22. 嗜虐
私は黒い服を身にまとい、出かける準備をする。さっきは不意に香苗の血の匂いが香ってきてびっくりしてしまった。やはり血の匂いを嗅ぐと喉が渇く。そして、窓から外に出ようとした時だった。この家での生活も慣れてきて、随分警戒心が緩くなってしまっていたのだろう。
事前に香苗の存在を確認することを怠ってしまった。
「どこに行こうとしているんですか」
突然後ろから声をかけられる。あわてて振り返ると、部屋の扉は開かれており、そこには香苗が立っていた。まさかこんな深夜まで起きているなんて。
驚く私を問いただすように香苗は続ける。
「まさかとは思いましたが、本当にそうだったんですね」
「…なんのこと?」
「とぼけても無駄です。最初から少しおかしいとは思ってたんです。初めに十字架を見たときの反応や今までの態度も、普通じゃありませんでした」
「……」
「あなたは吸血種ですね」
冷静にふるまってはいるけど、香苗の足は少しばかりふるえているように見える。きっと恐怖を抑えて私に話しかけてきたんだろう。誤魔化そうとも思ったけど、私をしっかりと直視する香苗を前にして誤魔化せるとは思えなかった。
「もしそうだったら、どうするの?」
私のその答えを予想していなかったのか、香苗の顔は恐怖に染まっていく。
「っ、あ、あなたを退治します!」
香苗はそう言って私に十字架を向ける。それは私にとって不快感そのもの。でも逆に言えば不快感でしかなくて、触ってどうにかなるようなものでもない。
香苗が十字架を構えたまま私の方へ歩いてくるにつれ、徐々に湧き上がる不快感が膨らんでいく。だけど香苗はずいぶん私を怖がっているようで足の運びはおぼつかない。それは私に近づくほど顕著になっていき、私の少し手前まで来たときには立っているのがやっとという印象さえ受ける。
「きゃっ!」
私はそんな香苗を床に押し倒し、十字架を離れたところへ払いのける。
香苗の顔は恐怖に染まり、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。そんな表情を見ていると、どういうわけか私の中の嗜虐心がくすぐられていく。
私は吸血種、彼女は人間。それが強烈に意識されて少し心が躍る。
「ひっ!?」
私が牙を伸ばして眼を紅くすると香苗はさらに怯えた表情で声をあげる。そんな顔をされるともっといたずらをしてみたくなる私はサディストなのだろうか。目を細めて口角を上げ、香苗の首元に視線を落とす。そこにはおいしそうな首筋があって私の胸がドキリと脈打つ。
牙を立ててやろうかと思ったとき、神君の声が聞こえた。
「なんださわがしいな…、美夜!?」
「た、助けて!」
香苗が必死に神君に助けを求めるところを見て、私はやりすぎたんじゃないかと反省する。香苗から離れると、香苗は神君のうしろに逃げるように隠れる。
「あー、えっと、少しいたずらが過ぎたというか…」
私の言い訳を聞いて神君は軽くため息をつく。その様子からして私に斬りかかったりはしてこないみたい。まあ、神君が私にそんなことをするとは思ってないけど。
「あ、あの人は吸血鬼です!お願いします退治してください!」
「……」
「本当です!私はあの眼と牙を見ました!」
しかし、必死に神君を説得しようとする香苗に対し、神君は剣を向けた。神君の予想外の行動に私も香苗も驚く。
「なっ、何するんですか!?」
「…悪いけど今見たことは忘れてくれ」
「あなた、まさか知ってて…。もし誰かに言ったら私を殺すつもり?」
「……」
「…わかりました」
妙な沈黙になってしまい、なんとも居たたまれない。逃げたい。うん、喉も渇いてるし、逃げよう。
「私、行っていいかな」
「っ、どこに行くんですか…」
私の言葉に香苗は怯えた様子で言う。これ以上香苗を怖がらせるのはかわいそうだし、さすがに申し訳なくなってきたから言葉を濁して返す。
「食事だよ」
すると香苗は少しの間を置いた後、覚悟を決めたように私の目を見つめた。
「わ、私の血を吸ってください!」




