、血が吸いたい、あの味を味わいたい。


「お母さん」


 そう呼ぶとお母さんは私を見て驚く。


「ん、どうしたの?」

「美夜、今日何かあった?」

「え、いや、特に何もないけど…」


 お母さんは私に手鏡を差し出し、それを覗くと私の眼は真っ赤に光り牙は大きく伸びていた。


「っ、私、なんで…」

「我慢しすぎよ」


 返す言葉がなかった。だって私は今とても血を欲している。


「もう少し我慢できる?まだ外は明るいし人も多いわ」

「うん、大丈夫」


 そして私は今日あったことを全部話すと、やっぱりお好み焼きを無理に食べたことや十字架の刺激のせいじゃないかと言われた。人間の食べ物については慣れてくれば大丈夫らしいから、十字架には今後も気を付けないといけないみたい。

 自分の部屋に戻った私は吸血欲求に耐えながら別のことを考えようとする。でも考えてはいけないと思うほど考えてしまって、さらに欲求が強くなる。


(早く…飲みたい…)



 どれくらい時間がたっただろうか、喉の奥が締め付けられるような感じがして我慢の限界に近付いてきた時だった。


「美夜、そろそろ時間よ」


 お母さんの声が聞こえた。時計を見ると時刻は23時。この前より1時間早いけど私の体調を考えてのことだと思う。私は短く返事をすると、買ったばかりの黒い服を着てお母さんと一緒に外に出る。


「今回は私は見守ってるから自分でやってみなさい」

「うん、わかった」


 私にとっての初めての狩り。まずは健康そうな女性を探しているけど、なかなか見当たらない。ただでさえ夜中に出歩く女性は少ないのに、たぶん連日のニュースでさらに減ってるんだと思う。

 しばらく探していると視線の先には20代くらいの若い女性が一人で歩いていた。私は小声でお母さんに確認する。


「あの人でいい?」

「いいわ、やってみなさい」


 私は眼を紅く光らせて準備すると、気づかれないように後ろから近づく。女性のすぐ背後まで来ると、その女性は気配を感じて私の方を振り向く。その瞬間、私の心臓がドキッと脈打つ。健康そうな首筋が街灯のわずかな光に照らされてその全貌を見せる。

 私の眼を直視したその女性の目からは生気が消える。


「……おいしそう」


 思わずそんな言葉を漏らした私は吸い込まれるように女性の首筋に牙を立てる。その瞬間、あの甘美な味が口内に充満する。ほかに例えようもないその味に私の思考は釘付けになる。


(やばい…この味…、病みつきになりそう……)


 ある程度口の中に血が溜まるとそれを一気に飲み込む。そしてまた牙から流れ込んでくる血を舌で味わっては喉の奥に流し込む。夢中になってそれを繰り返していると、抱えた女性の力が徐々に弱くなっていくのを感じる。急いで牙を抜き、しっかり止血を済ませる。かなりぐったりしているように見えるけど、この前のように顔が青白くなっているということはない。


「はぁ…はぁ…、おいしかった…」


 少し息を切らして満足感に浸る今の私は傍から見れば化け物にしか見えないだろう。でも今の私にそんなことを考える余裕はなかった。ただ血の味におぼれていた。

 お母さんは私のもとまで近づいてきて微笑えみながら言う。


「上出来だけど、ちょっと吸いすぎかもね。もう少し吸う量を減らせると完璧よ」

「そっか、夢中になってて…」

「ふふ、大丈夫よ。このくらいなら少ししたらこの人も目が覚めるわ。お母さんの初めての時より上手ね」


 初めての狩りを褒められて少し上機嫌になった私はお母さんと一緒に家に帰るのだった。



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