25. 神敵?
香苗視点です。
翌朝、美夜がお友達とやらの家から帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「あれ、今日は香苗は家にいるの?」
「ええ、お休みをいただいています」
吸血種。いつまでもこのままじゃいけない。この街の人々や美夜のお友達に危害が及ぶ前に、私が美夜を。でも失敗は許されない。失敗すれば私は殺され、美夜にも逃げられてしまう。ちゃんとハンターにやってもらうほうがいい。
「美夜、今日は一緒に街を歩きませんか」
そのためには、とにかくハンターを探さないといけない。それに美夜の特徴を伝える必要がある。美夜と一緒に行動し、出会ったハンターに実際に目にしてもらうのが一番いい。
「そうね、特にやることもないし、行こっか」
「おお、こんな場所あったんだ! 今まで何回かぶらぶらしてたけど初めて来たよ」
「この辺りは家具や装飾品が多く取り揃えられているんです」
「香苗の家にはそういうのないよね」
「私はシスターですから。そういったものは不要です」
「ふうん、なにかルールでもあるの?」
「いえ、そういうわけではないですが」
人間みたいに店頭のものに興味を持つ美夜を見て、私の中でより一層恐怖が募る。
吸血種はこんなに人間社会に溶け込んでいるんだ。簡単に見つけられないのも納得できる。人間と同じような姿で、おそらく感性も人間のそれに近い。なのに人を襲って平然としている。絶対に野放しにはできない。
「見て見て、これ造花かな?」
「それは違いますね。手触りは造花みたいですが、きちんと生きてますよ。それはそうと、あっちに行ってみませんか?」
吸血種を仕留めるための武器を扱っている店。もちろんハンターに向けて出店されているため、その近くにいればハンターに遭遇する可能性も高い。
「ええっ、やだよ」
「どうしてですか? あっちにも色々なものがありますよ」
「むっ」
私の言葉に、美夜は私に軽く睨みつけるような視線を送る。
まずい、怪しまれた? 強引すぎるのはよくなかった。
「あっ、嫌なら別のところにしましょう」
「うん、そうして」
やっぱり簡単にはいかない。なんとかしてハンターの集まりそうなところに誘導しないと。
すると、親に連れられて歩く子供から突然声をかけられる。
「あ、この前助けてくれた人だ!」
「えっ」
えっ?
子供を助けたことなんてあったっけ。孤児院で働いているからそういう意味では助けていると言えるかもしれないけど、顔に見覚えがない。
「あっ、あの時の迷子君ね!」
えっ、美夜のほう?
「ねえ、お母さん!このお姉ちゃんだよ、前に言った人!」
「あっ、息子から伺っておりました。その節は助けてくださり本当にありがとうございました!」
「そんな、大したことしてないですよ!ほら、みんなも見てますので頭を上げてください」
「本当に、なんとお礼を申し上げたらいいか…」
その親子は何度も美夜に頭を下げて人混みに消えていった。
信じられない。美夜が子供を助けた? 吸血種が人間を?
「…どういうことですか?」
「この間、迷子になってたあの子を届けただけだよ」
「っ…、あの子に手を出したんですか」
「なんのこと?」
「血を吸ったのかと聞いているんです」
「違うってば。な に も し て ま せ ん」
未だに信じられない私に、美夜が怪訝そうな表情を浮かべる。
「…そうですか」
わからない。美夜はどうしてそんなことをした? 信頼させてから血を吸うつもり? いや、そんな面倒なことをする必要はないはず。一気に噛んでしまえばそれでいいもの。
じゃあ、どうして。そう思った時、頭の中に神也さんの言葉がよみがえる。
――――――美夜はむやみに人を傷つけるような奴じゃない。
そんな、本当に…?
「ほら行くよ、まだこの通り長いんだから」
「え、ええ」
しばらくして、徐々にあたりも暗くなり始め、人通りが少なくなってくる。美夜は相変わらずウィンドウショッピングを楽しんでいる。ふと目を前方に向けると、腰に短剣を二つ据えた人物が目に入る。その格好、たたずまいからして、十中八九ハンターであることは間違いない。
そうだ、私はハンターを探していたんだった。美夜を仕留めるために。
………。
あの親子のことを思い出す。うれしそうな子供の笑顔と、心底感謝している母親の姿。
(…ばか、何を迷っているんですか!相手は吸血鬼ですよ!神の敵なのです!)
なのに、頭ではわかっているはずなのに、足が言うことを聞かない。
「香苗?どうかした?」
「えっ…、…いえ、なんでもありません」
結局、私は美夜のことを誰にも告げることなく帰路につく。
美夜は何も購入していないみたいだけど、ずいぶんと機嫌がよさそうに見える。
すっかり日の沈んだ夜道、周りに人影は確認できない。
「一つ、聞いていいですか」
「どうしたの?」
「…人間のお友達がいるそうですね」
「あ、神君から聞いたのね。いるよ」
「…それは食糧として、ですか?」
その言葉に美夜は一瞬表情を曇らせたように見えた。そしてその一瞬でわかってしまった。きっと美夜はそのお友達を大切にしている。
「ごめんなさい」
「…」
「…」
「会ってみる?」
「えっ?」
「今度。まあ向こうがいいって言えばだけど」
会っていいの?
美夜が吸血種だとばらしてしまうとは考えないんだろうか。
でも、会えるなら会ってみたい、美夜を慕う人たちに。
迷子を助けた美夜と、私を押し倒して笑みを浮かべていた美夜、どちらが本当の顔なのか。私は知りたい。
「はい。お願いします」




