21. 神敵
香苗視点です。
朝のお祈りを終え、私は教会を出る。
空は透き通った青で埋め尽くされた快晴、木々も青々と茂っていて、穏やかな風にやさしくなびいている。以前であれば清々しい気分で孤児院に向かっていたと思う。
私は主に孤児院の子供たちの世話をしている。吸血種によって親を亡くした子供、捨てられた子供、そんな身寄りのない子供たちを守ってあげたい。吸血種なんていう恐ろしい存在がすぐ近くにいる中で、子供たちとの時間は私にとって癒しそのもの。
「はあ」
やっぱり気になる。
あの黒瀬美夜という女の子。盗み聞きなんてするつもりはなかったとはいえ、私は聞いてしまった。きっと彼女は吸血種と何らかのかかわりを持っている。それがどういったものかはわからないけど、心の中に不安が募る。
彼女は吸血種の協力者? でもあの電話の時の声色はそんな感じじゃなかった気もする。まるで友達と話すような感じだった。いや、人をだまして吸血種に差し出しているのかもしれない。
そんなことを考えているうちに私は孤児院の前まで到着した。
いけない、こんなこと考えてちゃ。子供たちに不安な顔は見せられないもの。
私はいつも通りの笑顔を作って孤児院の門をくぐった。
子供たちとの時間を終え、私は家に戻る。
「「「いただきます」」」
私はいつも通り三人で食卓を囲んでいた。
「お味はどうですか?」
「おいしいわ」
「よければ今度料理を教えてほしいくらいだ」
「あ、ええ、構いませんよ」
やっぱり、ご飯は普通に食べている。吸血種の食事は血のはずだから、やっぱり私の思い過ごし?
そもそもハンターと吸血種が一緒にいるはずがない。
でも、それでも私は美夜が吸血種なんじゃないかと疑ってしまう。あの電話もそうだし、初めて十字架を見たときに一瞬怖がったようにも見えた。初めて出会った時も、倒れた人を目の前にして二人でゆっくり話していた。
一か八か、試してみるしかない。
全員が完食した後、私は三人分の食器を洗う。二人は後ろで座って他愛もない会話をしている。
「いたっ」
「ん、大丈夫か?」
「ええ、少し包丁で手を切ってしまっただけです」
私は人差し指の先を少し包丁で切った。美夜が吸血種なら、何か反応があるはず。
…反応なし。ずっと座ったまま。ということは吸血種じゃなかった?
いえ、違う。むしろ何の反応もないことが不自然かもしれない。
「すみません、絆創膏持っていませんか?」
「俺は持ってないな。美夜はどうだ?」
「…私も持ってないわ、ごめんなさい」
わからない。血を意識しているようにも見えるけど、気がするだけで確信には程遠い。
わざわざ手まで切ったのに結局わからなかった。やっぱりこんな行き当たりばったりじゃダメか。でも、仮に美夜が吸血種だったとしても、とりあえずは私を襲う気はないらしい。なら余計な手出しはしない方がいいかもしれない。今夜、美夜の様子をうかがって、それでもわからなければ詮索は終わりにしよう。
夜も深くなってきたころ、私は美夜の部屋の前まで行って様子をうかがう。
部屋の中からは未だ生活音が聞こえる。そのまましばらく様子を見ていると、一風変わった音に切り替わる。それは服を着替えるような、何かを羽織る音。続いて窓が開けられる音がする。平静を取り戻しかけていた私の心臓が、打って変わって激しく鼓動を始める。
本当に美夜が吸血鬼だったらどうしよう。知ってしまった私は殺されるかもしれない。神也君に助けを求めるべきか。いえ、もしかしたらグルの可能性もある。私がなんとかするしかない。
私は十字架を握りしめた震える手を押し殺してドアを開く。目の前には真っ黒のローブのような服をまとった美夜が窓枠に足をかけていた。
「どこに行こうとしているんですか」




