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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
32/33

32. 看護師さん


週末に差し掛かり、今日は千宵子と一緒に友梨佳ちゃんに会いに行く。

仕事を終えた千宵子と合流し、隣町へと向かう。


家についてインターホンを鳴らすと、中から愛海が出迎えてくれる。


「いらっしゃい。どうぞ」


案内されて中に入り、とりあえずリビングで腰を下ろす。


「えーっと、出すものは何もなくていいのよね…」

「あっ、自己紹介が遅れました。私は椿千宵子です。吸血種なのでお構いなく」

「…私は小倉愛海で、こっちが妹の友梨佳です」


愛海の紹介で友梨佳ちゃんは軽く頭を下げる。

二人とも少し緊張しているらしい。二人にとって、私以外の吸血種は恐怖の対象なのかもしれない。

一応事前に千宵子のことは連絡しておいたけど、ここは連れてきた私がしっかりフォローしておかないと。


「千宵子は友達だから心配しないで。私がお願いして来てもらったんだよ。メールでも言ったけど、千宵子に愛海の血を抜いてもらおうと思って」

「…うん。美夜の友達だし、大丈夫。椿さん、よろしくお願いします」

「ええ」


千宵子は鞄から注射器を取り出して準備を始める。注射器とその先端に長いチューブがついており、ほかにも何やら紐のようなものも取り出す。


「えっと、どこに血を抜けばいいです?」

「あっ、今持ってきます」


友梨佳ちゃんが水筒を持ってくると、千宵子は血を抜く準備を整える。


「少しチクッとしますよ」

「はい」


千宵子が腕に針を刺すと、愛海の血が注射器にたまっていく。人の血が抜かれるところって初めて見た。血の匂いはあんまりしないけど、赤が綺麗でつい欲しくなってしまう。

愛海の血の味を思い出しながら見ていると、千宵子が水筒の中でチューブを注射器から外す。すると愛海の血が水筒の中に流れ込むとともに、おいしそうな匂いが私の鼻をくすぐる。


(ああ…、これやば…、めっちゃいい匂いする…)


「美夜、…眼紅いよ」

「えっ、あっ」

「…別にいいけど」


だってこんなにおいしそうな色と匂いを目の前で見せられて、欲しくならない吸血種なんていない。千宵子は特になんともなさそうな顔をしているけど、看護師をやっていたならこういうのも慣れているんだろう。でも友梨佳ちゃんは少し曇った顔をしていた。


「友梨佳ちゃん?大丈夫?」

「っ、はい。大丈夫です…」


やっぱり友梨佳ちゃんも血が飲みたくなってるのかな。

愛海の血を眺めていると、千宵子はどこか安心したような様子で言う。


「いい姉妹ですね」

「えっ、そうですか? ありがとうございます」

「そうですよ。普段から血をあげてるんですよね」

「あ、美夜から聞いたんですか?」

「いえ、首の傷を見ればわかります。いくら姉妹でもここまでできる人は多くはないですよ」


そうなんだろうか。私は二人以外の姉妹をよく知らないから、こういうのが普通なのかと思っていた。

でも、確かに千宵子の言うことは正しいんだろう。吸血種という存在に耐えられない人もいるだろうし、耐えられても血を提供し続けるということは大きな負担になる。菜月もいてくれるから大丈夫だけど、愛海一人だったらこうもいかなかったかもしれない。



「よし、このくらいにしておきましょう。刺し口は…、友梨佳さんが舐めておいてください」

「はいっ」


千宵子はそう言って注射針を抜く。刺し口を舐める友梨佳ちゃんが少し羨ましい。

友梨佳ちゃんが愛海の腕を舐めると、千宵子は血が入った水筒を友梨佳ちゃんに手渡す。


「はい、どうぞ。今少し飲んでもらえますか?」

「えっ、今ですか?」

「ええ。吸血種の唾液の成分がないと固まってしまうので」

「っ、そうなんですか…」


そうなんだ。さすが千宵子、いろんなことを知ってる。

そうして友梨佳ちゃんは言われたとおりに一口だけ飲む。


「私、ちょっと喉乾いたから麦茶淹れてくる」


愛海がそう言って立とうとすると、少しふらついたのを見て咄嗟に友梨佳ちゃんが愛海を支える。


「っ、お姉ちゃん!」

「大丈夫よ、ちょっとくらっときただけ」

「…ごめん。私のせいでお姉ちゃんにこんな迷惑かけちゃって…」

「気にしないで、たいしたことないわ」

「……、麦茶、私が淹れてくるからお姉ちゃんはここにいて」

「わかった。じゃあお願いしようかな」


友梨佳ちゃんは冷蔵庫から麦茶を持ってくると、愛海は一気にそれを飲んでいく。


「はあー、生き返るー」

「お姉ちゃん大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「でも一応横になっといた方がいいよね。倒れたら危ないし」


愛海が麦茶を飲み終えると、私は愛海を抱き上げる。


「ちょ、ちょっと!」

「おとなしくしててね」

「自分で歩けるってば…!」

「いいからいいから。私に任せといて」

「うぅ…」


そうして愛海をお姫様抱っこでベッドに連れていく。ベッドに寝かせると、愛海の顔はほんのり赤くなっていてとてもおいしそう…、じゃなくて可愛い。

でも友梨佳ちゃんは少しつらそうな表情をしている。そんな友梨佳ちゃんを見て、愛海は元気づけるように言う。


「友梨佳、元気出して。せっかく明日から修学旅行なんだから」

「…、でも私のせいでこんな…」

「友梨佳のせいじゃないわ。それより友梨佳が楽しんでくれないと私が悲しむよ」

「っ、わかった…」


愛海はそう言って少し微笑む。


「椿さん、今日はありがとうございました。本当に助かりました。ほら友梨佳もお礼言いなさい」

「あ、ありがとうございますっ」

「いえ、ゆっくり休んでください」


そこまで心配はしていなかったけど、千宵子も二人と仲良くなれそうで良かった。そのうち菜月にも紹介しておかないと。


「…ごめん、ちょっと眠くなってきたかも」

「うん、疲れてるだろうし寝た方がいいね」


愛海に布団をかけると、すぐに目を閉じる。


「じゃあ私はそろそろ帰りましょうか」

「えっ、もう帰るの? せっかくだしお話していかないの?」

「んー、でもあまり長居しても邪魔でしょうし」

「いえ、そんなことないです!」

「そう? …じゃあもう少しだけ居させてもらおうかな」

「じゃあとりあえず場所変えよっか」



愛海がゆっくり眠れるように友梨佳ちゃんの部屋に移動する。


「ごめんなさい、散らかってて…」

「ううん、気にしないよ」


というかそんなに散らかっていない。机の上に教科書とノートが広げられているところを見ると勉強していたんだろうか。


「それにしてもびっくりしました。吸血種のお友達の方がいたんですね」

「うん、最近知り合ってね。千宵子がいて助かったわ」

「千宵子さんってすごいですね、あんなことできるなんて」

「そんな大したことじゃないですよ。以前は看護師をやってたので」

「看護師さんだったんですか!」

「あ、昔の話です。今はもう辞めてしまいました」

「そうだったんですか。…ん、昔って?」

「私、こう見えても200歳くらいですから」

「ええっ!?」


やっぱり驚くよね。200歳なんてイメージするのも難しい。


「話してる様子からてっきり美夜先輩と同い年なのかと思ってました」

「友梨佳さんもまだ若いんですよね」

「はい、まだ13です」

「やっぱり。若いっていいですねー」


そんなおばさんみたいなこと言って。いや、おばさん、なのか…?

いや、そんなことより。


「二人ともいつまで敬語で話してるの。堅苦しいんだけど」

「えっ、だって」

「そうね、同じ吸血種同士だもんね。友梨佳ちゃん」

「ええっ、ん…、ち、千宵子……さん。やっぱり私には無理ですっ!」

「あら、そう? まあ無理にとは言わないわ」


千宵子の方が吸血種についても詳しいだろうし、友梨佳ちゃんにも千宵子と仲良くなってほしいんだけど、まあいいか。


「せっかく三人集まったんだからさ、好きな血の味の話でもしない?」

「えええ!」


一回やってみたかったんだよね。香苗と神君には毎日のように見せつけられてたし。


「あら、面白そうね。じゃあ誰から言う?」

「あ、あの…!私そんなにいろんな人の血とか飲んだことないので…」

「あーそっか。じゃあ、ぶっちゃけ愛海の血はどう? おいしい?」

「ええ…!」


正直、愛海や菜月の血をいつでも飲める友梨佳ちゃんが羨ましい。あの味なら飽きるなんてことはなさそうだし。


「…おいしいです。あっ、でもお姉ちゃんには内緒にしてくださいね」

「え、なんで? おいしいって言ったら愛海喜ぶんじゃない?」

「だ、だめですっ。恥ずかしいので…」


んん、そこは恥ずかしがるところなのか? まあ友梨佳ちゃんがそう言うなら愛海には黙っておこう。


「美夜ちゃんも愛海さんの血を飲んだことあるの?」

「うん、あるよ。すっごくおいしいの!あの味を味わったら一週間は吸血しなくても大丈夫そうな気がしてくるわ」

「へえ、気になるわね。私も飲んでみたいわ」


千宵子がそう言うと友梨佳は少し難しそうな顔をしている。今日初めて会った人に姉の血を吸わせるなんて嫌だと思って当然か。


「まあそれは友梨佳ちゃんと愛海のお許しが出たらってことで」

「あっ、ごめんね。無理に吸ったりしないから安心して」

「…はい」

「千宵子は好きな血の味とかあるの?」

「そうねー、食後の人の血はおいしいから好きかしら」


ほう、食後か。思えばそういうタイミングで吸血をしたことがない。


「でもそれって難しくない? 食後ってことはまだ明るいでしょ?」

「まあそれでもできなくはないけど、私は看護師してたからね。採血の時に必要な分に加えて私の食事用も採ってたってわけ」

「なるほど…」


想像するとなかなかに大胆なことをしているような気がする。


「友梨佳ちゃんはいつ血をもらってるの?」

「うーん、お姉ちゃんには食後にもらうことが多いです」

「いいなあ。今度私も食後の血をお願いしてみようかな。友梨佳ちゃんが羨ましいよ」

「そうですか…?」

「うん。それに愛海ってお願いしたらいつでも吸わせてくれそうだし」

「えっ、全然そんなことないですよ!」

「そうなの?」


意外だ。私の前ではあんなに吸われたがってたのに。


「いつも何かと条件つけてなかなかくれないんです。この前なんて、宿題が終わるまで血くれないとか言うんですよ」


ははは、愛海に完全に胃袋をつかまれているわけだ。


「なら押し倒しちゃえ。吸血種なら力では負けないでしょ」

「それやったらめっちゃ怒られました」

「あ、やっちゃったんだ」


愛海ってそういうところ厳しいからなあ。でもそれが愛海の可愛いところかもしれない。



「そういえば、この前お姉ちゃんが温泉旅行に行きたいって言ってました」

「おお、いいね!」


旅行か。夏休み以来行っていないし、みんなと出かけられると考えるだけで楽しくなってしまう。


「あっ、千宵子さんも行きませんか?」

「私も? うーん、迷惑じゃない?」

「そんなことないです。美夜先輩のお友達ですし、人数は多い方が楽しいと思います!」

「それもそうね。菜月にも紹介しておきたいし仲良くなるチャンスよね」

「…わかったわ。詳しいことはまた今度教えて」

「はい!」



そうしてしばらく団欒を楽しんでいると、あっという間に私と千宵子は帰る時間になり、名残惜しさを我慢して玄関をくぐる。


「それじゃ、修学旅行楽しんでおいで」

「はい!」

「数百年ぶりに楽しい時間を過ごせたわ。友梨佳ちゃん、苦労も多いと思うけど頑張って」

「はい、今日はありがとうございました!」


そうして私たちは家を後にした。


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