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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
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3. 初めての吸血


 翌朝、私はいつものように目を覚ます。いつもと同じ時間、いつもと同じ光景。でも私の心中は違った。昨日のことをゆっくりと思い返す。初めて飲んだ血の味。結局あの後コップに注がれた血は全部飲み干してしまった。自分であれほど嫌がっていたにもかかわらず、いや、今でも抵抗はあるはずなのに、それ以上においしかった。


(いつまでもくよくよしてても仕方ないよね…。それにしてもあの血は誰の……)


 そこまで考えてふと先日のニュースを思い出す。気を失うほど血を吸われた被害者、きっと私のためにお母さんがしたことなんだと思う。お母さんが人間を襲ったなんてちょっと信じられないけど、たぶん間違いない。少し悲しい気持ちになるけど、お母さんを責める気持ちなんてもちろんないし私はできるだけ気にしないようにした。


 リビングに行くとお母さんが待っていた。


「美夜、少し話すことがあるわ」

「ん、なに?」

「昨日美夜は血を口にしたから、体が今までと少し変わってるのよ」

「変わってるって…?」

「力が前より強くなってて傷の治りも早いわ。それに、味の感じ方が変わってる」


 力が強くなってるというのは言葉通り、傷の治りは少しの傷なら一瞬で治ってしまうらしい。でも味の感じ方とはどういうことなんだろう。吸血種も人間も血以外の味は同じだと思っていたのに、お母さんは違うと言った。


「…でも、この前は味は普通だったよ?」

「それは血を飲む前のことでしょ?血を飲むと体が吸血種として変わっていくのよ」


 そう言われて私は思わず身構えた。もしかしたら今まで食べていたものが食べられなくなってしまうのだそうか、血しか飲めなくなってしまうのだろうか、そんな不安に襲われる。


「安心しなさい、そこまで大きく変わるものではないわ。お母さんだって今まで美夜と一緒にご飯食べてたでしょう?」

「あ、そっか…」

「少し味が薄くなったりわかりにくかったりするだけよ」


 そう言われて安心した。そのくらいなら今まで通りみんなと一緒にご飯を食べることができる。でもそんな私を見てお母さんは念を押す。


「でも美夜、もう一度言っておくけど人間の食べ物だけじゃダメだからね」


 だから血は定期的に飲みなさい、ということだ。そこまではっきり言わなかったのは私のことを気遣ってくれているからだと思う。


「……わかってるよ。でもどうやって?」

「昨日血を飲んだばかりで今日は大丈夫だと思うから、狩りの方法はまた今晩にでも教えるわ」


 狩り、その言葉が胸につっかえる。確かに吸血種からしたらそういうことになるのかもしれないけど、まだ私にはその言葉に嫌悪にも似た違和感を感じてしまった。それに気づいたのかお母さんは少しばつの悪そうな顔をする。お母さんのそんな顔を見て、私はいつまでもわがままを言うわけにはいかないのだと感じざるを得なかった。


「…うん、わかった」


 私はそういうとお母さんに見送られて学校に向かった。




◇◇◇




 私の頭はさっきの言葉でいっぱいだった。


「美夜ー、おはよー」


 狩り、それは人を襲うということ。自分のことを人間と思っていたのに、まさか襲う側になるなんて。


「おーい、聞いてるー?」

「えっ、あ、菜月か」

「『菜月か』じゃないよ、おはようって言ってるのに」

「お、おはよう、ちょっと考え事してて…」

「最近美夜変だよ?何か悩み事?」

「ううん、なんでもないよ、ありがと」


 菜月はなんで何も教えてくれないの、とでも言うようにジトっとした目で私を見る。


「あ…、もしかして彼氏?」

「ええっ、そ、そんなんじゃないよ!」


 突然考えもしなかったことを言われて素っ頓狂な声を出してしまった。


「その反応、なるほどそういうことねー。で、相手は誰なの?」

「だから違うってば!」


 いわゆる恋バナが大好きな菜月にあらぬ疑いをかけられて質問攻めを受けていると、さらに厄介な人物に声をかけられる。


「あら、楽しそうに何話してるの」

「愛海!なんかね、美夜に彼氏ができたらしいのよ」

「ちょっと菜月、てきとうなこと言わないでよ…!」

「へーえ、美夜に彼氏かあ」


 そう言って愛海は少しニヤッとして私の方を見る。その目の奥には嗜虐心が見え隠れする。おしとやかな見た目のわりに意外とそういう一面もある。

 その後私がずっと否定し続けて二人はようやく観念してくれた。


「ほんとに彼氏じゃないのかー」

「もー、最初から違うって言ってるじゃん」


 まだ納得はしていない様子だったけど、一応二人は引いてくれた。私が今までお付き合いをしたことがないのは本当のこと。一応昔好きだった男の子はいたけど、その子はある日突然私の前からいなくなってしまったのだ。それに今の私は…。



 そして昼休み、私はずっとこのことが気がかりだった。どんな味がするのか、不安でならなかった。


「「「いただきまーす」」」


 その掛け声とともに昼食を口に運ぶ。覚悟はしていたことだった。


(味が…、ほとんどしない)


 かすかに味がわかる。一応何を食べているかはわかるという程度で、そこに食事の楽しみなんてものは存在しなかった。


「美夜?ほんとに大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 菜月はそう言ってうつむいた私の顔をのぞき込む。覚悟はしていたとはいえ、ショックで少し顔に出てしまったみたい。二人が心配そうに私を見つめ、私は作り笑いで平静を装う。


「…美夜がそう言うならいいけど、ほんとに困ったら言ってよ」


 私はこれからこの二人をいつまで騙せばいいんだろう、そんな気持ちでいっぱいになる。でも私は吸血種で、それは仕方のないこと。もう覚悟は決めたつもりだ。


「うん、ありがと、二人とも」




◇◇◇




 家に帰って一息つくとお母さんは私に話しかける。


「美夜、そろそろ始めるわよ」

「…うん」


 そうして眼と牙の使い方を教えてもらう。お母さんの吸血種としての姿を見るのはこれで2回目だ。紅く光る瞳に二センチはありそうな大きな牙。その眼は見た人間を魅了し、その牙は人間の皮膚をたやすく突き破る。この間までは少し恐怖の対象だったそれが、今では美しくさえ思えた。そんなことを考えているとお母さんが言う。


「美夜、お母さんみたいにやってごらん。眼と牙に意識を集中させるのよ。最初はコツがつかめるまで難しいかもしれないけどすぐできるようになるわ」


 そうして私は言われたとおりにすると、すぐに体全身が暖かくなっていくような感覚に陥る。


「もうできたの、さすが美夜ね」

「…これ、できてるの?」


 そう言うとお母さんは手鏡を持ってきた。鏡をのぞき込むと、そこには今まで深く考えてこなかった吸血種としての自分の姿があった。真っ赤に光る眼、大きく伸びた牙を見て少しの間言葉を失う。でもそれは絶望や恐怖といった感情ではなく、まるで幼い子供が今まで見たことのない動物を見たときのような、好奇心にも似た感情だった。


「ほんとに私…、吸血種なんだ…」


 そうして何度か練習を重ね、私はその眼と牙をしっかりと使えるようになり、次第に違和感も感じなくなっていった。




「美夜、そろそろ出かけるわよ」

「…うん、わかった」


 ちょうど深夜の0時になったところで声がかかる。今から実際に人から血を吸う練習をしに行くのだ。人の首を噛んで血を吸う、それを想像するとやっぱりまだ少し恐怖や緊張を感じてしまう。もし人間が人間にそんなことをすれば、それは紛れもない犯罪だ。今まで人間として生きてきた私にはまだその感覚が拭いきれないでいた。


「心配しなくても大丈夫よ、きっとうまくやれるわ」


 お母さんの後押しも受けて私とお母さんは深夜の町へ足を運んだ。




「あの人間にしようかしら」


 お母さんはそう言って30代くらいの女性に目をつける。

 吸血種は夜目が効く分、人間に悟られずに相手を視界に入れることができる。お母さんが言うには、あまり幼い人や高齢者は避けた方がいいらしい。というのも、血の量が少なかったり持病がある人から血を吸うとそれだけ命の危険が出てくるからだ。それと、万が一抵抗を受けたときのことも考えて狙うのは女性の方がいい。


「まずはお母さんがやるところを見ていなさい」


 そう言って女性のすぐ後ろまで近づくと、女性は気配を感じたのか振り返り、その途端に目が虚ろになる。お母さんは私を呼ぶとやり方を説明してくれる。


「後ろから近づいて振り返ったところを紅い眼で見るだけよ、簡単でしょ?」

「…ばれたりしないの?」

「魅了された前後は記憶があいまいになるから大丈夫よ」

「なるほど…」

「じゃあ次に血を吸う方法ね。まずはこのあたりに牙を立てるわ」


 お母さんはそう言いながらその位置を説明してくれる。


「牙を入れると血が出てくるから、それを吸うだけ。コツはしっかり牙を奥まで入れることね。そうしないと血がこぼれちゃうから」


 百聞は一見に如かずね、といってお母さんは実際に首筋に牙を立てる。大きくて鋭い牙が音もたてずに皮膚を貫通する。その瞬間、甘美な匂いが漂ってきて、私の頭の中が勝手にその味についての想像を膨らませる。

 ゴクッとお母さんの喉がなると、牙を抜いて傷口をひと舐めする。その姿はあまりに妖艶で自分のお母さんだということを忘れるほどだった。女性の首筋にはしっかりと牙の痕が残っていたけど、どこにも血はついていなかった。


「こんな感じよ。牙を抜いた後は少し舐めてすぐに傷口をふさぎなさい」

「……」

「美夜?」

「…あ、うん、わかった、やってみる」


 その光景に私は見惚れてしまっていた。少し緊張しながら女性の首筋を見る。そしてお母さんの噛んだ痕に重ねるように私も牙を突き立てる。言われたとおりに一気に奥まで牙を押し込むと、牙の先でかすかに脈動を感じ、今まで感じたことのない感覚に襲われる。血が口の中に広がり、その芳醇な香りが鼻に抜けていく。


(なに、これ……おいしい…)


 口の中にあたたかい血が流れ込み、それをゴクリと喉を鳴らして飲み込む。喉の奥にある味覚までもがその味を感じ、体全身に言い表せないような幸福感が広がっていく。


(これが…、人間の血の味……、こんなにおいしいなんて……、もっと…もっと)


 私は夢中になって血を吸い続ける。何も考えられないくらい、ただひたすらそれを流し込む。



「…、…や、…美夜!」


 遠くの方で私を呼ぶ声に気づいてふと我に返る。


「美夜!そこまでよ」


 そう言われて慌てて牙を抜く。すると目の前にはぐったりと座り込んだ女性。首筋の傷からあふれる血液はみるみる服を真っ赤に染めていく。


「っ!わ、私は…」

「早く止血しなさい!」


 そう言われて私は首の傷をなめると、すぐに血は出てこなくなった。女性の顔は青白くなっており、私はパニックになりそうになる。


「落ち着いて、死ぬほどの出血じゃないわ」

「…え、あ、私…、なんてこと…」

「大丈夫よ、最初は仕方ないわ。これからだんだん上手になってくるから」


 お母さんはそう言って私を慰めてくれる。私はひとまず落ち着くとお母さんに連れられて家に帰った。




 家に戻ると私は自分のしたことを思い返して罪悪感に苛まれる。あの女性は本当に無事なんだろうか、病院に連れて行かなくてもいいのだろうか。我を忘れてやりすぎるなんて思いもしなかった。まさかあそこまで血がおいしいだなんて。


「美夜、安心して。あのくらいじゃ人は死なないわ。しばらく貧血で大変だとは思うけど…」

「あそこまでやるつもりなんてなかったの…、でも、やめられなくて…」

「仕方ないわ、最初は加減できないもの」

「でもあの人は何にも悪いことしてないのに…、私は…」


 なぜ吸血種が人間に怖がられているのかを理解した。お母さんが止めに入ってくれなかったら私は確実にあの人を殺してしまっていた。


「だんだんと上手になっていくしかないのよ」

「…うん」


 お母さんは優しく頭を撫でてくれる。私はあふれだす涙を抑えられずにしばらく泣き続けた。


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