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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
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31. 迷子ちゃん再び


千宵子の家にお邪魔するようになってから数日、私の中にあったもやもやもすっかり消え、仕事終わりの千宵子の家にお邪魔することが多くなっていた。



「寝てる間に吸ってもあんまりおいしくないのよね」

「へええ、そんな違いあるんだ!」

「それでも楽しくてやめられないんだけど」


千宵子は人が寝てる間に吸血するのが楽しいらしい。なんでもその背徳感がたまらないとか。なかなかいい趣味してる。


「でも起きちゃったりしない?」

「あー、たまに起きるわね。でもすぐに魅了すれば問題ないわ」

「へええ」


楽しい。こんな話は人間のみんなとはできないからね。 それにしても、今度私もやってみようかな。千宵子はあんまりおいしくないって言うけど気になる。


「千宵子っていろんなこと研究してるんだね」

「研究というより模索ね。いっつも同じだと飽きちゃうし」

「やっぱりそうだよね。私も最近飽きてきちゃって」

「血しか飲むものないもんね」

「何かいい方法はないのかなあ」

「んー、手っ取り早いのは怖がらせることね」

「怖がらせる、か…」


以前に私もやった方法だ。確かにあれはおいしかった。まあ罪悪感と引き換えになるけど。


「怖がらせるとね、コルチゾールとかカテコラミンとかいうホルモンが増えて、血糖値も上がるってわけ」

「コルチ…なに?」

「コルチゾール。簡単に言えば怖がらせれば怖がらせるほど血がおいしくなるってことね」


なるほど、よくわかんないけど、私がこの間感じた感覚は間違っていなかったってことか。

というか千宵子もそんなことしてたのか…。んー、まあ私も人のこと言えた立場じゃないし吸血種ならそうなっていくのも仕方ないのかもしれない。

千宵子は私が考えこんでいる様子を見て、少し慌てて補足する。


「あっ、でもいつもしてるわけじゃないわよ!可哀そうだって思うこともあるし、人を殺したことだって数えるほどしかないわ」

「へ、へえ」


数えるくらいはあるんだ。まあ吸血種だし、私みたいな吸血種のほうが珍しいんだろうな。


「美夜ちゃんは人を殺したことは…、その様子じゃ無さそうね」

「うん、ないよ」

「えっと…、私も好きで殺したわけじゃないわよ。ほら、長く生きてるとそうしなきゃいけない場面とかあって…」


私が嫌な思いをしていると思ったのか、千宵子は必死に言い訳みたいなことを言う。確かに、私は人を殺したくないけど、目の前の千宵子が多少人を殺めてもそこまで大きな不快感は感じなかった。

きっと千宵子にとって、人間は"愛すべき食糧"といったところなんだと思う。過去には人間の友達もいたようだし、悪い吸血種じゃないのは確かだ。


「別に私は気にしないよ。あ、でもその話は私の友達には内緒にしといてね」

「っ、よかったわ。もちろんこんなこと人間には言わないわよ」

「それにしても千宵子って人間の体に詳しいんだね」

「一時期は看護師もしてたしね」

「え、すご…」


200年も生きてたらそういう経験もあるのか。

そうして話していると、私の携帯が鳴った。


「あ、ちょっと待って」


携帯を開けると、友梨佳ちゃんからメールが届いていた。直接メールしたことなんてほとんどなかったし、珍しいこともあるものだ。


《突然ごめんなさい。少し相談があってメールしました。もうすぐ二泊の修学旅行があるのですが、その間の血はどうしたらいいでしょうか?》


なるほど、修学旅行か。いいなあ、私も行きたい。

まあそれは置いといて、なんて返事しようか。


「お友達から?」

「うん。ちょっと吸血の相談されて」

「あ、ってことはこの前言ってた吸血種にされたって子?」

「そうそう」


二泊は確かに少し心配になるラインだ。普通にしていれば問題ないけど、人間の食事や血の刺激次第では渇きを覚えることもある。

私は以前は水筒に血を溜めていったわけだけど、あの方法は正直すすめたくない。というか私だってもうやりたくない。

なんとかして血を溜める方法はないかと思案していると、ちょうどいい存在に気がついた。


「千宵子って看護師やってたんだよね?」

「ええ」

「じゃあ注射器で血を抜いたりできる?」

「できるわよ」

「おお!じゃあちょっと協力してくれないかなー」

「ん、具体的には?」

「うん、その吸血種の子が今度修学旅行に行くんだけど、その間の分の血を用意してほしいんだよね」

「そういうことね。別にいいけど私も仕事があるわよ」


あーそうだった。

もう少し詳しく聞こう。それに千宵子のこともあるし、一回電話した方がよさそうね。

友梨佳ちゃんにその旨のメールを送ると、すぐに了解の返事が返ってきた。


「あ、もしもし」

『もしもし、わざわざありがとうございます!』

「いいよいいよ。それで、修学旅行の件だけど」

『はい』

「それはいつ行くの?」

『えーっと、今週末の土曜日から二泊三日です』

「土曜日から三日か…。ちょっと待ってね」


土曜日の朝に間に合わせようと思えば、金曜日に千宵子にお願いするしかない。

携帯を軽く手で押さえて千宵子に確かめる。


「ねえ千宵子、今週の金曜日の仕事が終わった後にお願いできる?」

「んー…、いいわよ」

「よかった、ありがと!」


「あ、もしもし友梨佳ちゃん」

『はいっ』

「金曜日の夜にそっちに行っていい?」

『えっ、美夜先輩が来てくれるんですか?』

「そうね、私ともう一人友達も行っていいかな」

『友達ですか? えっと…』

「大丈夫よ。その人も吸血種だし、悪い人じゃないから」

『っ、…わかりました。お願いします』


こうして私と千宵子は友梨佳ちゃんの家に行くことが決まった。

突然吸血種の友達を連れて行くなんて言ったから驚いていたけど、友梨佳ちゃんも愛海も千宵子と仲良くなれると思う。




◇◇◇




今日も暇つぶしに街をてきとうに歩く。おいしそうな人を探したり可愛いお店を探したり。それにしても今日は暑い。いつもより一段と太陽がぎらつきを増していて、ずっと日向にいると肌にチクチクとした刺激を感じるほどだ。

とりあえず日陰に入るために建物の間の細い道に身を隠す。日陰というだけで体感温度はかなり下がり、肌の変な感覚もなくなっていく。


(ん、この匂いは…)


血の匂い。以前に嗅いだことがあるような、おいしそうな匂い。

建物から少し顔を出して確認すると、いつぞやの迷子君がいた。すると向こうも私に気が付いたみたいで、小走りで私のところまで向かってきた。


「あ、お姉ちゃん!久しぶり!」

「久しぶり。また迷子?」

「違うよっ。今から家に帰るとこ」

「なんだ、そうだったのね。…また怪我したの?」

「あっ、えへへ」


まったく、えへへじゃないよ。そんなに誘惑されたら手出しちゃうよ。


「そういえば、まだ名前聞いてなかったね」

「僕は湊斗(みなと)だよ」

「私は美夜よ。よろしくね」

「美夜…お姉ちゃん。うーん、やっぱりお姉ちゃんって呼ぶ!」


えっ、お姉ちゃんか…。名前を教えた意味がないような気がするけど、まあいっか。なんだか弟ができた気分ね。


そんなことを考えていると、不意に私の頭の中に危険信号が鳴った。


(この気配は…、吸血種だ。こっちに近づいてきてる)


もしかして湊斗君をつけてきていた?

襲ってくるつもりがなければいいんだけど、湊斗君の血の匂いには気づいているはず。なら襲われる可能性もあるし、私がなんとかしないと。ここから逃げるべきか、それとも下手に動かずにおとなしくしておくべきか。


「お姉ちゃん?」

「っ、えっと、私のそばにいて」


もし湊斗君のことを狙っているのなら、たとえ逃げたとしても血の匂いをたどられる。それなら変に刺激しないようにするのが得策か。

そうしていると、その吸血種と思われる人物が視界に入った。


「お、二人か…。君、怪我をしてるんじゃないか?」


姿を見せた男は少し微笑みながらこちらに一歩踏み出す。

やっぱり、間違いなく吸血種だ。


「大丈夫です。お構いなく」

「んー、怪我をしてる子供を放っておくのは心が痛むよ。治してあげるからおいで」


雰囲気でわかる。この吸血種は治すつもりなんてない。湊斗君の血を目当てにしているだけだ。

でもどうして魅了をかけてこないんだろう。もしかして私が吸血種だと気づいている? いや、それならあんな言い方はしないはず。生かしておくつもりはない、ということだろうか。

それなら戦うか、逃げるか。いや、湊斗君がいるんだし、ここは逃げるしかない。


「走って!」


私は湊斗君の腕をひいて路地裏の方へ進んでいく。早く大通りに出ないと。


「逃げても無駄だよ。人間の足で逃げ切れるとでも?」


ダメだ。逃げきれない。隠れたとしても血の匂いで見つかる。私が湊斗君を抱えて逃げるか。でもそんなことをしたら私の正体が…。

とにかく先へ向かって走っていると、視界の先に先回りした吸血種が現れた。やっぱり湊斗君に合わせた速度じゃ逃げ切れない。


「まったく、面倒だな」


そう言うと吸血種の眼が紅く光り、私は咄嗟に湊斗君の目を覆う。


「なっ」

「無駄よ」


私には魅了は効かない。これでなんとか諦めてくれればいいけど。


「っ、お前も吸血鬼かよ」

「この子は渡さないわ」

「…はあ、先に手を付けられてたってわけか」


その吸血種は舌打ちをして引き返していった。

よかった。これで引いてくれなかったら戦いになるところだった。この子を守りながら戦うなんて私にはできない。

そうして胸をなでおろしたのもつかの間、私は横から腕を引っ張られる。


「お姉ちゃん…」


あっ。


「吸血鬼なの…?」


忘れてた。やばい、完全にバレた。


「あっ、いや、そんなことは」


ダメだ、誤魔化しきれない。どうする? 殺すのは論外として、口封じ? 監禁? 脅す?


「ありがとう!」

「…えっ?」

「助けてくれて!」


湊斗君は私に笑顔を向ける。普通なら吸血種を見たら逃げるのが人間だと思うんだけど。吸血種のことを怖がっていないのは子供だからだろうか。

今考えてみると、さっきの吸血種の魅了を邪魔する必要はなかった。そもそも最初から私が湊斗君を魅了していれば、正体もバレることなく逃げ切れたんじゃないか。

でもまあ、今更後悔したところで手遅れだ。それに、こんなに純粋に感謝しているなら私のことを触れ回ったりはしないと思う。


「…はあ、誰にも言わないでよ」

「うん!」

「そうだ、傷見せてみて」

「ん?」


湊斗君の手を取ると、手のひらに擦り傷が確認できる。そこに軽く舌を這わせると、甘くておいしい血の味がする。守ってあげたんだからこのくらいのご褒美はあってもいいよね。


「な、なにしてるの…!?」

「はい、これですぐに治るよ」


吸血種の唾液で傷は治るし、私も血を味わえる。一石二鳥だ。


「……、恥ずかしいよ…」

「それなら怪我には気を付けることね」

「…うん、ありがと」



そうして私は湊斗君を家まで送ることにした。あんなことがあった後だし、一人で帰すのは心配だ。


「そうだ、今後もしものことがあったら、教会に行くといいわ。あそこは吸血種は来ないから」

「そうなの?」

「そうよ。あんな気持ち悪いところ、私なら行かないわ」

「ふふ、わかった!」


そんな会話をしながら少し歩き、何事もなく湊斗君の家の前についた。


「お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「僕、なにかお礼がしたいんだけど…」


お礼か。うーん、ありがたいけど欲しいものとかないのよね。血は飲みたいけどそんなことを言うわけにもいかないし。


「んー、すぐには思いつかないかも…」

「じゃあ、いつかお姉ちゃんが困ったときは僕が助けてあげる!」

「っ、ふふ、それはうれしいわ。期待してるね」

「うん!」


そうして私は湊斗君が玄関をくぐるのを見届けた。


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