24. みんなの味
途中まで香苗視点です。
今日も仕事を終え、悩みの種が詰まった自宅に帰宅する。
正直、吸血種がこんなに近くにいるのは怖い。逃げ出したいくらいに。それでも収穫はあった。血を吸われた夜、十字架が効いてないんじゃないかと思ったけど、美夜はリビングの十字架を片付けてほしいと言った。つまり効果は確実にあるはずなんだ。それに、どういうわけか、今の時点では美夜は私を殺すつもりはないらしい。なら隙を見て私が仕留められるかもしれない。
今日は帰宅してから夕ご飯の時間になっても美夜の姿が見えない。吸血種だから夜に外にいても不思議はないけど。
しかし、食事を終え、21時を回っても帰ってこない。さすがにこれはおかしいんじゃ。
「今日は美夜はどうしたんですか?」
「ああ、今日は帰ってこないらしい。美夜に伝えてくれって言われてたの忘れてたよ」
「それは…まさか」
「何を想像してるかはわからないけど、たぶんそれは違うな。友達の家に行ってるだけだ」
「…吸血種のお友達?」
「人間だ」
「っ…」
人間の友達、それは食糧として、ということだろうか。それは美夜の気分次第でいつ殺されるかもわからないということ。もしそうなら放っておくわけには…。
「あー、いい機会だから言っておこう。美夜は香苗さんが考えているような吸血種じゃないぞ」
「どういうことですか?」
「香苗さんはずいぶん美夜のことを怖がっているみたいだけど、美夜はむやみに人を傷つけるような奴じゃない」
「…人の血で生きている吸血種が人を傷つけないと言うのですか」
「むやみに、と言っただろ。美夜は吸い殺すようなことはしない」
意味が分からない。私は今まで吸血鬼によって不幸な目にあった人をたくさん見てきた。亡くなった人もいた。だいたいあなたはハンターでしょう。なのに吸血鬼をかばうなんて。
「口では何とでも言えます。絶対に殺さないとどうやって言えるんですか。そのお友達の方たちだって、美夜が吸血鬼だと知ればきっと友達ではいられないはずです。私たちと吸血鬼は敵同士なのです」
「…ふうん、俺は吸血種が全員そうだとは思わないけどな」
「理解できませんね」
私は早々に部屋に戻った。
◇◇◇
久しぶりの故郷、に来たような気分だ。インターホンを鳴らすと、中から愛海が元気よく迎えてくれる。
「待ってたよ!」
「久しぶり」
中に入ると、愛海と友梨佳ちゃん、それに菜月もお出迎えしてくれた。せっかく久しぶりの再会だから、みんなで顔を合わせようということになったのだ。
皆で愛海の部屋に入ると、見慣れた景色、嗅ぎ慣れた匂い、なんだか安心する。
「それで、突然会いたいなんて、寂しくなっちゃった?」
「っ、別に、暇だっただけよ」
「へえ、ほんとかなあ」
「あんまりそんなこと言ってると血吸うわよ」
「いっ、ごめんごめん、冗談だって。私だって美夜に会えなくて寂しかったんだから」
愛海も友梨佳ちゃんもそれに同意する。
「美夜は最近どう? 厄介になってる人とはうまくやってるの?」
「あー、それなんだけど、私が吸血種だってバレちゃった」
「えっ、大丈夫なの!?」
「うん、まあ、なんとか…、かろうじで…、たぶん…」
「困ったときは私の家に来ていいからね。なんなら別荘もあるんだし」
「うん、ありがと!」
私は恵まれてるなあ、なんて柄にもなく少しうるっと来てしまった。
その後、私がいなくなったあとの学校の様子や最近のイベントなど、なんでもないような話で盛り上がる。
しかし、少し気になることが。
「あの、私の勘違いだったら悪いんだけど、もしかして愛海と友梨佳ちゃん喧嘩してる?」
「え、そうなの?」
会話の最中も、愛海から友梨佳ちゃんに話を振ることがなかった。その逆もまたしかり。
そして、二人とも無言ということは私の予想は当たっているんだろう。
「まったく、一体なんで喧嘩してるの?」
「…」
「黙ってちゃわかんないでしょ。はい、愛海、まずはお姉ちゃんからどうぞ」
「…私の血がおいしくないんだって」
えっ、予想外な答えが返ってきた。友梨佳ちゃんもそれを否定しないところを見ると、それが喧嘩の原因であることは間違いなさそうだ。まあしかしそれは重大な問題である。生きていくうえで食べ物(飲み物)が美味しくないというのは死活問題だ。
「私は愛海の血おいしいと思うけどなあ。菜月もそう思うでしょ?」
「えっ、そこで私に振る? よくわかんないけど甘そう?」
「あ、正解。確かそうだった気がする。前に飲んだ時は味わってる余裕なんてなかったからぼんやりとしか覚えてないけどね。甘くて舌触りがなめらかでいい匂いだった気がする。結局あれから飲む機会なかったし」
友達として接してくれてる手前、面と向かって血を吸わせてほしいなんて言いにくいんだよね。
と、若干自分の世界に入っていたが、ふと愛海の視線を感じて我に返る。
「あっ」
「本人の前で一人で盛り上がらないで」
「ご、ごめん」
「とにかく、私は友梨佳に人を襲ってほしくないの。万が一のことがあってからでは遅いわ」
そういえば、この前電話でハンターとよく会うか、みたいなことを聞いてきたのは友梨佳ちゃんを心配していたからなのか。
「私は大丈夫って言ってるのにお姉ちゃんが絶対だめって言って聞いてくれない」
「当たり前でしょ」
「ほら」
なるほど。外に血を吸いに行きたい友梨佳ちゃんと、心配する愛海の意見が合わないってことか。そうなると愛海以外で血をくれそうな人物…。
あ、いた。
「というわけで菜月、友梨佳ちゃんの口に合うか試してみよう」
「ええっ、私!? まあ友梨佳ちゃんなら、いいけど…」
「いいの?無理しなくていいのよ」
「うん、友梨佳ちゃんのためならそのくらい大丈夫」
菜月が首を出そうとしたとき、友梨佳ちゃんがそれを制止した。
「待ってください。菜月先輩にそんな迷惑はかけられません。私は自分で何とかします」
…そう言われると困った。
ほかに何かいい方法は、と考えていると、愛海がしびれを切らしたように友梨佳ちゃんに言う。
「友梨佳、わがままもいい加減にしなさい。みんな友梨佳のことを思ってしてくれてるのよ」
「っ、なによその言い方。私だって…」
「だいたい今までそんな文句言ってなかったでしょ。なんで急に」
ん、最近になってからなのか。今までは我慢して愛海の血を飲んでて、耐えきれなくなったってことか。いや、もしかして。
「もしかして、友梨佳ちゃんは愛海のことを心配してるの?」
「…」
友梨佳ちゃんは言葉を詰まらせて目をそらす。
「えっ、そうなの?」
「……お姉ちゃん、体調悪そうだったから」
「そう、だったんだ。ごめん、言いすぎたわ。でも私は元気、友梨佳が心配することなんてないわ」
「嘘。お姉ちゃん最近ぼうっとしてること多かったよ」
「それは…」
愛海の血がおいしくなかったからじゃなくて、体調を心配して吸わないようにしようとしてたのね。
「愛海、もしかして貧血?」
「…たしかに少しふらふらすることはあったけど、そんなに心配されるほどじゃないわ」
「まあ一人から血を吸い続けるっていうのが良くなかったんだよね。私の感覚だとたぶん一回で300mLくらいは飲んでるし、それがずっと続けば貧血になるのも不思議じゃないね」
「じゃあ私と愛海で交互に血をあげるっていうのはどう? そうしたら大丈夫じゃない?」
「そうね、とりあえずはそれでやってみようか。友梨佳ちゃんはそれでいい?」
「…いいんですか? 菜月先輩にも迷惑が」
「気にしないで。ちょっとした献血だと思えば大したことないよ」
「…ごめんなさい、よろしくお願いします」
そうして、無事友梨佳ちゃんの吸血の件は決着がついた。
その夜、私も菜月も愛海の家に泊まっていくことになった。
友梨佳ちゃんも含め、四人全員が愛海の部屋に布団を広げる。愛海はベッドで寝るとして、一部屋に三人分の布団を引けばお互いの布団が重なり合うことは避けられない。
15分ほどかけ、なんとか敷布団のごわごわを最小限に抑える形での配置に成功する。これでゆっくり寝られるはず。
あ、そういえば。
「菜月、さっき友梨佳ちゃんになら血をあげてもいいって言ってたよね」
「それがどうかした?」
「てことは、私にもあげていいってこと、…だよね?」
「ええっ」
「いいじゃんいいじゃん、お願い!」
「っ…、そんなに欲しいの?」
「そんなに欲しいの!ちょこっとだけ、一口だけでいいから!味見する程度、お願い!」
「…はあ、わかったよ」
「やった!」
せっかく久しぶりに会ったんだもん。次いつ会えるかわからないんだし少しくらいもらってもバチは当たらないだろう。
私は菜月の布団に入り込む。
「え、今?」
「うん、今」
「ちょっと、布団は汚さないでよ」
「大丈夫大丈夫、そんなヘマしないって」
「はあ」
「ってことで、よろしくね」
菜月からの許可を確認すると、私は菜月の服の首元をそっと引っ張って首筋を露出させる。
仄暗い部屋の明かりに照らされ、熱を帯びた首筋が私の欲を刺激する。その輪郭、首の筋肉から鎖骨のラインまで、すべてが芸術的だ。
「ちょ、ちょっと、いつまで見てるのよ」
「あ、ごめん、見惚れちゃって」
「っ…、やるなら早くして」
「そうね、いただきます」
催促された私は早速菜月の首筋に牙をあてがう。少し力を込めると、その柔肌は簡単に牙を通し、甘美な液体があふれ出てくる。
「っ…!」
おいしい。
すごくおいしい。
味、舌触り、温もり、香り、喉越し、全部が私にとって極上のもの。口の中で味わったのちに飲み下す。そしてまた口に広がるそれを堪能する。
「み、美夜…、もう、そろそろ」
もっと欲しい。
でも味見するだけって言ったし、これ以上吸うのはよくないわね。
最後にもう一飲みだけしたあと、ゆっくりと牙を抜く。
「……ちょっとって言ったのに」
「ご、ごめん、おいしくてつい…」
「はあ、仕方ないなあ。さ、もう味見したなら自分のとこ戻って」
菜月の布団から追い出された私はもとの位置に戻る。
それにしても、すごくおいしかった。また飲みたい。
菜月の味を心に反芻しつつ私は幸せな眠りに落ちていった。
翌朝、カーテンから差し込む日の光で目を覚ます。
「あ、起きた?」
「んんー、おはよう」
菜月と友梨佳ちゃんはまだ寝ている。
「愛海は早起きね」
「私も今起きたところよ」
カーテン越しに立つ愛海の首筋は日光に照らされ、いつも以上においしそうに見える。
昨日、寝る前に菜月の血を少し飲んだせいなのか、なんとなく空腹を感じる。
「……見すぎ」
「えっ」
「わ た し の く び」
「うぅ、ごめん」
さすが愛海、鋭い。だって仕方ないよね。私にとって大切な友達なんだから、その血の味が気になるのは当たり前。まあでも嫌な思いをさせるのはだめだよね。
「……飲む?」
「えっ?」
今なんて言った? 愛海の血を飲んでいいってこと?
「いいの?」
「…うん」
そんな予想外の言葉を受け、私は愛海のとなりでベッドに腰掛ける。
まさか、自分から言ってくれるなんて。そんな愛海が愛おしく感じられて、少しの間愛海の顔を見つめる。その頬はほんのりと赤らんでいて、愛海は恥ずかしさに耐えきれないと言わんばかりに視線を下へとそらす。
……もしかして、
「吸われたいの?」
「なっ…!」
私の言葉が予想外だったのか、愛海は変な声をあげて驚く。
あ、もし単純に私への思いやりで言ってくれてたとしたら怒られるかもしれない。
でも、私のそんな心配をよそに、愛海は黙ってうつむいたまま頬の赤みを増すだけだ。
まさか、本当に吸われたいのか?
そのままうつむく愛海を見つめていると、それを裏付けるように愛海は無言で小さくうなずいた。
ああ、なんてかわいらしいんだろう。
「じゃ、いただこうかな。…あ、パジャマ」
愛海は菜月と違って首元が狭いパジャマを着ている。無理に吸おうとすると血で汚しかねない。
「ちょっと前のボタン、いい?」
「なっ、…自分で外すわ」
自分で言い出したことなのに、恥ずかしそうにしながらボタンを一つ、二つと外していく。
そして、露になった首筋に向かって口を近づける。
「それじゃ、いただきます」
愛海の体を軽く抱き寄せ、その首筋に牙を立てる。それと同時に口内に広がる血液は、菜月のそれとはまた違った味や香りがする。菜月の血よりもわずかに暖かく、喉越しも暖かい。さらさらとした舌触りで、それでいて舌にまとわりつくような感覚。さらに口腔から鼻腔に抜ける香りは上品なフレグランスを思わせる。
何度も愛海の味と香りを堪能し、満足した私はそっと牙を引き抜く。
「愛海の血、おいしい」
耳元でささやくと、少し火照った愛海の顔がさらに熱を帯びる。
「……わざわざ、言わなくていい…っ」
愛海は恥ずかしいのか、それとも血を吸われて喜んでいるのか、赤面した顔を見せまいと視線をそらす。そんな顔を見ていると、満足したはずの口がまた血を欲しがってしまう。
「ね、もう少し、いい?」
愛海が小さくうなずくのを確認し、私はもう一度その柔肌に牙を立てる。そしてまた私の口とお腹が満たされるまで、再びあふれ出る血液を堪能した。
「ごちそうさま」
「……うん」
さすがに少し吸いすぎてしまったのか、愛海はどことなく力が抜けているように見える。
「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃったかも」
「ううん、大丈夫」
愛海は服のボタンを留めながら小さく言う。
なんていい光景なんだろう。
そんなことを考えていると、後ろから菜月の声が聞こえてくる。
「ふわぁ、おはよう。…って、え、二人とも何してるの?」
「え、あ、これは」
服のボタンに手をかけている愛海と、そのすぐ隣で顔を近づけている私。
「やっぱり二人ってそういう…」
いや、違うのよ。愛海が血を吸ってほしいって言うから私は吸っただけで別にやましい気持ちなんてないしそんなこと愛海もわかってると思うしだいたい私たち同性だしもし仮に万が一私が良くてもいくら愛海でもそれはさすがに嫌がるだろうしその証拠に愛海だって必死に否定しようとして
……ない。
「おー…、びっくりしたけど、意外ではない…ような?」
「いやっ、菜月、血を吸ってただけだから、ほんとに!」
愛海は顔赤くして黙ったままだし、これどうすんのよーー!!
だいたい50話くらいで終わる予定です。




